42. 石たちよ!出番だ
「なんでお前がそんな暗い顔してんだ? 食うか?」
鉱山にある私たちの部屋でキーパーが果実を美味しそうに食べている。
フランさんに貰った、地上世界には無いオレンジ色の果実だ。
皮は柔らかく、熟れると赤くなる歪な形の果実。
すっかりキーパーのお気に入りになった。
「それもそうだね? なんで私、気分が沈んでるんだろう?」
ミネラルの中に多少魔力が入ったところできっと何も起こらない。
ただちょっと……
「あー、なんでも悪い方に考えちゃう癖、何とかならないかなぁ」
「何も考えなきゃ良いだろ?」
「キーパーはいつも何も考えて無さそうだもんね」
「失礼だな、オレは常にこの森の事を考えてるぜ! ここはオレの縄張りだからな。守る使命がある! ついでにお前のことも守ってやってるだろ?」
「あ、うん」
たしかにこれだけ広大な森にキーパーは常に目を光らせ、人が入り込まないように守っているのは凄い、とは思う。
でもなんで頑なに人を入れないんだろう?
……まぁ森を荒らされるからか。森林資源は今や貴重。凍りかけた世界で薪はどれだけあっても足りないだろうしな。
そうなったら森がハゲちゃう。
人を入れないのは正解だな、うん。
「気分転換に人間の街に行くか?」
「アルカディアの方?」
いや、引きこもりとしては気分転換は必要ないんだけどな。
ずっと引きこもって採石や加工をしていたいんだけど。
「でも、修理を頼まれた指環を返しに行かないとだよね。岩塩も役に立つなら沢山売ってあげたいし。仕方ないから行くかー」
* * *
ラピスアトリウムを出るとやはり恐ろしく寒い。
うっかりマントを着るのを忘れてきたら凍死してしまいそうだ。
こないだのお祭りの日と比べると多少静かだが、この街は商業が盛んなので基本的に活気がある。
ペンダントの中のキーパーと食べ歩きをしながらなるべく人の多い道を、バルム商会へ向かう。
突然馬の嘶きが喧騒を切り裂いた。
背後から豪奢な貴族の馬車が、石畳の通りを横滑りしてくる。
「どけぇっ!」
御者の叫び声。
沢山の悲鳴や叫び声に紛れて
私は咄嗟に小さな石を二つ放った。
「やった、出番だ!」「任せてっ!」
程々にね?
カン、と乾いた鉄の音とただ石畳と石がぶつかった小さな音。
馬を催眠石で眠らせ、磁鉄鉱を車輪の鉄輪に投げて吸い付かせる。馬はフラつき、車輪の回転は急激に鈍る。
馬車は数歩分だけ滑り、やがて止まった。
馬車が止まった瞬間、通りはどっと人で溢れた。
「止まったぞ!」「大丈夫か!」
口々に叫びながら、人々が馬車の周りへ押し寄せる。
「おおー! お前にしては珍しく成功したな! 初めてじゃないか?」
ペンダントの中の悪魔の減らず口をどうにかしたい。
初めての成功というわけでもない。
今までもまぁまぁ成功している。
失敗に転じないように速やかに離脱をしなければ。
今なら――馬車に視線が集まり誰も見ていない。
何事もなかった顔で人の波に紛れた。
少しずつ後ろへ下がりやがて人垣の外に出ると、そのまま通りを折れた。
騒ぎ声は、もう背中の向こうだった。
──ただ一人を除いて。
馬車の扉の内側から、後ろ姿を静かに見つめる人物がいたことはこの時は全く気がついていなかった。




