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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

獣の恋

〈片角の鹿〉

作者: 夜乃桜
掲載日:2026/02/11

森に一匹の立派な角を持った鹿がいた。

鹿は森の神の次に〈チカラ〉を持った獣であった。ゆえに鹿は人間たちに狙われていた。

人間たちは鹿の〈チカラ〉を手にするために、鹿の〈チカラ〉の象徴であり、〈チカラ〉を宿す鹿の角を手に入れようとしていた。

だが、鹿は人間たちに捕まることなどなかった。



ある日。鹿は病の母親を助けて欲しいと願う、人間の女に出会った。涙を流して懇願する人間の女のために、鹿は己の〈チカラ〉を使おうとした。

しかし、人間の女に案内された場所には、病の人間は一人もいなかった。いたのは欲にまみれた女の仲間たちだった。

人間の女の言葉は、鹿の〈チカラ〉を手に入れるための嘘。鹿は人間たちに押さえつけられ、〈チカラ〉の象徴である片方の角を奪われた。

騙された鹿は怒り狂い、人間の女、仲間も殺した。鹿は誰にも心を開かず、優しさを棄てた。

人間に、森に住むモノたちにも、〈森の守り獣・片角の鹿〉と畏れられた。



ある日。〈片角の鹿〉は森で一人の少女に出会った。目がみえなくて、まともに歩くことができない弱い少女。


「……あの、すみません。そこの人」


少女は〈片角の鹿〉を人間だと思い話しかけた。〈片角の鹿〉は少女の言葉を無視して、少女を殺そうとした。


「どうかお願いがあります。私を〈森の神様〉の元に連れて行って欲しいのです」


少女の言葉に〈片角の鹿〉は動きを止めた。


「(何故、〈森の神〉の元に行く)」


少女は笑って答えた。


「私が〈森の神様〉の生贄だからです」


笑顔で少女は答えた。


「(……何故、お前は〈森の神〉の生贄に?)」

「村が飢饉だから、私が生贄になることで、村を救ってもらうためです」

「(……それは、お前の意志か?)」

「はい、私の意志で決めました」


〈片角の鹿〉は、少女をどうするべきか迷った。

少女が森に害をなすなら、ためらいもなく〈片角の鹿〉は殺していた。しかし、今回は違う。

娘は人間たちが村を飢饉から救う対価にと、〈森の神〉に差し出された生贄。

人間たちの世界の出来事は、人間たちが解決するもの。しかし、時には〈人ならぬモノ〉が人間に〈チカラ〉を貸すこともある。

〈森の神〉がそれに応じるかは別として、〈森の神〉は現在深い眠りについている。

〈森の神〉が眠りについている時に、〈森の神〉に差し出された生贄を、自分の判断で決める訳にはいかない。


「(ならば、来い。お前を〈森の神〉の所有物としよう。時が来るまで、〈片角の鹿〉である私がお前の面倒を見る)」



〈片角の鹿〉による娘の生活は平穏のものだった。

食事や寝場所は〈片角の鹿〉が全て用意した。何一つ問題はなかった。娘はただ役目を果たす時が来るのを、待つだけだった。


「〈片角の鹿〉様。〈森の神様〉は村を救ってくださるでしょうか?」


娘は〈片角の鹿〉に問いかけた。

最初、娘の言葉に耳を貸さなかった〈片角の鹿〉だったが、次第に娘の言葉に答えるようになった。


「(村がどうなるかは〈森の神〉しだいだ。〈森の神〉は森の〈守り神〉、森の主。人間の〈守り神〉ではないからな)」

「……そうなのですか………」


娘と〈片角の鹿〉は、自分たちのことを語りあった。

娘は産まれつき、眼が見えなかった。村では役立たずとされ、両親が望んで娘を生贄として差し出した。そして、逃げ出さないようにと、娘の両足の腱を削ぎ落とした。それを、娘は笑って話した。

自分を見捨てた両親を恨むことや自分の境遇を嘆くことを、娘はしなかった。どんな時も笑っている娘を〈片角の鹿〉は憐れんだ。

やがて共に過ごすうちに、どんな時でも笑顔を絶やさないどこか壊れた娘を、優しさを棄てない娘を〈片角の鹿〉は愛おしむようになった。

〈片角の鹿〉は、自分が娘を思う気持ちがなんなのかが、わからなかった。

憐れみや同情に似ていて、憎むことを選んだ自分とは違う選択をした娘が、〈片角の鹿〉は愛おしかった。



そして、娘が役目を果たす時がきた。


「(……本当にお前はそれでいいのか?)」

「はい、これで村が救われるのなら私は幸せです」


娘はいつもの笑顔で〈片角の鹿〉に答えた。

深い眠りから目覚めた〈森の神〉は、娘の願いを叶えることを決めた。娘が〈森の神〉の生贄になることで、村は救われる。娘はそれを望んでいる。


「(考え直せ。自分を見捨てた村のために何故、お前がそこまでするのだ)」


娘は〈片角の鹿〉の言葉に答えなかった。いつものように笑っていた。いつもなら愛おしい笑顔が、今は憎たらしい。

〈片角の鹿〉は、娘を生贄になることをやめるようにと娘を説得した。しかし、娘は譲らなかった。


「ありがとうございます。〈片角の鹿〉様。私は幸せでした」


娘は笑う。いつも浮かべる笑顔とは異なる、それは儚く淡い笑み。


「(どうか、〈森の神〉よ。私が娘の代わりに生贄になります。どうかこの〈片角の鹿〉の願いを聞いてください)」


〈片角の鹿〉は、娘を失いたくないと願った。娘よりも先に、〈片角の鹿〉は〈森の神〉に願い出た。


「……なにをおしゃっているの?〈片角の鹿〉様が私の代わりに、生贄になるなんて……」


訳がわからなくて、娘は困惑した。

〈森の神〉は驚いた。人間に裏切られて、人間を嫌っていた〈片角の鹿〉が、人間のために自分の身を差し出そうとしている。


「(ならば、もう方の角を折り、私に捧げよ)」

「!待ってください。〈森の神様〉!」


〈片角の鹿〉は、娘が止める間もなく、ためらうことなく角を折った。そして〈片角の鹿〉は折った角を〈森の神〉に捧げた。


「……どうして?……」


村は、一匹の鹿によって救われた。


「(お前が目の前からいなくなるのはいやだ。どうか私のそばにいてくれ)」


娘のために〈片角の鹿〉は自分の〈チカラ〉を捨てた。〈片角の鹿〉は娘を求めた。

娘は泣いて、〈片角の鹿〉にすがった。


「ありがとうございます。〈片角の鹿〉様。私はとても幸せです」


娘は美しい笑顔で、ただの獣に成り下がった〈片角の鹿〉と共にいた。

最後の時まで、〈片角の鹿〉は娘に寄り添った。命尽きるその時まで決して離れようとはしなかった。



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