第13話 けっちゃく、ですわ!!!
「……は」
フィッツは、カイチューが踏んづけていたコインが露わになると、まるで存在しないものを見てしまったかのように固まった。
「……はあああ~~~??!? 裏、裏だと!?? どういうことだ、どういうことだ!! これは!!」
絶叫するフィッツに私がまず最初に思ったのは、フィッツはどうしてそんなに驚いているのか、ということでした。
カイチュー曰く、フィッツには勝つ算段がある! ……らしいんですが、私にはそれがどういったものかさっぱりわかりませんでしたの。カイチューも特に教えてくれませんでしたし。
今この瞬間になっても、カイチューがコインを踏んづけたりはしたけど、私は二人が純粋なコイントス勝負をしたのだと思っていますわ。
「馬鹿な馬鹿な馬鹿な!! ありえない、なんで、なんで獅子じゃないんだ!!」
「あは、あははははははははははは!」
床に落ちたコインを見つめて激高しうろたえるフィッツとは対照的に、カイチューはお腹を抱えて笑い出す。とても気持ちのいい笑い声ですわ!
『いやわらってないでせつめいしてくださいまし!!?』
「いひぃ~お腹痛……」
『カイチュー!! せ、つ、め、い!!』
「わかった、わかったって」
カイチューは何度か深呼吸をして、ようやく笑いを止める。そして、今回の勝負についての解説を始めたんですの。
「あいつはな、自分の用意したイカサマを信じすぎた。だから負けたんだ」
『?』
「えーっとだな、勝負に勝つために必要なことは知ってるか?」
『しりませんわ!!』
「……状況を作り、手段を用意し、相手を誘導すること。あいつはそれを知ってか知らずか、途中からやりはじめた」
『はぁ』
なんだかむずかしいはなしになってきましたわね。
「フィッツは5回のコイントスを終え、俺が何らかのイカサマをしていると考えた。対策として、イカサマの内容はわからないにしても自分がコイントスを行うことで俺のイカサマを阻止することをあいつは選んだ。だが、それだと100%勝てるわけじゃない。そうだろ?」
『まあそうですわね』
「そこであいつは追加で別の策を講じることにしたんだ」
『そこまではわかりますの』
フィッツに勝つ算段があるってことはカイチューが言ってたから覚えてますわ。でも、カイチューはそのあと特に対策などをする様子もなかったので適当に言ってたのかと思ってましたわ!!
『わたくしがききたいのは、そのぐたいてきなないようですわ!! フィッツさまはなにをしていらっしゃったの?』
「あいつがしたことは、勝つ手段の用意だ」
『しゅだんのようい?』
「イカサマってのは大まかに分けて2種類しかない。技術によるイカサマと、道具によるイカサマ」
『はぁ』
「技術のないフィッツは、勝つために道具を用意したんだ」
『なるほど! みえてきましたわ。フィッツさまはあのコインになにかしかけてたんですわね!』
「そ、内容は非常にシンプル。両面とも同じ柄のコインを用意したんだ。で、その面が出たら自分の勝ちであるとあらかじめ宣言しておく。そうすれば、相手に用意したコインがバレなければ、50%の勝負を100%にできる」
『へぇ~~~』
そういうことでしたの。だからフィッツは最後の一回をするときに
”出た面を当てる”
じゃなくて、
”表なら自分、裏なら相手が勝ち”
とわざわざ変更したんですのね。
「そして、普通のコインを投げていると装うために、俺には裏表のあるコインを渡して確認させる。ガキが考えるとっさの案にしてはいい方だと思うぜ」
『はえ~……ん? まってくださいまし。フィッツさまがそんなイカサマしてるって、カイチューはいつきづいたんですの』
「ん~、気づいたっていうか、態度を見ればバレバレっていうか、コイントスっていう道具がコイン一枚のゲームでイカサマするならそこしかないっていうか……」
『……なるほどですわ』
プロにしかわからない勘ってやつですわね。
「ま、そうしてあいつは誰にも指摘されることなく、見事仕込んだコインを投げることに成功した! ってことだ」
『え、でも、ゆかのうえにあったのはふつうのコインでしたわ?』
そう、結果はフィッツの思惑通りにならずに、床の上のコインは裏である杖と剣の絵柄でしたわ。
でも、それだと変ですの。フィッツは床に落ちたコインを見て大変狼狽してらっしゃった。それはつまり、フィッツは自分の用意した裏表が同じコインを投げたって思っているということ。フィッツは投げる直前に手元のコインを確認しているような仕草もしていらっしゃいましたし、もし普通のコインに入れ替わっているならそのタイミング出気づくはずですわ。
それなら、一体いつ入れ替わったんですの?
まさか、カイチューは何かとってもすごいことをしたんですの……?
「ああ、それはだな」
『……はい』ドキドキ
「俺が踏んづけた時にそのコインをすり替えたんだよ。足の裏で」
『え……そ、それだけ?』
「それだけ」
あ、足の裏って……なんか地味ですわ~~!!
投げる直前にコインをワープさせたとか、なんかすごい魔術使ったとか、そんなかんじのやつだと思ってましたのに!!
