第18話 最高に楽しい最悪の未来
「その死は変えられないのか」
「わかんない。今から10年後だし、変えられないかもしれないし、今のところ変える気もないかな」
「……」
「私にとって、この人生は二度目……まあなんていうか、余生なんだよね。だから、10年後の死は割とすんなり受け入れられたんだ」
カイチューは黙って聞いている。黒いもやもやは私の前で揺らめいて、少し悲しげだ。
「ごめんなさいカイチュー。私、あなたの取引には応じれない」
「……」
「あなたって、懐中時計の中にいるんだよね。だったら、誰かに渡すよ。私なんかより欲深くて、野心家な人の元に行った方がいい」
それは心の底から出た素直な気持ちだった。
カイチューはきっとすごい存在だ。才能もなく、未来もない私なんかのところにいるより、もっと別の場所にいた方がずっと楽しいだろう。
「帰ったらクロミに頼んでもっと舞踏会とかに出られるようにするよ。そしたら、いろんな人見れるだろうからさ。カイチューがこれだ!って思った人に渡す」
「……」
「そうだ、キーノさんとかどう? あの子引っ込み思案で人見知りだけど、すっごく勉強得意だし魔術の才能もあるよ。カイチューもきっと気にいるよ」
「……ふーん」
「なんかつまんねえな」
「……え?」
言葉に詰まる。何故か心臓をきゅっと掴まれたような気がして、胸を抑える。
「今のお前、なんかつまんねえよ。いつものですわですわ言ってる時の方が100万倍面白い」
「な、今それ関係ある!?」
「あるね。大いにある」
目の前の黒いもやは突然大きく揺れだし、だんだんとその輪郭を大きくしていく。
「お前は諦めという泥で化粧をしてる。狂人を演じる者もまた別の狂人だ。死を望み諦観を装うお前も、確かに生を諦めているんだろう。だから、俺がこんな黒いもやに見える」
そのもやは、やがてぼんやりと人の形を取る。
「だけど、普段のお前は違う。楽しいことに人一倍興味を持って、知らないことを積極的にやりたがる。誰かの幸せを想い行動出来て、強きをくじき弱気を助けることができる」
「……そんなんじゃない。私が淑女っぽく振る舞おうと思ったのは、少しでもお父様に認められたかったからだよ。おとぎ話に出てくるいいお嬢様の真似をすれば、私も同じくらい褒められると思った。それだけ」
「それだけだって? 十分すぎるね」
もやは足を作り、手を作り、顔を作る。
私は息を飲んだ。そこに現れたのは私だった。
私そっくりの私は、じっと私を見つめている。
「お前が言う楽しいは全て嘘か? お前は夜寝る前に何であんなに熱中してコイントスをしていたんだ?」
「……」
「お前がキーノさんに言った素敵って言葉も、嘘なのか?」
「それは違う!」
私は反論する。キーノさんには、私は本心から賞賛を送った。それは嘘や偽りなんかじゃない。
カイチューは言葉を続ける。
「そうだ、お前が嘘を吐いているとしても、すべての事柄が嘘になるわけじゃない。お前はいい人を演じている。演じることができている。理由はどうであれこれは事実だ。狂人を演じる者が狂人なら、善人を演じるお前は? 絶対に、そこに楽しいも素敵も悔しいも辛いもあるはずだ。なのに……」
「どうしてお前はその事実に目を背けている? なんでそんなに諦めたがる」
私は思わず私を見る。カイチューが作った私は、とても楽しそうな笑顔を浮かべていた。
「よし、決めた」
カイチューがそう言うと目の前の私がさっと消えて、再び黒いもやもやに戻る。そして、そのもやから一枚のコインがポトリと落ちる。
「これでコイントスをしろ」
「え、なんで」
「いいから」
私はカイチューに言われるがままコインを拾い、右手の親指の上に載せる。
その行為は、寝る前に何度も何度も繰り返した。もうコインを落としたり変な方向に飛ばしたりしない、とても慣れた手つきだった。
キーン……と金属が弾かれる音が響き、コインは高く飛んでいく。
まだカイチューのように上手くは扱えないけど、コインが描く直線の軌道を見ると、少しだけ口元が緩くなる。
落ちてくるコインを左手の甲でキャッチする。うん、うまくできた。
「表」
「え?」
「俺は表に賭ける。お前は裏だ」
「なに急に」
「結果は?」
「……裏だけど」
「じゃあ俺の負けだな。俺の魂をやるよ」
「……は? なに、どういうこと」
私にはカイチューの言っている意味がよくわからなかった。けれど、カイチューは気にせず続ける。
「よく聞けアリン・クレディット。今から10年間、お前が死ぬまでだ。俺は全ての力を使ってお前の人生を最高に刺激的で面白おかしいものにしてやる。死ぬ瞬間に、もう少し生きてたかったって後悔するほどにな」
「……」
カイチューの言葉に体が反応する。
肺が燃えるように熱い。心臓の鼓動がうるさい。
「この世の物とは思えない邪悪が無様に負けるところを見せてやる。ひりつくような命の駆け引きををやらせてやる。圧倒的強者に勝つ瞬間を味合わせてやる」
「人生が何度あっても体験できないことを、この10年で全部やるぞ」
楽しそうと思ってしまった。
面白そうだと思ってしまった。
「む、無理だよ。私の才能知ってるでしょ? 貴族がどうとかいう話じゃない。魔術の使えない人は、生きていくのがやっとなんだよ……?」
「関係ないね。人は息が吸える限り勝負できる。その点、お前は五体満足で家柄もそこそこいい」
「なに、それ……!」
「まあ、お前が言うその人らの運命を変えたくないってのは、ちゃんと守ってやる。縛りがあった方が燃えるしな」
黒いもやの色が薄くなって、次第に消えていく。
代わりに現れたのは、光だ。眩いほどの光。
「才能無し? 10年後に死ぬ? 最高だ。チップはお前一人で十分だ。この盤面、俺とお前でひっくり返してやろうぜ、アリン」
諦めてるはずだった。端役に徹するはずだった。
でも、もう少しちゃんと、アリン・クレディットとして生きてみたいと、そう思ってしまった。
「……たい」
夢の中なのに、涙が出てくる。おかしい、こんなはずじゃなかったのに。
生きたい、生きたい、生きたい! 欲しいものを諦める人生なんて、もう嫌だ!!
「わたし、たのしいって言える人生をやりたい!」
私はコインを握りしめて、その光に向かって叫ぶ。
「いいね、契約成立だ」
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