45. 地上世界の終焉
「貴方が卸している、こちらの塩ですがね。ローレンスから聞いているかもしれませんが、ある不治の病に効果がありそうなのですよ。それで……仕入れ元は教えて頂けそうでしょうか」
優しい笑みだ。言葉も柔らかい。
それでいて逆らえない強さ。
私にはない自信に満ち溢れた金色の目。
でも。
「申し訳ございません。仕入れ元は明かせません」
アンブローズ様の目を見てきっぱりお断りした。
私の居場所である鉱山を荒らされるわけにはいかない。
鉱物を独り占めしたい訳でもない。
そもそも私の物でもないし。
岩塩が必要なら山に影響が出ない程度ならいくらでもあげる。
キーパーは文句を言いそうだけどね。
でも魔鉱石以外の鉱物をゴミと言う人達に鉱山を壊させてたまるか!
「……そうですか。仕方ありませんね。では今後も可能な限り卸して頂けると助かります」
「あえっ?」
アンブローズ様があまりにも簡単に引いてくれたので拍子抜けして、変な声が出てしまった。
「フフッ、これが十年前、いや、五年前でしたら私もどんな手を使ってでも仕入れ元をお聞きしていたかもしれませんが……」
「冗談ですよ」と笑うが、全然っ冗談に聞こえなくて怖いからっ!
「残念ながら既に手遅れなのですよ」
「それはどういう……」
私の質問に表情をあらためたアンブローズ様の話は衝撃的だった。
この世界は既に60%以上の土地が凍土化してしまったと言う。
ネクロス大森林を中心として、外縁は凍り、凍っていない土地も農業は崩壊、飢餓や病で人口が減り、国家も壊滅。人は住めない。
避難民が内縁の大国に流れ込んでいるらしい。
人口は世界の最盛期の80%以下まで減っている。
ここアルカディアは、帝国領よりもネクロス大森林に近い場所にあるが、小さな都市国家だ。
この規模では、とてもじゃないが避難民を大量に受け入れる余裕はない。
今のところは、帝国のような大国が各地で避難民を引き取り、どうにか食わせているらしい。
もっとも――
人間は「世界の崩壊」なんていう大きすぎる言葉に、そう簡単に実感を持てる生き物じゃない。
アルカディアの人々が気にしているのは、もっと身近なことだ。
最近やけに寒いだとか、不景気だとか、治安が悪くなっただとか。
せいぜい、その程度の“困りごと”に頭を悩ませている。
帝国の人間たちも本当の意味での危機感を感じ始めたのは最近なのかもしれない。
見ず知らずの移民に、
自分たちの食糧を分け、住む場所を明け渡す。
そんな状況が続けば、不満が溜まるのは当然だ。
そして、その怒りが爆発したとき――
いったい人々は、どこへ矛先を向けるのだろうか。
「ご存知ないのも無理はない。ですが、事実なのです。不思議と世界の凍土化はネクロス大森林に向かって進行しています。おそらく最終的に我々生き残った人類はネクロス大森林に逃げ込むしかない」
!!!
「ですので、病を治すことも重要ですが、我々はネクロス大森林を今のうちに開拓し、一人でも多くの人々を生き長らえさせることに尽力しなければなりません。ですので貴方の塩は…………」
最後の方はもう耳に入っていなかった。
ダメだっ!!