ていうか、足って……カイチューってかなり器用ですわね。
『あれ? それじゃあフィッツさまにすりかえたことがわかってしまうのでは?』
「そうだよ。でもフィッツは言えないんだ」
『どうしてですの?』
「だって、あそこにあるコインはフィッツの物だもん」
カイチューは床に視線を落とす。そこには床に落ちたコインと、未だ這いつくばって杖と剣の面を凝視するフィッツの姿があった。
確かによく見ると、床のコインに描かれている杖は私が持っていたものと違ってクルクルしていない。そのコインがフィッツが持ってきた物だとわかる。
『……それって、なにかかんけいあるんですの?』
「それが一番重要なんだ。まあ見てなよ。おーいフィッツ様」
カイチューは流れるようにフィッツに話しかけるも、フィッツはまだ床のコインを見つめていた。
「ねえ、聞いてます? わたくしの勝ちだし、もう行っていい?」
「……貴様、何をした」
「何って、なんのこと?」
フィッツはバッと反応し顔を上げる。そこには最初の頃のような悪意や嫌味の感情が抜け、憔悴だけが残った顔があった。
「とぼけるなアリン・クレディット! 貴様が、貴様がコインをすり替えたことは、わかっている!!」
「まさか。わたくしは何もしておりませんよ?」
「何もしていないだと? 違う……! そんなことありえないんだ……!」
「ありえない? なに言ってる。わたくしがすり替えたって、そんな訳がない」
……カイチューは何が言いたいんですの? カイチューが足ですり替えたってことは、フィッツには簡単にわかることじゃありませんの? それを口で否定しても、フィッツは納得しないと思いますが……。
「ほら! ちゃんとそのコインをよく見てくださいフィッツ様」
カイチューはフィッツの髪を掴み、無理やり顔を床に向けさせる。
「正真正銘、お前が持ってきたコイン、ですわ」
「……それが何だと言うのだ!!」
「あれ、まだわかりませんか? 存外鈍いんですね。それとも負けて視野が狭まってるのかな」
カイチューは口をフィッツの耳元に近づけ、そっと最後の言葉をささやく。
「もしわたくしがすり替えたって言うのなら、お前はいったい、何を投げたんだろうな?」
「それは……、ッ!」
フィッツは反論しようとしたが、急に何かに気づき顔を青ざめて黙ってしまう。
そして、生気が抜けていくようにがっくりとうなだれる。
『あっ』
なるほど、そういうことですの。
私はその時になって、ようやくカイチューの意図を理解した。
フィッツはこれ以上カイチューがすり替えをやったのだと主張できない。してはいけない状況になってしまったんですわ。
フィッツは今回の勝負でイカサマコインを投げた。これは事実でしょう。ですが、私たちに対しては最後まで普通のコインを投げたという風に装って、イカサマコインのことを隠していましたの。
それは、イカサマがバレたら、ルール違反が発覚したら負けという前提があるからですわ。
だから、現状裏が出てしまって負けになっているフィッツは、”落ちたコインのすり替え”というルール違反をしたであろうカイチューに対し、イカサマをしたので負けであると言いたいんですの。
だけど、それはできませんわ。なぜなら、現在床にあるコインはフィッツが持ってきたコインだから。
だって、もしこのまますり替えを主張し続けると、それはフィッツ自身が最初に宣言したコインと別のコインを投げたのだと自分で言っているのと同じことになってしまうんですの。
カイチューの足の裏すり替えイカサマを立証するには、まずフィッツ自身のイカサマを開示しなければならない。
それがわかってしまったからこそ、フィッツは黙ってしまったのでしょう。
故にカイチューは、床に落ちたコインがフィッツの物であるということが一番重要だと言ったのですわ。
もし、床の上にあるコインが私の持ってきた物だったなら、フィッツのすり替え主張を私たちは否定しきれなかったでしょうから。
でもそうなると、カイチューはいつフィッツのコインを手に入れたのでしょう。
『……いえ』
ありましたわ、一つだけ。
はじめにフィッツが確認をしろと言ってコインを渡したとき、確認するふりをして私が持ってきたコインとすり替えたのですわ。そして、私のコインをフィッツに返して、フィッツが持ってきたコインをこっそりと奪った。
ということは、私のコインは今フィッツ様の懐にあることになりますわ。
……なるほどですわ。
何故カイチューが『フィッツは自分の用意したイカサマを信じすぎたから負けた』と言ったのか、ようやくわかりましたの。
それは、フィッツにはカイチューが仕掛けたイカサマを気づくことができるタイミングがあったからですわ。
コインをカイチューから受け取り、コイントスを行うまでの間に一度でも普通のコインを確認していれば、この状況にはならなかった。
でも、フィッツにはそれができなかった。
フィッツが負けたのは、フィッツはただイカサマコインにしか、自分の勝利にしか目を向けていなかったから。
「うんうん、やっぱりそうだった」
カイチューは床を見つめるフィッツを見て、満面の笑みを浮かべる。
獲物を吸い尽くして、満足した蜘蛛のように。
「そうして這いつくばって床を見るのは、やっぱりあなた様の方がお似合いですわ♡ フィッツ・カモーネ様♡」
やっと一段落ついた~~