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閻魔と化した母上様

 遥か昔、遠い昔。江戸時代。


 江戸時代の女性の婚姻年齢は、地域や身分、第何子かどうかなど様々な要素で大きく変わってきます。ですので総合的な平均年齢は14歳〜22歳と幅があると言われています。

 そしてその中でも大名や武家などの娘は、初潮を迎える12歳〜14歳が結婚適齢期とされていたようです。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「夢月。そなたは今年で齢はいくつになりますの?」

「母上様、なにゆえそのような事を問われますのですか?」

「いいからお答えなさい!」 

「あ、はい。十と九にございますが……」


 東州近藤家。

 日本に約二十家しか存在しない、領土二十万石を誇る名家であり、国持大名。

 わたくしがその大名の一人娘である近藤夢月コンドウムツキにございます。


「それでは、私がなぜそなたをここに召し出したかおわかりですか夢月?」


 東州近藤城内。三の丸大広間。

 他に誰もいない――静寂包んだ大広間の真ん中で、私と母上様は正座にて対峙しているところにございます。


「いいえ。なぜこうして私が呼ばれて母上様と対峙しているか……皆目、見当もつきま――」

「夢月。ところでそなたは今どこに行こうとしていたのじゃ?」

「え? いや、犬……栗丸くりまるの散歩に……」

 私の一瞬の困惑な態度を察してか、母上様は般若と化してお怒りの様子。

「そなたは、またしても城下へ行こうとしていましたね?」

「そ、そんな滅相もございません!」


 身分を隠し城下へ行き、見聞という名目の戯れが母上様に露呈したのは先日の事。

 烈火のごとくお怒り遊ばせ、私は五刻に及ぶ罵倒、雑言そして愚弄。今となっては決して思い返すのもおぞましい……そして我が近藤家自慢の手練れ侍六十九人衆による、昼夜問わない見張り……つまるところ、私が城を抜け出し再び城下へ向かわないかの目付役。


「夢月。そなたは婚姻もせず……かと言いつつも勉学に勤しむわけでもなく、のんべんだらりといかがわしい春画を見ながら一人せせりに興じてばかり」

「いえ母上様、私は春画などは見た事も――」

「黙りなさい!」

「あ、はい……」


 母上様のお怒りは般若から地獄の閻魔に変貌し一喝なさいました。


「我が東州近藤家では豊臣秀吉候に習って、女子おなごでも自由な色恋で婚姻へと紡いで来た事は存じていますね夢月?」

「は、はい。母上様」

※豊臣秀吉は恋愛結婚と言う話があります。

「そして幕府からも、我が家訓を尊重して頂いてるのも存じていますね夢月?」

「はい」

「しかし、そなたと来たらあろうことか城下の庶民と色恋に溺れている」

「いえ、母上様。城下ではいかのぼりやお手玉、うなぎすくい……決して色恋などは――」

※いかのぼり→凧あげの事

「しゃー! 黙りなさい!」

「あ、はい……」

 しゃーって……威嚇する猫でしょうか?

「夢月。そなたはなんといかがわしい……たくさんお手玉袋をもて遊び、うなぎを放出させて……」

「いや母上様、私は本当に子供達と遊んでいただけ――」

「もう私の我慢も限界です。そこで明日見合いの席を設ける事に致しました」

「えっ?!」

「明日の子の刻、牛の刻、()つの刻それぞれに、そなたの夫となるべくお相手三名を城内に招いてあります」

「母上様、それをおっしゃるなら辰の刻では……」

「話の腰を折るのはおやめなさい!」

「あ……はい」

「その三名の中から夢月……そなた自身が吟味して選ぶ事を許します」

「…………」

※江戸時代の婚姻は親などが決めた命令婚が主流でした。


 私は母上様の途方もない怒りの形相に頷く事しか許されませんでした。


 はらり――


「昨夜、早朝までかけてこの文書をしたためておきました。これを読み明日のお見合いに備えるのです」

「はい……これは?」


 母上様が私の膝の前に差し出された一通の紙。極めて適当になぐり書き遊ばされた簡素な物でした。


「明日城に招いた夫候補とされるお方の特徴を記してあります」

「……はい」

「六と九を数える候補の者から、私が厳選に厳選を重ねた者達です。お家柄、役職、禄高、興じてる趣味、器量、才覚、お手玉袋の柔らかさ、鰻の長さや太さと猛々しさ、上下左右動作時の耐久性など全てにおいて、我が東州近藤家に相応しい方々ばかりです。しっかりと吟味なさい」

「あの……母上様……左右の動作とは?」

「ぐちゃぐちゃと御託を並べるのはやめなさい!」

「あ……はい。失礼致しました……」

 御託のつもりではなかったのですが……。



 こうして私は問答無用にてお見合いの義を執り行なう事になりました。そして寝所にて、読めば一分とかかる事のない、適当なぐり書き文書の熟読を余儀なくされたのでございます。




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