表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

君と僕の見る夢

ボーイズラブandハッピーエンドです。最後まで読んで頂けたら嬉しいです。

 見窄みすぼらしい王女だった。まだ子供で、11歳位だろうか。身体全体が細く、男の子の様だった。


「こんな子供!私の妃には相応しく無い!」

第一王子アーディルは荒れた。敗戦国から政略結婚の相手として送られて来た王女は、第一王子アーディルの好みとは相反した。

「そうだ、お前の趣味には合うんじゃ無いか?お前にくれてやるから好きにしろ!」

そう言うと、目の前の小さな王女を第二王子に押し付けた。


 アーディルには、すでに妃が7人いた。どの妃も女性らしい身体付きで、官能的だった。



 王は何も言わなかった。あの国は小さな国だし、政略結婚とはいえ、どうでも良かった。



 第二王子は王女の手を引き

「おいで、、、」

と言う。

 婚礼衣装を着てこの国に来た王女は、衣装に着られ、何も言わずに着いてきた。



 こんなに小さな王女を送ってくるとは、、、。

 の国は、王女が三人いたはずだ。一番下の王女は13歳か14歳か、、、。

 それにしても小さいなと思う。


(僕と同じか、、、)


 第二王子とて、この国が戦争に負ければ敗戦国として、政略結婚に応じなければならない。



 アーディルの母と第二王子の母は別人だ。

 王族のみ一夫多妻制で、王にも沢山の王妃がいる。

 第二王子の母は、幼い頃に亡くなっていた。アーディルの母か、それとも他の王妃に殺されたのか、、、。第二王子自身も何度か命を狙われていた。

 第二王子は誰の事も信じる事が出来ず、城内では無く、後宮に住んでいた。



「名前は?」

王女はゆっくり瞬きをする。返事は無い。

「僕は、イルハーム」

「、、、ラティーファ」

小さな小さな声だった。



 イルハームはラティーファを連れてゆっくり歩く。ラティーファは少し歩いただけで、息が上がっている。

(こんなにすぐに息切れをして、体力が、無いんだろうか、、、)

 イルハームには時間がたくさんあったから、のんびり歩いた。

 途中途中で休憩を入れ、ラティーファを休ませる。花を見たり、花の上で休む虫を眺めている。


 漸く、イルハームの住む後宮に着く。小さな小さな後宮だった。しかし、イルハームには充分だった。人と関わりたくなかったし、広すぎても面倒だった。

 荷物も何も無いラティーファ、、、この衣装だけが彼女の持ち物だった。侍女と相談して子供用の衣服と靴を用意させる。

「ラティーファ、こっちに来て」

ラティーファは心配そうに近づく、

「長旅で疲れたでしょ?」

そう言いながら、先ほど侍女が温めたスープを出す。

ラティーファはジッと眺めていた。

「毒は入っていないよ」

イルハームは自分のスプーンで、ラティーファのスープを掬い、口に入れる。

「ね?」

ラティーファはイルハームを見つめながら、そっとスープに手を伸ばす。

「ゆっくり食べて」

ラティーファはスプーンでスープを一口飲むと、大事に大事に最後まで飲んだ。


 ラティーファは疲れていたのだろう。ウトウトし始める。イルハームはラティーファを抱えてベッドに連れて行く。

 ベッドに横たえて、装飾品を取り外す。大した数では無い。楽な格好をさせようと侍女を呼ぶ。侍女が上着を脱がそうとすると、ラティーファは気がついて抵抗をした。

 イルハームは驚いて、一歩下がる。

(この怯え方は何だろう?) 

