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第12話 俺の勝ちだ!!!

「はあ…はあ…フィッツさん、持ってきたぞ」


 アリンが戻ってくる前に、エンディが頼んだものを持って帰ってきた。エンディは汗ばむ手でコインを一枚俺に渡す。


「これがあいつが持ってたのと同じ、ステーク金貨だ。残念ながらあいつのと完全に同じってわけじゃなくて、これは杖の先端部分が今風の魔法球様式になってて……」

「それは分かった。で、もう一枚は?」

「……ああ、ちゃんとあったよ。奥の方だったから取り出すのに手間取ってたんだ」


 エンディはコインをもう一枚ポケットから取り出し、誰にも見られないように慎重に渡す。


 ふん、アリンの現在位置からして、ここの様子を見ることはできない。無意味におびえる必要なんてないし、そんな不自然な動きだと逆に怪しまれる可能性もあるというのがわからないのか。


 俺は受け取ったもう一枚のコインを確認する。


「……はは」


 指示した通りの物で、思わず顔がにやけてしまう。



 俺がエンディに持ってこさせたのは、両面が獅子の絵柄のコインだ。



「でもフィッツさん。よく俺がこれを持ってるって覚えてたな」

「……貴族として当然だ」


 父様は言っていた。素晴らしき貴族とは、よき人材と才能に恵まれた者であると。


 俺は覚えていた。エンディのくだらない金貨集めの成果を見ていた時、特徴的な物がいくつかあったことを。そして、その中の一枚がこの両面獅子のコインであるということを。そして、それを思い出し、利用すれば勝てると言うことに気づいたのだ。


 はは、もう表か裏かどっちが出るかでビクビクする必要なんてない。

 このコインを使えば必ず獅子が出る。つまり、必ず俺が勝つ。


 これはもはや天命なのだ。アリン・クレディットに勝てと、神が導いている。


 そうこうしていると、アリンたちがこちらに戻ってくる姿が見える。この両面獅子のイカサマコインはもちろんあいつらに見られてはならない。俺は握っていたイカサマコインを自然な挙動で左のポケットに入れる。


「戻ったぜフィッツ様。こちら、ご要望の水だ。ですわ」

「これはこれは。こんなことで君の手を煩わせてしまって申し訳ないな。ほら、これが使用するコインだ。確認しろ」


 俺はアリンからコップを受け取ると、持っていた普通のコインをアリンに渡す。


 キーノのやつはまだ戻っていないみたいだ。あのチビは……っは、アリンの後ろに隠れてやがる。


「ふんふん、へーこっちの金貨は杖の部分がくるくるしてないんだな」

「どうでもいいだろ、そんなことは」


 アリンがくだらない話をしながらコインを見ている隙にコップをテーブルに置き、左手をポケットに忍ばせてイカサマコインをそっと握る。


 ふん、間抜けが。そっちをいくら見たって意味はないというのに、滑稽だ。


「はいはい確認しましたよ。いたって普通のコインだったですわな」


 アリンが金貨を確認し終えてこちらに投げ返す。二枚目のコインに関して、特に気づいた様子はない。


 ここまで順調だ。あまりに順調すぎて有能な自分が怖い。後は投げる直前にすり替えるだけだ。


「じゃあ始めるぞ」


 そう言ってポケットのコインを取り出そうとした時、アリンがふいに止める。


「ちょっと待てよ」

「……なんだ」


 俺は一瞬アリンがイカサマコインに気づいたのかと思い、静かにポケットから手を出す。


「今からが一番盛り上がるところだろ? もっと楽しもうですわ」


 しかし、アリンはイカサマコインに気づいたわけでもなく、急にスカートの裾をたくし上げ、露出させた太腿から巻いてあるそれを外し始める。


「これが、わたくしの賭けるものだ」


 彼女は近づき、外したそれを俺の眼前に突き付ける。


 煌めく宝石、特徴的な意匠、繊細な魔力の流れ。

 まさしく、まごうことなき貴族勲章そのものだ。


 そして、アリンは手に持った貴族勲章を躊躇なくテーブルの上に置く。


 ……はぁ。ここまでくると怒りがわいてくる。貴族の誇りの象徴たる貴族勲章をそんな粗末に扱うなど、あってはならないことだ。

 ましてそれを賭けの対象にするなど、断じて許せない。


 やはり、こいつは俺が断罪する必要がある。


「おっと、こいつもだったですわ」


 アリンは続けざまに安っぽい髪飾りをテーブルに乗せる。


 そういえばそうだった。もとはと言えば髪飾りを渡す渡さないの話だったな。テーブルにわざとらしく置くなんて、今更そんなことを確認してなんになるというんだ。

 ……いや、ちょうどいいか。


 俺はポケットに入れていたもう一つの物を思い出す。


「ならせっかくだ。俺も賭けようじゃないか」


 俺はそう言いながらポケットからブローチを取り出し、アリンと同じようにテーブルに置く。


「いいのか? わたくしはなにも要求してないですわ?」

「はは、構わないよ。どうせこれも欲しかったんだろうしね」


 くだらない茶番だ。俺の勝ちは決まっているから付き合う意味もないが、今の動作のおかげで俺は自然にイカサマコインを取り出せた。


 馬鹿な女だ。自身の行為が自分の首を絞めていると気づかず、無邪気に自分の勝ちを信じている。


 だが、それももう終わりだ。


 握っていたコインをイカサマコインとすり替える。バレないよう、慎重に。


 ……アリンは何も言ってくる様子はない。


 これで、俺の勝ちが確定した。


 俺はアリンへと向き直す。彼女の目はパーティーの照明でキラキラと輝いている。

 その目が、今から絶望で暗い闇を落とすのかと思うと、すごくゾクゾクしてくる。


「なあアリン・クレディット、何か言い残すことはないか?」

「無いよ。早くやろうよ」

「そうか、なら……」


 鼓動が早くなるのがわかる。緊張か興奮か、コインを握る手が小刻みに震えている。意識していないと、コインを強く握りすぎてしまう。


 ああ、勝てる。こいつに、俺は勝てるんだ!

