11. ~バルム商会~
「旦那様、お忙しいところ申し訳ございません」
「どうしたセオドア、今日は買い取り窓口に行っているのではなかったか」
セオドアはバルム商会の支配人で、商会長であるローレンスの右腕である。
商会の全ての仕事に通じており、今日はたまたま買い取り窓口の人手不足を補っていた。
「今、このような物を売りに来た娘がおりまして」
セオドアが卓上に広げたのは、植物で作った巾着に入ったガラスの粉だった。
この白っぽい植物は、なんだ?
「白樺か? 高い山では珍しくはないのだったか? だがどこの……」
それよりも。
「これは塩か?」
「はい、普通の塩だそうです」
上質な色付きの布の上にほんの少量出して、観察すると、透明度の高い結晶が光の角度によってキラキラと輝く。ガラスではなくて、ダイヤの粉か?
ローレンスは指先に少し付けて舌の上に乗せると思わず声を上げた。
「なっ! なんだこれは!!」
海水塩は、えぐみと苦味が高級な証だ。ひとつひとつの粒は綺麗に揃っており、角もなく、真っ白だ。
この塩はというと、粉末というより結晶で、ひとつひとつが歪で不揃い、舌に乗せた瞬間に消えてなくなる。マイルドな味の余韻だけが存在感を残す。
「岩塩か?」
「まさか」
バルム商会はアルカディア最大の商会だ、すなわちローレンスが知らない商品はこの世界には無いに等しい。
「その娘に会おう」
「旦那様が直接ですか?」
セオドアが連れてきた女の子は15、6歳だろうか。前髪で顔を隠すように俯きがちで緊張がこちらにまで伝わってくる。
人に慣れていないのだろうか。
緊張を解すように微笑みかけたその時だった。
「お初にお目にかかります、ルナと申します」
やわらかな物腰、控えめに一歩引き、流れる水のようにスカートの裾に指先を添えた。頭の先から足の爪先に至るまで一分の隙もない完璧なカーテシーだった。
ただ身体に刻み込まれた所作が、状況に反応して自然に溢れ出ただけで、本人は何をしているのかも気がついていない。
「セオドア、あれは貴族だ。侯爵、いや、下手をするとどこぞの国の王族の可能性もあるぞ、後をつけさせろ、帰る場所を確認するだけでいい」
「かしこまりました」
セオドアが部屋を出ていくのを確認して、ルナが持ち込んだ塩をもう一度舐めてみた。
「とんでもなく美味いな」
あの少女は全てがズレている。服は平民の普段着のようなデザインだが、明らかに冬用の高級ドレスの生地に室内用のストールを仕立て直した物だ。平民を装ってるつもりなのだろうが緊張のせいか、元々詰めが甘いのか、洗練された所作、言葉遣い、持ち込んだ品、全てが田舎の行商人ではない。
そして金貨を出した時の反応だ。普通の塩のつもりで持ち込んだならこの金額に驚くはずだろう。市井に流通している高級塩は、あの量では金貨1枚もしない。
相場を知らない、もしくは金貨に対する価値感がおかしい、どちらかだろう。
しかし、貴族とは思えないところもあった。白くて美しい指だったが、爪に黒い痕が残っていた。あれは洗っても落ちない職人の手に似ている。
おそらくあれが岩塩なら、加工したのはあの娘本人ではないだろうか。
ペンダントもリングも本当にただの拾った石……だろうか。
「さぁて、どうするかな」
楽しそうな笑みを浮かべたローレンスは、塩の袋を懐に収め、部屋を後にした。