「ラティーファ、上着だけ脱いで、布団が汚れるから、、、」

そう言うと、ラティーファはコクコクと頷いて上着を脱ぎ始めた。瞳に涙が滲んでいた。イルハームは脱いだ上着を侍女に渡し

「ラティーファ、上着は一度綺麗に洗っても良いかな?」

と聞く。長旅で砂埃を沢山着けていた。

 ラティーファはもう一度頷く。

「この部屋は中から鍵が掛かるから、僕達が部屋から出たら鍵を掛けてもいいよ。今日はゆっくり休んで、明日また会おうね」

ラティーファはイルハームを見つめて頷く。



*****



 ラティーファは5番目の子供だった。1番上は王子で、次に王女が3人。ラティーファは次男、名前はラフィ。ラフィだけは母親が違った。

 戦争で負けた時、政略結婚を仄めかされた王は、拒否する事も出来ずにいた。

 娘達を送り出したく無かった王は、5番目のラフィを思い出した。

 ラフィは、第一王子の予備として育てられた。しかし、第一王子に血の繋がった本当の弟が生まれると、城から遠く離れた後宮に押し込められた。

 第一王子の母親は、ラフィが後宮から出るのを嫌がり、一歩足りとも外に出さなかった。

 王から忘れ去られた王子だった。


 ラフィは戦争があった事も知らなかった。

 ある日突然、綺麗な女性が来て、後宮から出された。

「お前はこれから、の国に行き、王子と結婚するのよ。お前が男だと判ればきっと殺されるでしょう。死にたくなかったら一生バレない様に上手くやりなさい」

女性は第一王子の母、王妃だった。



 訳のわからないラフィは、兎に角男の子とバレない様にしなくてはと考えた。

 まず、出来るだけ言葉を発しない様にした。


 侍女に服を脱がされそうになった時、男の子とバレたら殺されてしまうと思って、強く抵抗した。

 上着を脱がそうとしただけだとわかると、少し安心した。

 部屋には鍵を掛けさせてくれる。ラフィは安心して眠りに着いた。



*****



 朝、目が覚めるとイルハームがドアをノックした。

 ラティーファはベッドから降りると、ドアをそっと開けた。

「朝食が出来たよ、おいで」

 ドアから出ると、大きなテーブルに食事が並んでいた。イルハームの他に、昨日いた年配の女性1人と男性が2人いた。

 ラティーファの椅子は皆んなとは違い、何処かから調達して来たみたいだった。

 ラティーファが椅子に座ると女性が柔らかいパンを一つ、目の前に置いた。昨日の夜飲んだスープもあった。

「長旅で身体も疲れているだろう、よく噛んでゆっくり食べるといいよ」

イルハームの声はいつも優しい。

 今までのラティーファの食事は1日一回あれば良い方だった。週に1回、少しの食材が運ばれて来て、大事に食べていた。1日に沢山食べると次の配給まで持たなくなるからだった。


 女性はナディアと名乗った。イルハームが産まれたばかりの頃から仕えていた。

「ラティーファ様、卵も食べますか?」

ラティーファは卵がわからなかった。黙ってナディアを見つめると、皿に燻製肉と卵を焼いた物を乗せて来た。

 すごく良い匂いがする。でもラティーファは手が出ない。1日にこんなに沢山食べたら、後で食材が足りなくなって、数日間何も食べられなくなる様な気がするから。

「ラティーファ、卵は嫌い?」

イルハームに聞かれても答えられない。食べた事が無いのだ。

「一口食べてごらん。苦手なら、次からは別の物を食べようね」

ラティーファはコクンと頷いて、卵を食べる。

 美味しい、、、。燻製肉も食べてみる。こっちも美味しい、、、。ラティーファはゆっくり味わいながら食べる。

「お食事が終わったら、お風呂に入りましょうね」

ラティーファの動きが止まった。ナディアの顔を見る。

「どうなさったんですか?」

ラティーファは俯いて頭を振る。カタカタと手が震えている。

 イルハームとナディアは顔を見合わす。

「1人で、、、。入れます」

小さな小さな声だった。



*****



「ラティーファ様、何かあるんでしょうか、、、?

