44. 大物過ぎてお手上げです
気づけば、視線がそこに吸い寄せられていた。
相手の左胸。
磨き上げられた金属が静かな存在感を放つ勲章、の隣り。
――あっ。
視線を外そうとした、その瞬間。
「そんなに珍しいものでもない」
不意に声が降ってきた。
顔を上げると、相手はわずかに視線を落とし、こちらの目ではなく、例の勲章のあたりを見ている。気づかれていたらしい。
「大した勲章じゃない。立場上、戴いただけだ」
さらりと言った。
言葉だけ聞けば、嫌味にも聞こえる。
だが、不思議とそうは感じなかった。
誇る様子もなければ、謙遜している風でもない。
本当に、ただ事実を述べただけ――そんな声音だった。
むしろ、その無造作さの方が、私は怖かった。
だが、私が見ていたのはそれでは無い。
気まずくなって目を伏せる。
「あぁ、隣りを見ていたのか。これは我ながら恥ずかしいな」
「あっ! いえ、申し訳ございません……」
恥をかかせてしまったか。
適当にうまく誤魔化せば良かったものを……
立ち上がって謝罪するか?
でも私は今、貴族じゃない……
どうする?
「いやいや、気にしないでください。勝手に勘違いしたのはこちら。貴方が気になるのは当然ですよ」
青ざめる私に優しい笑顔を向けて軽く笑い飛ばしてくれた。
ふうっと呼吸を取り戻す。
「実は、私はヴェインの総裁も務めていましてね」
総裁!?
さすがに驚きを抑えることは出来ずに顔を上げて目を丸くしてしまう。
やっと取り戻した呼吸をまた止めることになった。
帝国の勲章の隣りのピンはヴェインの総裁のピンだったのだ。
この人にどれだけの権力が集中してしまっているのか。
今や軍事大国として世界の中で安定した地位を築いている帝国の、皇族ではないとはいえ皇帝にも意見できる立場。
さらには世界規模の組織『ヴェイン』のトップだなんて。
世界征服も手中だ。
たかだか小さな王国の第三王女だった私の想像力では理解出来ずに完全に現実味がなくなってしまった。
さっきまで少し怖い何かを感じていたが、あまりにも大き過ぎた事実を知って、かえって落ち着いてきてしまった。
格好良く、悟りの境地に至ったとでも言っておこう。思考を放棄しただけだが。
「今日はこちらで少し仕事がありましてね、ついでにこちらの商会に立ち寄ろうと馬車を走らせていたらあんなことになりまして。いやはや、肝が冷えました」
肝なんか冷えるわけがない。
これだけの人物。暗殺未遂など、もはや年中行事だろう。
馬車も何者かの細工だったかもしれない。
そして、対策を講じてないわけがないな。
余計な手出しをしてしまった……
絶対にあとでペンダントの悪魔にグチグチ言われるに違いない。
「それで。貴方が卸しているという塩の件なのですが……」
あっ! まずい。
この人に下手な言い訳が通用するだろうか。




