第2話 夢を売る人たち
あれは、もう十年も前のことだ。
私が最初にマルチ商法にハマった日のことを、今でもはっきり覚えている。
電話が鳴った。知らない番号だった。
当時の私は、誰とも話すことがなくなっていたから、思わず出てしまった。
「美津子さん、覚えてますか? 昔の職場で少し話した、〇〇です。」
声をかけられるだけで、妙に胸がざわついた。
久しぶりの誘いに、断る理由もなくカフェへ向かった。
彼女は明るくなっていた。服も表情も派手だ。
最初は世間話、すぐに「人生を変えたいと思わない?」
きれいなパンフレット、成功者の体験談、夢の暮らし。
「最初に少しだけ投資すれば、絶対に損しない」「あなたにもきっとできる」
誘われるままにセミナーへ行き、リーダーたちの熱気と拍手に包まれる。
「みつこさんなら絶対成功する」と背中を押されると、つい「やってみようかな」と思ってしまう。
最初のうちは「私もこの輪の中にいる」「変われるかもしれない」と浮かれていた。
でも、商品は売れず、在庫ばかりが積もった。
友人も家族も離れていく。LINEも静かになった。
カードの請求書だけが膨らんでいく。
冷静になれば全部が金儲けの仕組みだと分かるのに、
「今やめたら全部無駄」「今度こそ成功する」――
期待だけが抜けない。
夜、部屋の隅で売れ残ったサプリを抱えながら、
「私だけは抜け出せる」と、
どこかで自分を特別だと思いたがっていた。
惨めだ。浅ましい。
それでも、電話が鳴ればまた出てしまう。
私は何度でも同じ夢を見て、
何度でも同じ罠に落ちる。
やめたい。でもやめられない。
「今度こそ」「今度こそ」「今度こそ」