イルハームはナディアの顔を見る。

「13、14歳にしては身体も小さいですし、食べる量もかなり少ないと思います。身体に傷とかアザが無ければいいんですけど、、、」

イルハームはドキリとする。身体に、傷やアザ、、、。

 そう考えても確認する方法は無かった。まさか、入浴中に覗く訳にもいかない。

「もし、身体に傷やアザがあったら教えて欲しい」

そう言葉にしながら、ラティーファに、これからはそんな事が起こらないと、早く気が付いて欲しかった。



*****



 ラティーファは鍵を掛けて、誰にも見られていないか気をつけながらお風呂に入った。温かくて気持ちが良い。汚れと緊張、疲れが全て流れて行く様な気がする。

 長い髪を洗いながら、イルハームや、男性達の髪が短かった事に気付く、髪はこのまま伸ばし続けよう。少しでも女の子に見える様にしないと、、、。



*****



 イルハームは一度城に戻った。必要な物を用意して貰う為に。

 いつも通り手順を踏み、準備が出来たら、夕方後宮に届けて貰う事になった。イルハームは、王の顔だけを見て後宮に戻る。

「イルハーム様!」

後ろから声を掛けられて、ひるむ。イルハームは、女性が嫌いだった。小さい頃から何度も酷い目に遭って来た。

 簡単に嘘をつかれ、裏切られた。小さな子供だったイルハームに色仕掛けをしてくる女もいた。あの、女性独特の化粧の匂いと香水が入り混じった香りが苦手だった。

 それから、紅い口紅が嫌いだ。

 母が亡くなった時の葬儀で、王妃が真紅の口紅を塗っていた。

 そして、イルハームに近付き目の前で何かを言った。何を言われたかは忘れてしまった。ただ、目の前で動く赤い唇が気味悪かった。


 声を掛けて来た女が近付く度に、心音が速くなる。我慢しなければと思いながら、吐きそうになる。

「失礼、急ぎの用があるので」

辛うじて笑みを作り、足早に去る。



 ラティーファも年頃になったら、受け付けなくなるんだろうか、、、。何となく思い、後宮に戻る。



*****



「ラティーファ様、新しい服が来ましたよ」

女児用の洋服が届き、ラティーファを呼ぶ。

 可愛らしい洋服だった。ナディアと一緒に広げながら、青い服を選ぶ。

「早速、着替えましょうか」

とナディアが言うと、ラティーファはコクンと頷き寝室へ入って鍵を掛ける。

 しばらくして、鍵の開く音がして、ラティーファが顔を覗かせる。ドアを小さく開いて、恥ずかしそうに出て来た。

「あらあら、可愛いじゃないですか!よくお似合いですよ」

ラティーファは嬉しそうに笑う。新しい服を初めて着た。いつもは大抵、古くて、染みのある服だった。

 膝下から見える足には傷もアザもない。半袖から覗く腕にも無い。

 イルハームとナディアは一安心した。

「丈も丁度良いですね。後ろ、ちょっと見せて下さい」

そう言ってナディアが、襟足の生地をそっと引っ張り、服の中の背中をチェックする。綺麗な背中だった。

「少しサイズが大きいですかね?ラティーファ様はご飯を沢山食べて、大きくならないといけませんよ」

そう言って、ラティーファの頭をそっと撫でて微笑んだ。


 ラティーファは新しい洋服が女の子のものだったから、心許なかった。

「ズボンにして下さい」

とも言えず、兎に角、膝を合わせてお淑やかに過ごすことにした。


 ラティーファが外に出たがるので、建物の周りだけ許可をする。ラティーファが居なくなるとナディアが

「背中は綺麗でしたし、頭を撫でた時もビク付く事はありませんでした。身体を見られたく無いのは、恥ずかしいからかしら、、、」

イルハームはラティーファの身体に傷が無かったと判ると安心した。



 外を見るとラティーファが建物のすぐ近くで遊んでいる。小さな花を見つけ、指先で突く。虫を見つけるといつまでもいつまでも見ている。空を見上げて、雲が流れて行くのを飽きもせず眺め続ける。



「小さな王女様ですねぇ、、、」

ナディアが言う。あの子が兄のアーディルと結婚しなくて良かったと思った。

「この後宮で、大切に育てましょう」

ナディアの言葉にイルハームは安心した。



*****



 ラティーファは、少しずつ食べる量を増やしていった。知らない食材を見ても嫌がる事は無かった。初めてみる食材に目を輝かせて、イルハームに教えてもらう。次の日には畑に行き、収穫させてもらう。

 イルハームは午前中だけ、城に行き、用事を済ませると午後は大抵、後宮で仕事や、勉強をする。

 ラティーファはイルハームの足元で読書をする事もある。まだ習い立てでわからない文字もあるけれど、イルハームに聞きながら覚えて行く。

 本に飽きるとナディアの所へ行き、仕事の手伝いをする。最近は針仕事を教えてもらっている。

 針の練習になるからと、余った布を貰った。ナディアに教わりながら刺繍をしていく。簡単な絵柄でも、集中して針を刺すと楽しかった。


 イルハームもラティーファもお互いの存在に慣れて来た。

 食後はいつもラティーファがイルハームにくっついて、本を読んだり、刺繍をしている。何と無く一緒にいるだけで、二人で一緒に何かする訳では無い。

 イルハームにはそれが心地良かった。

 夜には一緒に寝る様になった。誰かと一緒に眠る事が、こんなに安心出来る事とは知らなかった。

 人の寝息がイルハームの緊張を解し、疲れを癒してくれた。



*****



 第一王子、アーディルに男の子が生まれた。

 イルハームはこれで、王位継承権が遠のいたと喜ぶ。

 いつかはこの後宮も出なければいけないと思いつつ、ラティーファがもう少し大きくなってからでも良いかと考えた。



*****


 