 たかが低級貴族のくせに、俺を煽るからこうなるんだ。泣こうが喚こうが、お前の貴族勲章はもう俺の物だ! 貴族じゃなくなったこいつは、奴隷商にでも売ってしまおうか。それもいいし、貴族勲章を人質に一生俺の元で働かせるのもいい。


 やばい、にやける顔が抑えられない。


「これが、最後の勝負だ」

「あ、待って。やっぱ待て」


 俺が投げようとしたその時、またもアリンは止めてくる。


「……なんだよ」

「まだやることがあってさ……んしょ」

「きゅ、急に何をしている!!?」


 アリンは目の前でおもむろにドレスを脱ぎ始めた。


 そして、みすぼらしい下着姿になると、脱いだドレスを貴族勲章にかぶさるようにテーブルの上に置く。




「レイズだ」




「……は?」

「だーかーら、レイズだって。こいつも上乗せするんだよ」


 正直、耳を疑った。貴族勲章を賭けている時点で人生の全てを賭けていると言っても過言ではない状態であると言うのに、こいつはまだ賭けようと言うのか。


 狂っている、どう考えても。


 ……だが、このコインがある限り俺の勝ちは揺るがない。奴の奇行に惑わされるな。俺は俺のすべきことをすればいい。


「気は済んだか」


「あとちょっと」

「まだあるのか!?」


 そう言ってアリンは今度は靴を脱いで、テーブルに置いた。これでアリンは下着姿に裸足と、おおよそ貴族のパーティー会場にいていい人の格好じゃなくなった。


「……」

「さすがに裸になるわけにはいかないから、これで全部だよ。この懐中時計は……ぼろすぎて価値ないか」


 ……俺はこいつのことを理解できない。ただの馬鹿だとしても、ここまでの馬鹿を俺は知らない。


 なんなんだ、こいつは?


「そうだ、どうせだしコインはキャッチするんじゃなくてさ、わたくしたちの真ん中に落ちるようにしなよ。その方がかっこいいし」


 ……なんの意味が? 意図がよくわからないが、このコインでやるなら変わらず俺の勝ちだ。コインを握る手が汗ばむ。


 それに、真ん中に落とすのなら、アリンにだって下手なことはできないだろう。


 この時の俺は焦っていた。ただ一刻も早く、手の中のイカサマコインを離したかった。


「……わかった。そうしよう」

「よし、じゃあやろう」


 喧噪の絶えない会場で、ここだけが異様に静かだ。手の中のコインをそっと見つめる。そこには変わらず、表と裏が同じ獅子の絵柄のコインがある。


 今度こそ本当に始まる。アリンはもう何も言ってこず、ただじっと俺を見つめている。



 俺は掛け声も出さずにコインを宙に投げる。



 コインは自分の身長の二倍ほどの高さまで上がると、くるくると回転して二人の真ん中に落ちていく。



 この時の俺は焦っていた。


 だから、彼女が近づいていることに気が付かなかった。





 ドンッ!!





「……は?」





 コインが床に落ちた瞬間、アリンはそれを足で思いっきり踏みつけた。







「……フ」



「フハハハハハ!! アリン・クレディット、何をするかと思えば、なんだその真似は」



「獅子が表になるところでも見えたのかい? ハハハハハ!! 無駄無駄、無駄なんだよ。足で踏めば結果が変わるとでも?」



「結局、君はただの狂った人間だったってわけだ。そこの子供を助けたくて突っかかってきたわけでも、正義感のある行動をとりたかったわけでもない。イカれた破滅願望者、それが君だ!!」



「君の貴族勲章は~、そうだな……スラムの浮浪者にでも渡しておくよ。熱心に頼み込めば、もしかしたら返してもらえるかもな」




「反応もなしか、潔く負けを認めたらどうだ? アリン・クレディット。足の裏のコインは表を指し示しているんだろ」


 そこまで言って、ようやくアリンは口を開く。


「フィッツ様、一つ聞いていいか?」


 ただ、異様な笑みを浮かべて。


「……なんだ」

「今ここに落ちたコインの、出た目で勝敗が決まる。これで間違いないな?」

「そうだとも、今更それを曲げる気はない」

「獅子が出ればお前の勝ちで、杖と剣ならわたくしの勝ち」

「そうだと言っているだろ! 早く足をどけろ!」


 …そうだ、そうだ! 俺の勝ちは揺るがない! なぜなら、俺が投げたコインには杖と剣の絵柄が存在しないのだから!!


 そこにあるのは、獅子以外ありえない!!!


「そうか、なら……」


 アリンが足を避ける。


 じらすように、ゆっくりと。


「お前の負けだ、フィッツ・カモーネ」







 コインが見える。











 そこには、杖と剣が描かれていた。





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