新たな肩書き
「畑の水がもう限界なんじゃ……」
「明日も晴れそうだってよ。こりゃ、干上がるかもしれん」
村の広場に、不安げな声が広がっていた。
最近、雨がまったく降っていない。井戸の水も心なしか少なくなってきているらしい。
「雨乞いでもするか……?」
「でも、前にやった時は踊ってる最中に蜂に刺されたんだよな……」
(不運すぎるだろ)
俺は相変わらず、納屋の入口付近に据えられたまま空を見上げていた。
「……あー、こりゃ来るな、たぶん」
「えっ!? ほんと!? 雨来るの!?」
しまった。
つい、独り言のつもりでつぶやいたのを、子どもたちがばっちり拾っていた。
「神具さまが、雨が来るって言ったぞー!」
「マジ!? ありがてぇ……!」
「これが……“神託”……!!」
(ちょ、ちょっと待て。俺、気象神だったのか……!?)
いや、そうじゃない。
ただ、雲の動きと風の向き、それに夕焼けの色味からして、
たぶん明日あたり降るんじゃないかなーという、ただの“予報”だった。
(昔、野外イベントの設営やってた頃は、天気の急変に命かかってたんだよな……)
テント飛ぶと大惨事。
雷来たら即中止。
天気アプリと空をにらめっこする日々だった。
……その経験が、まさか異世界で“預言”扱いされるとは。
「よっしゃー! 雨乞いやめだー!」
「神具さまが言うなら間違いない!」
「踊らなくていいって最高だな!」
(いや、お前ら信じすぎだろ)
そして翌日――。
「降ったあああああああ!!」
空から、ざあああっと降り出す雨。
村中が一斉に歓声を上げた。
「ヨロさま、すごい……! 天を操った……!」
「神の咆哮に、雲が応えたのじゃ……!」
(ちょっと叫んだだけだったんだけどな……。しかもただのぼやきだったんだけどな……)
「これはもう、ヨロさまに“お天気祭壇”を作らねば!」
「“雨請けの鎧”と呼ぶべきか……?」
(待って、肩書きが増えてる)
納屋の入口には、子どもたちが花や草で作った簡素な“祭壇”が置かれていた。
その中心に、俺の絵が飾られていた――例の、歯が生えてるやつ。
「おい、これだけはやめろって言っただろ!!!」
でも、誰も聞いていなかった。
みんな、笑っていた。雨に濡れながら。
──こんなふうに誰かの役に立つの、何年ぶりだろうな。
俺は雨粒に濡れながら、空を見上げる。
水気は鎧の中に染み込まない。けど、なぜか心は少し、温かかった。
「……ったく、天気くらいで騒ぎすぎだっつーの」
そうぼやきながら、俺はその場に、動かずにいた。
でも確かに――誰かの“中心”に、俺はいた。