 ラティーファは後宮の建物の、入り口付近でしか遊ばない。見知らぬ誰かの気配がすると、すぐに建物に入り隠れてしまう。

「ラティーファ様、お芋の収穫に行きますか?」

カシムに声を掛けられて、ラティーファはうんうんと頷く。

 2人は収穫用の道具を持って、畑まで歩く。

「この畑は、イルハーム様が小さい時に一緒に作った畑ですよ。最初はすごく小さい物でした。少しずつ収穫出来る野菜を増やして、今は4人で食べていける位はなんとかなります」

ラティーファはカシムの話しを聞きながら、お芋が何処にあるか気になった。

「ラティーファ様、こうやって、、、思いっきり!」

土の中から丸い芋が沢山くっついて出てくると、ラティーファが興味津々になる。

「力がいりますよ、ラティーファ様に出来ますか?」

ラティーファは躊躇無くカシムの真似をした。

 カシムが簡単に芋を収穫したのに、ラティーファは全然抜けない、カシムにも手伝って貰い、もう一度力を入れて引っこ抜く。

 勢い余って尻餅を着き、抜けた芋を見るとラティーファは嬉しくなった。

「ラティーファ様、このお芋、お花も咲きますよ」

ラティーファはにこにこして、後宮に持ち帰った。

 ラティーファはナディアの手伝いも良くする。テーブルを拭いたり、食器を運んだり、クルクルよく働く子供だった。

 ラティーファが彼の国で一人で後宮に住んでいた時は、誰も話し相手が居なくて褒められた事も無かった。

 今は、イルハームもナディアもカシム、ハサンもいる。ちょっと何かをしただけで、ありがとうとお礼を言ってくれるし、褒めてもくれる。

 ラティーファはここが大好きだった。


 イルハームがウトウトしていると、布団の中でラティーファがそっと背中に背中をくっつけて来る。

 ラティーファの寝息と温かさで、イルハームも深い眠りに入って行く。

 

 ラティーファの朝は早い。イルハームが起きる前に台所に行き、ナディアと一緒に朝食を作る。

 ナディアも年を取り、ラティーファがいるととても助かる。最近では、ラティーファが一人で食事の準備をする事も増えて来た。

 最初は辿々しかった包丁の使い方も、今ではイルハームが感心する程上手になった。


 ラティーファがカシムと畑から帰って来ると、ハサンが椅子を直していた。脚が一本折れてしまい、ハサンは脚を挿げ替えていた。

 カシムが

「こっちは良いから、見ておいで」

と言うので、ラティーファはハサンが椅子を直すのを見ていた。

 見ているだけで、楽しかった。寸法を測ったり、印を付けて、鋸で切る。切った端から、木屑が溜まり不思議な感じがした。

 挿げ替えた後、一度椅子に座り脚の長さを見てみる。ラティーファにも座らせてくれた。

 ハサンは鋸の切断面をヤスリで整えるのをラティーファに挑戦させた。


 ラティーファは相変わらず喋らないが、表情は豊かになって来た。



*****



 ラティーファが慌てて外から戻り、イルハームの手を取る。早く早くと急かすように腕を引く。

 イルハームが外に出ると、アーディルの姿が見える。ラティーファの姿を見ると忌々しそうに

「相変わらず、貧相な身体だな、、、」

と吐き捨てた。

「珍しいですね、兄上。何のご用ですか?」

イルハームはラティーファを自分の後ろに隠す。

「出来るだけ早くこの後宮から出て行ってもらう」

「、、、わかりました、、、」

いずれ出て行く話しだった。それが早まっただけだ。

「父上から伝言だ。南の外れの領土をお前にやる。感謝しろよ」

「ありがとうございます」

 北の領土で無くて良かった。あそこは何も育たない土地だ。南の領土ならまだ幾らかマシだと思う。

 アーディルは用件だけ伝えるとサッサと帰って行った。



 ラティーファが寝てから後宮を離れる話しをする。

「そうですか、、、」

ナディアが溜息をきながら言う。

 出来るだけ早くと言いながら、きっと早急に出て行けと言う事だろう。アーディルはそう言う男だった。

「明後日、此処を出て南の領土を見て来るよ、、、」

長い旅になりそうだった。南の領土の状況や状態がわからない。

 5人全員で移住したいと思う。

 しかし、みんなを連れて行くよりは、イルハームだけが移り住む方が良いかとも思う。

 

