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第11話 かおをあげるんですの!!


 私がカイチューを急かしてあの泣いていた男の子のもとへ行かせようとすると、それに気が付いたフィッツがカイチューに声をかける。嫌味のこもった声は、聴いてるだけで気分が悪くなってくる。


「なに? 君、もしかして子供のお守りもやってるんだ」

「はは、あんたよりは物分かりよさそうだけどね」

「へえ、運はいいくせに見る目はないんだな。かわいそうに」

「……」


 カイチューはそれ以上言い返さず、足早に男の子の方へ向かっていく。立ち去る前のフィッツの顔はそれはもうしてやった感で溢れていた。


 私は先ほどからのフィッツの態度に対し、懐中時計の中でプンプンしていた。


『なんですのあのたいど! さっきはあんなにあせってましたのに!』

「算段がついたんだろうな。だとしてもあんなバレバレにやらなくていいのに」

『さんだん? なんのですの?』

「そりゃこの勝負に勝つ算段に決まってるだろ」

『え、ええ!?』


 それってやばいんじゃないんですの!? 放っておいていいんですの!?


「そんなことより」

『そんなことより!?』

「お前はどうしたいんだよ。あいつをよ」


 あいつ、というのはフィッツではなくあの泣いていた男の子のことだ。


『どうって』

「フィッツからブローチを取りかえすのは簡単だ。このままの流れだとあいつは簡単にブローチを賭けのテーブルに乗せる。でもそれでいいのか? 取りかえして、それをあいつに返してはい終わりで」

『どういういみですの』

「はぁ、わかんないならいいや。いい感じにやっとく」


 私はカイチューの言っていることがこの時はよくわからなかった。あの子はブローチを奪われたから泣いていたのだから、それを返してあげれば解決するはずだと、そう思っていた。


 男の子のもとへ追いついたカイチューは彼の肩をポンと叩く。


「おいガキ」


 びっくりしましたわ。一瞬私のことかと思いましたの。彼に向けて言ったんですのね。というか、会って早々にその言葉は無いですの……。


 急に肩に手を置かれて話しかけられた彼はビクッと驚き、おずおずと振り返る。その目元は痛いほど真っ赤に腫れていて、意思を感じないほどに虚ろ瞳をしていた。

 私はそれを見て胸が痛くなるが、カイチューは一切気にせず話を続ける。


「なーにあんなやつの言うこと素直に聞いてんだよ。ちっとは抵抗しろ」

「……」


 カイチューの言葉に思うところがあったのか、彼はうつむき黙ってしまう。


 はぁ……まったく、子供への対応の仕方がわかっておりませんわね。前世の私によりますと、こういった子にはまずこちら側が親身になって寄り添っているということを実感させる必要があるんですの。


『いきなりそんなこといってはダメですの。こういうときはめせんをあわせて……』

「目線って、身長ほぼ一緒だから自動的に合うだろ」

『ち、ちがいますわ~!! わたくしのほうが2ミリおおきいですわ~~!!?!』

「うるさ……」

「……どうして」


 ふいに男の子が口を開く。


「は?」

「どうして……ぼくを助けたん、ですか」


 その言葉に込められた感情を、私は捉えきれなかった。彼は俯いたまま、絞り出すように言葉を紡いでいく。


「ぼくは、父さんみたいな、さいのうがない、です。だから……しかたないんです」


 仕方がないのだと、彼は言った。諦めたように、淡々と。

 そんな言葉、常日ごろから思っていなければ出てこない。


 私は、カイチューが言っていて言葉の意味をたった今理解した。


 この男の子に対してのいじめというのは、今日が初めてではない。そして、フィッツを諫めれば収まる話じゃない。


 彼の体には、重たい日常が絡まっているのだと、理解してしまった。それはつまり、ブローチを取りかえしたとしても、彼の救いには足りえないのだと知ってしまったということだ。


 どうすればいいんですの。私に、この子を救うことはできますの……?

