誰にでも意見を合わせる男
ショートショート第三弾。
あるところに、誰にでも意見を合わせる男がいた。名前をO寺といった。
とある夏の日に、O寺の友人K倉はこんなことを呟いた。
「今日は暑いなあ。こんなに暑い日はめったにないよ」
するとO寺はにこにこと笑みをはりつけながら、
「わかります、わかります。ぼくも暑くてたまりません」
と、両手で顔を扇ぐのだった。
O寺はK倉と別れてまもなく、もう一人の友人S井と出会った。S井はこんなことを語った。
「今日は涼しいなあ。今年は冷夏なのかもしれないな」
それに対して、O寺は満面の笑みを浮かべて、
「わかります、わかります。ぼくも二の腕の辺りがひんやりとして仕方がありません」
と、両手で肌をさするのだった。
また別の日に、K倉はO寺にこんなことを打ち明けた。
「おれ、実はM子のことが好きなんだ」
O寺はいつもの笑顔でK倉の肩を叩いた。
「だいじょうぶですよ。K倉くんならきっとM子さんとうまくいきます。というよりも、K倉くんほどM子さんに似合う男は他にいません」
と、自信たっぷりに励ますのだった。
翌日にS井からO寺に電話が掛かってきた。S井はこんなことを漏らした。
「おれ、実はM子のことが好きなんだ。でも、K倉もM子を狙っているみたいなんだ」
「心配はいりません。M子さんは、おそらくK倉くんよりもS井くんのことのほうが好きでしょう。S井くんなら、きっとM子さんとうまくいきます。ぼくが保証します」
と、背中を押すのだった。
ある日、O寺がK倉とS井と一緒に昼食を摂っていたところ、M子の話題になった。
K倉は少し照れながらこんなことを話した。
「おれはM子に告白しようと思う。O寺も、おれならM子とうまくやれると言ってくれた」
「ええ、そのとおりです。K倉くんは必ずM子さんとうまくいきます」
O寺は一切の迷いなく言い切った。
すると、S井が焦ってこんなことを聞いてきた。
「O寺、おまえはおれとM子の仲を保証してくれたんじゃなかったのか。彼女はK倉よりもおれのことのほうが好きだと、そう言ったじゃないか」
「ええ、言いました。S井くんは必ずM子さんとうまくいきます」
O寺はさも当たり前のように言い放った。
ここまできて、K倉とS井は首を傾げた。
「おまえは一体どっちの味方なんだ」
「さっきから言っていることが矛盾しているじゃないか」
しかしO寺はまったく臆することなく、こう答えた。
「ぼくはお二人ともの味方です。とても心強い味方です。はい、確かに矛盾しています。ぼくほど矛盾している人はそういないのではないか、というくらい矛盾しています」
O寺の言葉に、K倉とS井は顔を見合わせて、
「もうわけがわからない」
「まったくだ」
と、あきれ返ったのだった。
ちょうどそこに、M子がやってきた。M子はこんなことを告白した。
「わたし実はK倉くんのことが好きなの」
「本当か、M子」
K倉とM子は見つめ合って、顔を赤らめた。S井はひどく落ち込んだ。
「よかったですね、K倉くん。ぼくはいつかこうなると信じていました」
「ありがとうO寺。さっきは疑ってすまなかった」
しかしM子は首を振った。
「でもわたし、S井くんのことも嫌いじゃないの。いいえ、むしろ好きなのかもしれない」
「本当か、M子」
S井は顔を上げて、M子と見つめ合った。K倉はとても落胆した。
「よかったですね、S井くん。ぼくはいつかこうなると信じていました」
そこでK倉とS井はまたも顔を見合わせ、そして憤慨した。
「O寺、おまえは本当にはっきりしないやつだな!」
「おまえみたいな他人に合わせてばかりの人間は、最低だ!」
「そうだ、最低だ!」
しかしO寺はやはりにこにこと笑みをはりつけながら、こんなことを言った。
「そのとおりです。ぼくは最低な人間です。最も低いと書いて、最低です」
K倉とS井は恐ろしい顔でO寺を睨み付けた。
「最低な人間はどうなるべきかわかるか」
「はい、よくわかります」
「最低な人間は死ぬべきだ」
「ええ、絶対に死ぬべきです。生かしてはなりません」
「じゃあ、おれたちがおまえを殺す」
「そのほうがいいでしょう」
K倉とS井は、O寺を殺した。
誰にでも意見を合わせる男は、死んだ。
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