 イルハームはどう切り出せば良いかわからない。4人を残して行くにしても、今後の4人の生活の事を考えなければならない。

 ラティーファはナディアを慕っているから一緒でも問題ないだろう。

 カシムとハサンも探せば仕事はすぐ見つかるはずだ。

 4人で住む場所を探し、仕事を探す事にしようか、、、。


 ラティーファはイルハームと書類上、一応結婚している。結婚式はしていない、第二王子であったが、国民に周知もしていない。ラティーファの事は離婚しても問題無いだろう。

 出会ってから1年経った。ラティーファはまだ14歳か15歳だ。これから新しい出会いもあるだろうし、無理に連れて行く事はない。ナディアと一緒に街に降り、平民として暮らす方が幸せだと思う。思うけど、、、。



 イルハームは静かに考える。



 話し合いは終わった。南の領土が今、どうなっているかわからない以上、話はあまり進まなかった。

 イルハームも出来ればみんなで移り住みたい。しかし、此処から馬車でどれ位掛かるかもわからない。行き先の屋敷の状況もわからない。

 最悪の時は、イルハームだけが移住する事にした。その時はナディアが、ラティーファを引き取る事を承知した。



 イルハームが疲れて布団に入ると、ラティーファがイルハームの服を握る。

「ラティーファ?起きていたのかい?」

ラティーファは寝たフリをした。何だかよくわからない不安な気持ちが溢れて来る。イルハームに心配掛けないように、静かに息を吐いた。


 イルハームは背中越しにラティーファを感じて、本当は一緒に行きたいと思った。

 


 翌日、移動の準備をした。ハサンを連れて、明日の朝から出発する予定だった。ラティーファにはまだ話していない。



*****



 イルハームが南の領土へと出発する。

ラティーファは朝、ナディアから聞いて知った。イルハームがいつ帰ってくるのかは、わからなかった。

(長くても3日位かな?)

と考えている。

 それでも、ラティーファには長過ぎた。イルハームが一晩後宮を離れる事は無かったからだ。

「イルハーム様、長旅になりますから、気を付けて下さいね」

ナディアが言うと、ラティーファは

(もっともっと長いのかな?)

と馬車を見る。荷物が思った以上に多かった。

 3日位の旅では無い。もっと長い期間、イルハームと離れ離れになると気が付いた。

(嫌だ、、、)

ラティーファはイルハームの服を握った。

(僕を置いて行かないで、、、)

そう思いながら、言葉が喉の奥で詰まる。

「ラティーファ?」

名前を呼ばれて、涙が溢れそうになる。

「ラティーファ、しばらく留守にするけど、必ず帰るからね」

イルハームがラティーファの頬を触りながら言う。

 ラティーファはイヤイヤをする様に首を振る。服を握った手に力が入る。

(行かないで、、、)

イルハームが困った顔をすると、ナディアがラティーファの肩に手を掛け、引き離す。

 ラティーファは手を伸ばしてイルハームに抱き付いた。

 ラティーファの髪が、サラサラと触れる。

 イルハームはびっくりしながら、ラティーファを受け止めた。

「、、、本当は、連れて行きたい、、、」

抱き締める。

(ラティーファと離れたく無い、、、)


「、、、おいてかないで、、、」

ラティーファの声を久しぶりに聞いた。

イルハームの胸がギュッとなる。

「南の領土がどれ位遠いかわからないから、ラティーファとナディアは此処で待っていて。カシムも居るから大丈夫だよ」

イルハームはラティーファを見つめる。ラティーファの瞳は一緒に行きたいと訴えていた。

「ナディア、ラティーファをお願い、、、」

小さく笑う。

ラティーファが嫌だと首を振る。

「行って来るね」

と言ってイルハームは後ろを向く。

 ラティーファはナディアにしがみついてる泣いた。

「う、、、うぅ、、、」

小さな声が聞こえる。

(イルハームが行っちゃう、、、)