 カイチューは、カイチューならこの子のことを助けることができるんでしょうか……


 私がすがるような淡い期待を抱いてカイチューを見ると、カイチューの目は明後日の方向を向いていた。



「知らね~~~~~そんなこと」



 ……ですわよね。そういえば、こういう方だったんでしたわ。


 カイチューの言葉に、男の子は驚いて思わず顔を上げてしまう。


「……え?」

「お前の事情なんてこれっぽっちも興味がねえ」

「そ、それじゃあなんで……!」


 けれど、彼の瞳に変化が現れる。揺らぎのような、かすかな光。

 それが困惑だったとはいえ、彼の瞳には今意思が宿った。


 カイチューは話を続ける。


「そもそもお前は勘違いしてる」

「……」

「別に俺……わたくしはお前を助けようだなんて気は全くない。あいつとの勝負はキーノ、さんに渡す予定だったものを奪われないようにするためだ。わたくしが勝ったところであのブローチは返ってこない」

「……うん。そう、だよね」


 その意思の火は、カイチューの「ブローチは返ってこない」の言葉を聞くと、フッと息を吹きかけられたように消えていく。男の子はいつものように俯いて、歩き始める。


 私はカイチューに体を渡している関係か、今のカイチューの気持ちがなんとなくだけどわかる。感情が流れ込んでくるような感じだから正確なところはわからないけど、今のカイチューは不安や怒りのような冷たい感情じゃなくて、もっと柔らかくて軽い……言葉にするなら、『物事がうまくいっている』みたいな感情。


「なーんだ、あのブローチってそんな簡単に諦められる程度の物だったんだ」


 今にも脆く崩れていきそうな後ろ姿に向かって、カイチューは非常にわざとらしい言い方で大きな独り言を呟く。


 ……私にはわかる。フィッツとの勝負が始まる前にも聞いた、勝負をさせるための煽り。


「……そんなわけない! あれは、いちばんだいじなもの……!」


 足を止めた男の子は顔をこちらに向け、当然のように反発する。カイチューから流れ込む感情が、強く熱いものへと変わっていくのがわかる。


「ならどうする」

「それは……」


 カイチューは今、守りたいものを、勝ちたい理由を、思い出させているんだ。


 なんのために? そんなこと決まっている。勝負をする意思を芽生えさせるため。


「わたくしなら、取り返すことができる」


 男の子の瞳に、再度意思が宿る。それは諦観や困惑などではない、希望の意思。


 彼を救えるのは彼自身しかいない。私たちは今、彼の育った背景や家族のことは全く知らない。そんな私たちにできることは、彼に戦う意思を持ってもらうことだけ。


 だからこそ、カイチューは男の子に宿った希望の火が、今度は消えないように薪をくべていく。目を真っすぐ見て、言葉を紡ぐ。


「重要なのは、言葉にすることだ。この世界で最も尊ぶべきものは契約であり、俺は契約に背かない」


 そのセリフは、所作は、確かに彼を思ってのことだとわかる。わかるのだけど、この時私はカイチューに対してこう思った。


 まるでおとぎ話に出てくる悪魔のようだ、と。


「……?」

『ぷふぅ~、むずかしいことばのせいでつたわってませんわ~!』


 でも、残念ながら彼にはカイチューの言っている意味をいまいち理解できていないようだった。

 首をかしげる彼を前に、かっこつけたのに伝わらなくてちょっと恥ずかしかったのか、カイチューは紛らわすように頭をボリボリとかきながら要約する。


「……えーっとだな、誰かに頼ることは恥じゃない。助けてほしいなら助けてとそう言え。……大事な物なら、なおさらな」

「……!」


 カイチューの言葉に、彼は少しの迷いを見せるも、すぐに瞳の意思を確かなものにする。彼は近づいて、何か言おうとするが、その口からは息しか出てこない。次第に、彼の瞳は揺らいでいく。


『カイチュー』

「なに?」

『てをひろげなさい』

「はいはい」


 カイチューが両手を広げると、彼はカイチュー……もとい私の胸元にバッと顔をうずめる。かすかだけど、私にも胸元の熱い温度が伝わってくる。


「ぼくを、たすけて、ください……! あいつから、ぼくのブローチ、取りかえして、ください!!」

「はっはっは! いいね、ちゃんと大きい声出せるじゃん」


 その瞳からあふれ出る涙を吹き飛ばすかのように、カイチューは大声で笑う。


「なら顔上げて黙って見てな。床なんて見つめてたら、わたくしの華々しい勝利の瞬間が見れないぜ?」


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