報告というのはたいてい握りつぶされるものである
「……子どもの劇、ですか?」
部屋の空気が、しんと静まった。
王都・中央軍司令部、応接の間。
報告書を手にした貴族将校が、書類の一枚を指で持ち上げながら、鼻で笑った。
「まったく、東の戦況が不安定だというのに、
このタイミングで“動く鎧”? “神託の鎧”? …子どもの空想に付き合ってる暇があると?」
報告書を提出した騎士は、黙ってそれを見つめていた。
「私は、現地の騎士が現地で見たものを報告したまでです」
「あなたが? それとも村の子どもが?」
「……私です」
上司である将校――名をルドレクと言った。
代々王都の軍政を務める貴族の家柄であり、現場の経験は乏しい。
しかし、宮廷での立ち回りには長けており、彼の発言力は決して小さくない。
ルドレクは椅子にもたれかかり、顎を撫でた。
「私が気にしているのはね、君の“報告の内容”じゃない。
その報告を、誰がどう受け取るか、なんだよ」
「……それは、戦略上の情報である以上、判断は上層部の責務です」
「君はまだ若いな。
“情報”というのは、正確であるほど都合が悪いこともあるんだよ」
「……は?」
「想像してごらんよ。
“神の加護を受けた動く鎧”が、辺境の小村に現れたという報告が出回ったら――
誰が最初に慌てると思う?」
沈黙。
「……他国だよ。
我々が“神具”を手に入れたと信じれば、国境の緊張はさらに高まる。
それこそ戦争の火種になりかねない」
ルドレクは書類を指で弾いた。
「だから、この件は“劇の話”にしておこう。
君の報告も、“若手騎士の調査ミス”として処理する」
「……本気ですか?」
「本気さ。君も、軍の一員ならわかるだろう?
“正しさ”より、“管理しやすさ”が優先されることもある」
騎士は、それ以上何も言わなかった。
ただ、深く一礼して、報告書を持ち帰った。
扉の外。
長い廊下を歩きながら、彼は小さく吐息をつく。
「……あれを“劇”と呼べるなら、あんた、観に来てみろよな」
誰にも届かぬ独り言だった。
でも、胸の奥には、確かに刻まれていた。
――あの鎧が叫んだ夜。
それは、確かに“何か”だった。