笑顔の馬
母上様が馬という文字だけで選び遊ばされたと推察する三人の殿方。
そして最後を飾るお方――佐藤馬次郎様はすでに黒百合の間でお待ちしているとの事。
しかし私は城内園庭にある池で、くねくねと泳ぐ人面模様の錦鯉を放心状態で見つめていました。
そして背後から歩み寄る足音。
「夢月、数発終えた様な果てた表情でどうしたのですか? 佐藤馬三郎殿がお待ちですよ」
「あ……母上様……すでにお会いしたお二方がどうにもこうにも……」
「なんですの? 何が不満なのですか? 硬さが不足ですか? 長さですか? 耐久性ですか?」
「いや、そっちの方は別にどうでも……もっと言うなら、お見合いですから試したわけではないので――」
「少々戯れが過ぎましたね」
「はい?」
「明かしますが、実は今お待ち頂いてる佐藤馬三郎殿が夢月――あなたに最も相応しいと考えています」
「えっ? そうなのですか?」
「佐藤馬三郎殿は、その存在だけで領土の皆を笑顔にした、我が日の本初代天皇である神武天皇のようなお方です」
「さ、さようでございますか。素晴らしい殿方なのですね」
「本来であれば夢月にはもったいのうお方であります」
「はい。とても光栄にございます! 母上様、ありがとうござ――」
「特に優れているのは竿の強度、星を描くような上下左右、斜めを混じえた腰使いは、そなたを天界に導く事でしょう」
「…………」
とりあえずお会いしてみて結論を出さなくてはなりません。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「……あの……申し訳ありませんが、私には意味がわからなかったのでもう一度お聞かせ願えないでしょうか?」
三人目の殿方、佐藤家当主佐藤馬次郎様。
黒百合の間にて、形式的な挨拶を手短に済ませた途端、聞かされた話に私は困惑しております。
「ではもう一度、とっておきの笑話をお聞かせしよう」
「笑話ですね。はい。お聞かせ下さい」
「ある老夫婦が負傷した鶴を助けた」
「はい。優しい老夫婦でございますね」
「なんと! その鶴は夜になると人間女性の姿に変貌した」
「これはこれは不思議なお話ですね」
「そしてその女性はこう言った。お礼に反物を織って差し上げましょう」
「鶴ながら恩義を感じていたのですね」
「更に女性は話を続ける。けれども、私が反物を織ってる間は決して覗いてはなりませぬ……と」
「はい」
「老夫婦は言われた通り、覗く事はせず朝を向かえた」
「はい。どんな反物が出来上がったのでしょうか?」
「部屋を開けると金目の物が一切なく、どうやら鶴が持ち出したようだった」
「え?」
「その鳥は鶴ではなく鷺だった」
「はい?」
たしか、とっておきの笑話とお聞きしたのですが私の聞き違えでしょうか?
「それから、昨日はあいにくの雨模様であったであろう?」
「はい」
「それがし、傘をさしていたのだが強風の為、根本から外れてしまったのだ」
「それは大変でございましたね……」
「ついでに身に付けていた刀も鞘の部分からざっくり折れてしまった」
「さようでございますか。お怪我がなくてなによりです」
「その後、城に戻ったのだが箪笥の取っ手、突起も折れてしまったのだ」
「それはさぞかし仰天されたでありましょう」
「それ以降、厠に行き用をたすのが怖くなってしまってな」
「…………」
本日は雲一つない、とても良き晴天でございます。
「それから男色の知人と将棋を指した時の事なんだが」
「は、はい」
「六と九手で、それがしが知人の玉を詰み、勝利したのだ」
「馬次郎様は将棋がお得意なのですね。私はそちらの方はさっぱりでして」
「だがその知人は十代の頃はそれがしも敵わぬほどの腕前だった」
「さようでございますか。知人の方はどうしたのでございましょう」
「だからそれがしも聞いてみたのだ。おぬし昔は無双状態であったろう。どうしたのだ? と」
「それで知人の方はなんと?」
「あ〜あの頃は玉付きだったから……と」
「…………」
笑うべきでございましょうか?
晴天かと思いましたが、曇天模様のようです。
「仏像と銅像が喧嘩を始めた」
「はい。仏門にあるまじき行為ですね」
「心配いたすな。どうやっても喧嘩にはならぬ」
「さようでございますか。なぜでございますか?」
「ぶつぞう! どうぞ!」
「…………」
間もなく大雨が降る気が致しますね?
とても楽しく有意義な時を過ごさせて頂きましたが、お引き取り願いましょう。