前線にて
東部戦線、第三補給拠点。
空気が変わったのは、ほんの数日前のことだった。
小競り合いが増えた。
敵の動きが速くなった。
何より、“見えない”存在が戦場を舐めていた。
「──奇襲です。応戦はしましたが、主力部隊ではありませんでした」
軍務省に届いた報告書を読み上げた参謀が、額に汗をにじませていた。
「どこから来た?」
「北東方面。前線拠点との通信が……途絶しました」
会議室に沈黙が落ちる。
エルドラン=ディストーク補佐官は、書類の束を片手に立ち上がった。
「これは、“異鎧”だ。おそらく、敵の実戦投入が始まった」
「……やはり、そう来たか」
軍務大臣ラングレーが静かに頷いた。
「状況は?」
「補給線が危険だ。正面の戦力は維持できても、長期戦には耐えられない。
“戦局をひっくり返す手札”が、向こうにはある。こっちには──」
「──“神具”がある」
エルドランが言い終わる前に、軍務大臣が口を開いた。
「リク=アストレイ。ノーヤク村出身。
本人の申請により、“神具との再接触”の可能性が高い」
「現地に装備申請が却下されていたと聞いているが?」
「軍医判断によるものだったらしい。
だが現場からの要請は届いている。“神具装備者、再評価の必要あり”と」
「なら、再審査を通せ。“神具召集”を正式に」
「……よろしいのですか? 王宮への説明が必要になります」
「するさ。だが、俺たちが何のために“神具研究記録”を残してきたと思う?」
エルドランは、口元にかすかな笑みを浮かべた。
「“その時”が来た、ということか」
***
同時刻、東部前線。
リクは、修道服のまま丘の上にいた。
目の前に広がるのは、かすかに煙る戦場。
「……来るな、これは」
「えっ、何が?」
ユイチが隣で眉をひそめた。
「わかんないけど……“ヨロさんが、近づいてきてる気がする”」
「……どんな第六感だよ」
横から突っ込みが入る。
だがリクの顔は、どこか真剣だった。
「ううん……ヨロさんじゃない。“ヨロさんを呼ぶ理由”が、近づいてる気がするんだ」
風が吹く。
その風の向こうに、“選ばれた者たち”が動き出す気配があった。