43. 【アンブローズ】
馬車の進行方向と私が行きたい方向が同じだったので、人混みを避けるために大きく迂回してバルム商会に到着した。
「ちょっと時間かかっちゃったね」
裏口に回ってセオドアさんを呼び出して貰うと、中に通される。
今日はローレンスさんはお忙しいようだ。
海水塩に偽造した岩塩と、ローレンスさんに修理を頼まれていたフローライトのペンダントを並べた。元々は指環だった物だ。
セオドアさんは手袋をつけた手でペンダントを手にすると驚愕した顔をする。
「これは? 本当に旦那様のダイヤですか?」
うん、だから、元からダイヤじゃないんだってば。
「はい、間違いありません。欠けた部分は削らずに台座で隠してるだけですので確認して頂いても構いません」
「あ、いえ、申し訳ありません。そういう意味では無く、こんなに美しいダイヤを見た事が無かったもので」
え? またやり過ぎた?
「えっと……ど、どの辺が?」
「はい、よく見れば確かに旦那様のダイヤの赤色と同じです。でも奥を覗くと中で光が泳ぐように動き、紫や青の層が赤と混じり合ってまるでオーロラのようです。宝石が生きているようだ。石の大きさも大きくなったように見えますし、いつまでも見ていたくなる」
「それは、結晶の形に沿って磨いたからですね。実際はやはりほんの少し小さくなっていますよ。見せ方を変えれば大きく見えますし、石本来のなりたい形にしてあげれば勝手に美しく輝いてくれます! ……って言ってましたハハハ」
つい、饒舌になってしまった。
セオドアさんは眼鏡の間から優しい目を向けてニコリとひとつ笑った。
なんの笑顔ソレ?
気を取り直して、お茶を頂こうとカップに指をかけた時、応接室がノックされた。
セオドアさんが「失礼します」と立ち上がって扉を開けると、ローレンスさんともう一人だいぶお二人よりは若そうな貴族の紳士が立っていた。
この人の髪……
それに、胸に付けてる勲章の紋はたしか……
「ルナ様、本日はご挨拶が遅れて申し訳ございません。ご紹介したい方がいるのですがよろしいでしょうか」
ローレンスさんは今日もただの行商人の私に最大の敬意を払ってくれる。
昔王城で相手していた商人たちを思い出して相変わらず少し居心地が悪い。
彼が部屋に入ると空気が変わったような気がした。
威圧感はない。とてもにこやかで物腰も柔らかい。だけど、『ミネラル』のバレンタインさんのようなその場を支配するオーラが滲み出ていた。いや、バレンタインさんとは少し違うなにか。関わってはいけないような。
「ルナ様、こちらはアンブローズ・ノルマンディー閣下です」
ローレンスさんは軽い口調で紹介してくれた。だけど……
ノルマンディー……?
なるほど。
このオーラは納得だ。
ヴァルハーディア帝国の公爵家で、代々枢密院議長を務める名門家に「ノルマンディー」という家名があった気がする。
胸の勲章もやはり帝国のものだろう。
もし、そのノルマンディー家なら、帝国の皇帝も頭が上がらない実質、世界を握っている人物の可能性もある。
でも、なぜこんなところに?
私は一歩進み、丁寧に礼を取る。
「お目にかかれて光栄です、ノルマンディー公」
「初めましてルナさん、堅苦しい挨拶はやめましょう。それよりも、先程は助かりました」
はて?
なんの事かわからず首を傾げるとアンブローズ様が続ける。
「馬車を止めてくれたのはあなたでしょう?」
あー! というか、バレた!?
「えっと……僭越ながらなんの事を仰っているのか……」
「ハハハ、それは失礼しました。ここへ来る途中馬車が暴走しましてね、誰かが薬品か何かで見事に止めてくれたのですよ。でも何故かその方は騒ぎの中で消えてしまい、お礼も言えずじまいでした。その方のお陰で私はもちろん馬も使用人たちも全員無事でした。どこかでまたお会いできたら是非ともお礼をさせていただきたいものです」
薬品じゃないけどね?
「そ、そうでしたか……皆様が御無事で何よりでございます、アハハハハ」
乾いた笑いで誤魔化した。
大丈夫! 全くバレてない!
「立ったままではゆっくり話もできませんね、座りましょうか」
そう言うと私を先に着席させてから自分もソファーに座った。
そして……
「これが例の塩ですね」
テーブルには、先程セオドアさんと取り引きしていた、岩塩とフローライトのペンダントがそのままになっている。
私を見つめる金色の瞳は、重く冷たく、影のように深い。目を逸らして逃げたくなる。
落ち着かない視界の端でアンブローズ様の胸の帝国の勲章が気になった。よく見ると隣に小さなピンが刺さっている。
これは……
どういう……??




