⒐【岩塩】再び(粉砕版)
大河沿いに港があるアルカディアの背中にはラピスアトリウムが広がっている。
物流の中継地点で、ほとんどの品物がアルカディアを通ってから、各国に分配される。
重厚な門のような物はなく、誰でも入ることができる。
「凄い賑わいだな……」
「私も初めて来た」
太陽が真上にくるような時間なのにまだ港では荷の積み下ろしがひっきりなしに行われているようだ。
「どこの店で売ったら良いんだろう……」
店が沢山ありすぎてどこに入ったら良いかわからずだいぶ街の奥まで歩いてきた。
「あ! ここが良いね」
大通りの奥に石造りの大きな建物があった。
建物に使ってる石たちの機嫌が悪くなさそうなのできっと私と相性は悪くない。
"バルム商会"
正面の入口は仕立ての良い服を着た客が大勢出入りして賑わっているけど、私は通り過ぎて裏に回った。
『個人の買取りこちら→』
裏の大きな搬入口の横に小さな扉がある。
ここはひっそりと静かで出入りも少なそうだ。
チリンチリン。
中に入ると行商人らしき人が3人、窓口は2つで1人が順番を待っている。
「ルナ、心臓の音が大きくなったぞ、大丈夫か?」
「ゔっ、そんな恥ずかしいことイチイチ言わないでよ。人間と喋ると思うと緊張するの!」
前に待ってる人の後ろに並ぶ。
心做しか膝もかすかに震えてきた……
大した待ち時間もなく、すぐに私の番になって窓口に進むと
「本日、あなたの買い取りを担当させていただきますセオドア、と申します」
「ギルドカードはお持ちですか?」
それはそうだよな。
「あ、あの、田舎から出てきて、売りたいものも少しなので……」
鉄板な言い訳だが1番効く言い訳だろう。
一気に心臓の音が跳ね上がるのが自分でもわかった。
「そうですか。では、お名前は書けますか?」
「あ、は、はい!」
「でしたら大丈夫ですよ、品物を見せて頂けますか」
ふぅ……良かった。
厚めに垂らした前髪の隙間から相手を見ると、中年の男性が微笑んでくれていた。
完全に子供扱いされてるな、子供だけど。
「あ、あのこれなんですけど」
白樺の樹皮と蔦で作った小さな袋をカウンターごしに差し出す。
「失礼しますね」
セオドアさんはまず袋をジッと見てから私を見る、視線が合いそうになって私が慌てて目を逸らすと、丁寧に袋を開け、岩塩を少しだけ買取用の綺麗な布の上に出した。
この世界の塩は基本的に海水塩、浜塩だ。
岩塩の存在を知っている人はいるが、不純物が多く加工も難しいので食用にはされていない。ただの汚い石という認識だ。
なので、海水塩に見せかけるために微細な結晶単位まで整えて粉末に近い状態まで砕いてきた。
色付きの岩塩も混ざらないように、クリスタル岩塩にこだわって採掘、トリミングをした透明度の高い自信作だ!
「これは!?」
「え、あ、あの……塩……ですけど」
「……」
セオドアさんは塩を色々な角度からみたり匂いを嗅いだり、ペロリと舐めてみたりしながらチラリと私を見る。
「変わった塩ですね。それなりに長く商会で働いておりますが初めて見ました」
え……、ど、どの辺が変わってるの?
「ここで少しお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
そう言うと岩塩を持ってどこかへ行ってしまった。
「ねぇ、なんかまずかったかなぁ? 綺麗な結晶に整えてから砕いたけど、美味しいのに」
「オレの塩を不味いとか言いやがったら殺っていいか?」
「……ダメに決まってるでしょう。それに何がオレの塩よ、原石のままじゃ食べられないくせに」
親分と無駄口を叩いてると少しだけ緊張が解れていくのがわかった。はぁっ、初対面の石と話すのと初対面の人間と喋るのはやっぱり違うなぁ。
「お待たせいたしました」
ビクリとするとセオドアさんはにっこり微笑んで
「買い取りさせていただきますのでどうぞこちらへ」
「あ、は、はい。ありがとう存じます……」
買取りは別の場所で行うんだろうか。お金のやり取りがあるからかなぁ? 何しろ全てが初めてで、案内されるままに店の奥に着いていく。
応接室だろうか? セオドアさんが扉を開けて中へどうぞ、と促してくれたので丁寧に頭を下げて先に部屋に入ると、1人の男性が立っていた。
白髪の混じるグレーヘアで老いを感じさせながらも、背筋は凛と伸びていた。
深い皺の刻まれた顔には穏やかな気品が宿り、上品な微笑みを浮かべている。
「初めましてバルム商会のローレンスと申します」
こんな小汚い子供に丁寧な礼で挨拶してくれる老人に
「お初にお目にかかります。ルナと申します」
私も丁寧なカーテシーで応える。