ラティーファはナディアに顔を押し付けて、声を殺した。

 イルハームは、振り返りたいのを我慢した。ナディアがラティーファを抱き締める。



 ラティーファはずっと泣いていた。二人で寝ていたベッドに入り込み、イルハームの匂いを嗅ぐ。布団に包まり、イルハームに抱き締めてもらっている事を想像する。

(早く帰って来て、、、)


 翌朝は、いつも通り起きた。ナディアの所に行くと

「まぁまぁ!」

と言って、タオルを濡らした。

「目がブンブクリンに腫れてますよ」

そう言いながら、冷やす様に言った。


 昼間はいつも通りに過ごすようにしていた。しかし、食事の量が減ってしまった。夜もなかなか眠れない。

 半月経ってもイルハームは帰って来ない。

 ラティーファは部屋から出て来ない時間が増えて来た。朝はちゃんと起きて来て、ナディアの手伝いをする。

 しかし、その後は二人の部屋に篭る事が多くなった。



*****



 1ヶ月経ってもイルハームは帰って来ない。ラティーファはイルハームが生きているのかも判らず心配していた。

「アーディル様?!」

ナディアの叫ぶ声が聞こえた。カシムは畑に行っている時間だ。

 部屋の外で話し声が聞こえる。イルハームの事が判るかも知れない。

 ラティーファはドアを開けた。そっと顔を出すとアーディルと目が合った。

「ふぅ〜ん」

ゾッとした。嫌な感じがする。アーディルがラティーファに気付いて歩いて来る。

「身体は貧相でも、美人になったじゃないか」

「アーディル様!イルハーム様は南の領土からまだ帰られていません!どうかお引き取り下さい!」

ナディアが叫ぶ。アーディルはこの後宮がいつ引き渡されのか確認に来ただけだった。

「お前、幾つになった?」

ラティーファは答えない。アーディルがドアに近づいて来た。

「兄上!!」

ラティーファが部屋のドアを閉めたと同時にイルハームが叫んでいた。



*****



 イルハームは肩で息をしていた。

「遠くから、兄上が見えましたので、急いで参りました」

イルハームは今までに無い、キツイ顔をしていた。

「兄上、ご用件は?」

自分を落ち着かせる様に静かに言う。

「ははっ!お前もそんな顔をするんだな」

「兄上」

「いつこの後宮を明け渡してくれるのか、聞きに来た」

「すぐに、、、2週間以内に立ち去ります」

アーディルは片眉を上げて

「約束だぞ、守れよ」

と言うと後宮を後にした。



「ラティーファ!」

部屋のドアを開けると、ラティーファはドアの目の前で座り込んで怯えていた。

 イルハームに気付くと両腕を伸ばししがみ付く。

 ラティーファがこれ以上近寄れない位身体を押し付けると、イルハームも必死になって抱き寄せる。

「もう大丈夫だよ」

イルハームが言うとラティーファは、イルハームの胸の中で泣いた。


 その晩、ラティーファは熱を出した。普段から食事が取れていなかったし、夜もなかなか眠れなかった。昼間のアーディルの訪問でのストレスと、イルハームに会えた安心感でラティーファの身体が悲鳴を上げたのかも知れない。

 イルハームはサイドテーブルに水を入れた桶を置き、ラティーファの額を濡れた布で冷やした。

(やっぱり連れて行けば良かった、、、)


 熱は夜中の内に下がった。

 イルハームは、水の入った桶を片付け、飲み水を用意した。

 ラティーファがモゾ、、、と動いた。

「ラティーファ、喉渇いて無いかい?」

ラティーファは身体を起こすと水を貰った。



*****



 アーディルの視線が怖かった。

 もし、あの時、部屋に入られていたら、、、。

 もし、自分が男の子だとバレたら、、、きっと、殺されていた、、、。指先が微かに震えていた。

 水を飲みながら、、、。いつまでこの事を隠し通せるか不安に思った。



*****



 翌日、みんなが揃った席でイルハームは

「南の領土には、みんなで行こうと思う。移動は馬車で10日も掛かるけど、南の領土は良い所だったよ。屋敷も綺麗にしてあった。前領主が亡くなって1年程だそうだ。作物も良く育ちそうだし、10日間の移動は大変だけど、その価値はあると思う」

「私も連れて行って頂けるんですか?」

「もちろん、誰一人欠ける事無く」

「こんなお婆ちゃんになって、知らない土地に行くなんてワクワクしますよ」

みんなで笑った。



 旅の準備は思った以上にスムーズだった。家具は備え付けがあったし、途中で立ち寄れる街もあった。必要な物だけを持って、10日後には出発した。

 イルハームは王に挨拶だけして、後宮を後にした。



 ラティーファは南の領土に着く前に、イルハームに自分が男の子だと言う事を告げ、途中の街で別れようと考えた。

 1年間、男の子と言う事を隠して来たが、そろそろ限界だった。

 イルハームの事が好きだ。でも、男の子ではどうにもならない。イルハームは僕が男の子だと知っても殺す事は無いと思う。でも、結婚は破棄されるだろう。

 南の領土に着く前に、結婚を破棄して貰い、みんなとは違う街に住もうと思う。

(、、、ホントはずっと一緒にいたいけど、、、)

涙が滲む。


「一つ目の街に泊まった時に、イルハームに打ち明けるんだ、、、」

そう決めていたのに、いざとなると話しを切り出せない。

 まだ、旅は続くから、次の街では絶対に打ち明ける。

 でも、なかなか打ち明ける事が出来ない。3つ目の小さな町に着いた時、イルハームがラティーファに声を掛けた。

「ラティーファ、、、二人で散歩に行こうよ、、、」

ラティーファはコクンと頷いた。

イルハームがナディアに

「夕食には戻るから」

と言って、町外れの方に行く。

「何か悩んでいるみたいだけど、、、」

歩きながらイルハームが聞く。

 今まで声を出さない様にしていたから、初めの一言が中々出て来ない。

「ゆっくりでいいよ、、、」

イルハームはいつも優しい。

 もうしばらく一緒に歩く。

 小川が流れている。イルハームが

「ちょっと座ろうか、、、」

と言う。


「あの、、、あのね、、、」

二人で小川の水面を眺める。ラティーファが大きく息を吸う、、、。

「僕、本当は男の子なんだ、、、」

(あぁ、とうとう話してしまった、、、)

イルハームがゆっくりラティーファの顔を見る。

「本当の名前はラフィ、、、。第二王子で5番目の子供だったの」

ラフィは緊張して、小さく笑う。唇が震えてるのが自分でもわかる。

「本当は何歳なの?」

「今は13歳、来た時は12歳だったよ、、、」

足元の草を見る。

「第三王女は13歳か14歳だったと思ったから、随分小さいな、と思ったんだ」

「ごめんなさい。僕は第一王子と血が繋がっていなかったから、城の外れの後宮で育ったんだ。母様が亡くなってからは、ずっと一人だった。ある日、綺麗な女の人が来て連れ出してくれた。でも、王子と結婚するから、絶対に男の子だってバレない様にしなさいって、、、バレたら殺されるからって言われたんだ、、、」

イルハームは溜息をいた。

「怖かったね、、、」

ラフィは色んな事を思い出して涙目になった。

「うん、、、」

と頷く。

「最初はいつバレるか怖かった。バレたら殺されると思ったから。でも、最近は嘘を付いて騙しているのが嫌だった。イルハームもナディアもカシムもハサンも優しくて大好きだから」

「ありがとう」

イルハームが微笑む。

「、、、でも、僕はずっと嘘を付いていたからみんなとお別れしなくちゃいけないんだ」

「どうして?」

イルハームは、お別れなんて嫌だった。

「え?」

「どうして、嘘を付いたらお別れになっちゃうの?」

「、、、嘘は悪い事でしょ?それに、僕は女の子じゃ無いから結婚出来ないでしょ?」

「悪い事したら、反省して、謝って、同じ事を繰り返さなければ良いと思うよ。すぐ、お別れするって決めないで、、、。それに、僕達はもう結婚しているからね」

イルハームは、自分も離婚の事を考えたクセに、都合が良いなと笑う。

「でも、、、みんなを傷付けたと思う」

「ラティーファ、、、ラフィ、、、。僕は君が好きだよ、、、。みんなも君が好きだ。君そのものが好きなんだよ?」

イルハームは自分の秘密も打ち明けようと思った。

「僕はね、、、女の人がダメなんだ」

「、、、?」

「小さい頃から、色々あって、どうしても一緒にいられない、、、。ナディアは、僕が産まれた時から一緒にいたし、お婆ちゃんだから平気。でも、王妃や兄上の妃や婚約者達はダメなんだ。近寄られただけで、気分が悪くなっちゃう」

「そうなの?」

「ラフィが来た時、小さくて、細くて、男の子みたいだから平気なんだと思ってた。でもたまに、いつか大人になって身体が変わって来たら、僕は平気でいられないんじゃ無いかって不安だった、、、」

「、、、」

「ラフィが男の子で良かった、、、」

「本当?」

「うん、本当」

イルハームが恥ずかしそうに笑う。

「、、、僕、、、みんなと一緒にいてもいいのかな?」

「いいよ」

「良かった、、、」

ラフィは安心して涙がポロポロ流れた。

「僕、一人になりたく無かった。ずっとみんなと一緒がいい。イルハームとも離れたくない。でも、全部知ったら僕の事嫌いになっちゃうんだろうなって考えたら、怖かった、、、」

イルハームがラフィに両手を広げる。

「おいで、、、」

「イルハーム、、、」 

ラフィはイルハームに抱き付く、身体を預けただけで安心する。

「イルハーム、、、僕、君の事、大好き、、、」

「僕達は、結婚してるから簡単に別れちゃいけないよね、、、」

イルハームは自分にも言い聞かせる様に呟いた。

 ラフィは返事をする様にギュッと力を込めた。



 ラフィはスッキリした顔をしていた。胸に支えていた悩み事が解決して気が楽になった。

 二人はナディア達にどうやって話したら良いか考えていた。ゆっくり歩きながら宿に戻る。

「ただいま」

「あら!」

「?」

「ラティーファ様のお顔が明るくなりましたね」 

二人は顔を見合わせる。

「、、、ちょっと、聞いてくれるかな?」 


 小さな町の小さな宿で、食事を摂りながら話し始める。

「全く、腹が立ちますね。何が殺されたくなかったらバレない様にですか!本当にイルハーム様の所にいらっしゃって良かったですよ」

「わしは、何となくわかっていたよ。身体付きがやっぱり女の子とは違うもんさ」

ハサンが酒を飲みながら言うと

「でも、スカートもなかなか似合ってますよ」

とカシムが言う。

「どっちにしても、あの後宮から出てしまえば誰にも文句は言わせねぇよ」

「結婚式もやらせて貰えなかったんですから、新しいお屋敷で5人でパーティしたいですねぇ!」 

「その時は、ラティーファでドレスですか?ラフィでドレスですか?」

イルハームとラフィは困った顔になる。

「えっと、、、ラティーファがラフィって男の子の件は、問題ないかな?」

「問題あるとしたら、イルハーム様の気持ちだけですよ?」

「何か、問題あるんですか?」

「無いですよねぇ〜」

ラフィがふふふと笑う。

(お酒が入るとみんな楽しいのかな?ご機嫌だ)

「ラフィ?」

イルハームがテーブルの下で手を繋ぐ。

「?」

「良かったね、みんな賛成してくれてるよ」

「うん」

あんなに不安だったのが嘘みたいだった。


 3人はほろ酔い気分で部屋に戻った。久しぶりに美味しくて楽しい食事だった。

 イルハームとラフィも二人の部屋に戻る。

「こんなに早く打ち明けられて良かった、、、」

二人は明日に備えて早目にベッドに入る。明日からまた、しばらく馬車で寝泊まりになるからだ。

 二人で布団に入ると、いつもはラフィが背中を向けるのに珍しく抱き付いて来る。

「どうしたの?」

イルハームが聞くと

「いつも男の子ってバレない様に寝てたから、、、。本当はずっと、こうしたかったんだ、、、」

「ラフィ、、、」

イルハームがギュッと抱き締める。

「イルハーム、僕が男の子でも平気?」

「大丈夫、こうして抱き締めていると幸せな気持ちになるから、、、」

「良かった、、、。ありがとう、イルハーム。初めて会った時、僕の手を握ってくれたでしょ?僕、凄く嬉しかった、、、」

ラフィは頭をイルハームに擦り付ける。

「アーディルに相応しく無いって言われた時、此処でもいらない子なんだって思った」

「ラフィ、、、」

ラフィはイルハームの服で涙を拭う。

「へへへ、イルハーム、大好き。僕と結婚してくれてありがとう。ずっとずっと仲良くしてね」

「ラフィ、僕も君と出会えて嬉しい、いつまでも一緒にいよう」

イルハームはラフィをギュッと抱いて、そっとキスをした。



二人の幸せがいつまでも続きますように!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