8
外に出た所で、ニュース番組や雑誌の記者についに捕まってしまった。周りを囲まれて、マイクを差し向けられたからには変な事は言えず、リアは培った営業スマイルを浮かべて受け答えしていく。
『ドラゴンとの戦いはどうでしたか!?』
「はい〜、それについては今度、本を執筆しようと思ってます」
『身体は大丈夫ですか!? 傷などを負ってグラビアを引退するのではないかと心配するファンが多く居ますが!?』
「大丈夫です、この国の素晴らしい医療技術のおかげで跡もなく治りました」
と、次々に来る質問に答えてはいたが、段々面倒になってきたリアは最終手段に出る。それは、自身の顔の良さを理解しているからこそ繰り出せる一撃であった。
「話はここまで。じゃあね」
蠱惑的なウインクと投げキッスをひとつ、カメラに向かって飛ばす。すると男女共に黄色い歓声があがった。その隙を見て『風』を纏うと高速でその場を離れる。流石の記者も風のように動くリアを追跡は出来ず見失ってしまう。しかし、良い映像が撮れたと仲間内で盛り上がるのだった。
一方のリアは滑るように空を駆ける。初めて空を駆けた時の感動は今でも思い出せる。この広い青空を自由に移動する楽しさは、万舌に尽くし難い。自由とはこの事かと思うほどだ。
そんな空を楽しく駆けること数秒。目的地は勿論、自分の家だ。ギルドの依頼とグラビアの仕事で駆け回っていたので、帰るのは数日ぶりである。
高層ビル群を駆け抜け、アパートのひとつにたどり着くと8階の廊下に滑り込むように入る。そこから数歩進めば自分の部屋だ。トイレ、風呂とシャワー付きで3LDK。一人暮らしにしてはかなり広く快適な内装をしている。
いつも空を駆けて入る為に、ルナとアデル、あとクロエにしかバレていない隠れ家的な所だ。むしろ逆に何故あの3人が知っているのかが謎である。
そして部屋の扉の前に辿り着くとカードキーを通しガチャリと開く。
入ってすぐの扉を開けば、大型のモニターとゲーム機の備え付けられたリビングがある。ゲーム機にはルナとアデルの専用コントローラーが置かれており、定期的に彼女達が遊びに訪れている事が分かる。尚、クロエはあまりゲームが得意でなく観ている事が多い。
因みにあと2部屋ある訳だが、ひとつは寝室でひとつはコレクションルームである。コレクションルームにはフィギュアやゲームから始まり遺跡で手に入った古代の遺物などを飾っている。古代の遺物の中には……魔力無しで浮かぶ謎の鉱石や杖の材料に使う宝玉などがある。
そしてリビングのフカフカソファまで辿り着くとダイブした。フワリと全身を受け止めるソファに、思わず脱力してしまう。
「うがぁぁぁあ疲れたぁぁぁあ」
言いながら自堕落に装備を外しその辺に放置。それから服を脱ぎ素っ裸になる。ここで服で抑圧されていた巨乳が解放されて揺れた。
そして起き上がりタオル類を取りに行く。タオルを収納してある棚には、何故か3人分のバスタオルが入っている。いつの間に用意したんだろうとは思うものの、まぁたまに泊まっていくし良いかと思い洗面所に向かった。
洗面所には勿論、3人分の歯ブラシが置いてある。
洗濯機の上にバスタオルを置いて、身体を洗う為のタオルを取ると風呂場に踏み入りシャワーの蛇口を捻る。魔力による発熱機関により温められた水が頭から身体を濡らしていく。
「ふぅ……」
玉のような肌を水が伝い流れ落ちていく。黒髪のエルフの水浴びは、見る者全てを魅了する美しさを醸し出していた。まぁ、見る者など自分しかいないのだが。
リアは蛇口を一旦閉じると、ボディーソープをタオルにつけ泡立て肌に這わせていく。ゴシゴシと洗っていくうちに疲れと汚れが落ちていく気持ちだ。あと胸を念入りに揉みしだくように洗う。胸はグラビアで見せる大切な部位だ。だから汗疹など出来ないように綺麗にしておきたい……のは建前で、本音は大きく育った胸を揉みたいだけである。
いつかは……仲良くなった他の女の子の胸を揉みたいと思っている。折角女の子になったのだ、仲良くなってコッショリしたいと思うのは普通の欲望だろう。
……言えば揉ましてくれる女の子が3人いる事にリアは気がついていないが。
それからサッとシャンプーを手に付け泡立てると頭を洗う。女になってから長髪にするようにしているが、意外と洗うのが面倒だとリアは思っていた。髪は女の命と言うが、実際に維持するのは大変である。だが、これも女の子の嗜みと考えると楽しい気持ちがあった。折角TSしたのだから、長髪にしていたいものだ。それに折角だから自分でリアという美少女を演じる以上、好みを前面に押し出していきたいと考えている。髪の長い女の子、良いよね。
そうして洗い終えると、頭からシャワーの水を浴び泡を落としていく。汚れと一緒に疲れも落ちていき、さっぱりとする。
裸のまま外に出て、身体をバスタオルで拭くと、インナーを身につけ上から装備を着ていく。今日はこの後、ギルドの掲示板を見る為に出かけるつもりだ。あとは帰りにガジルのやっている酒場に寄って、夕食を終えるつもりである。
そうして、ラフなワンピースに着替えた。やはり黒髪の美少女エルフには白ワンピが似合うな!! と鏡の前でサムズアップするリアであった。
…………………
白ワンピを着たリアはさながら、深窓の令嬢のようで、先を歩く度に男どもが声をかけてくる。この国は外交を特に注視しており、割と旅行客が多い。それでも治安が良いのは、国が持つ治安維持部隊や王国騎士団がとても良い働きをしている証拠だろう。
リアはかけられるナンパをのらりくらりと躱していた。武器はメンテ中でなく、下手に受けても良いことなど無いからだ。ナンパを受けるならそれ専用のモードになる。だったのだが。
「ねぇ、遊ぼうって言ってんじゃねぇか!!」
「きゃっ!?」
強引に腕を掴まれ、思いっきり壁に打ちつけられる。たまに居る、治安部隊や王国騎士が怖くないタイプの輩だ。こういうのは、一度痛い目を見ないと分からない。
「へへっ、希少なエルフだ。逃す訳ねぇだろ」
「……」
俺の事を知らない? って事はこの国の人間じゃねぇなと判断するリア。しかもエルフという希少性を最初に口にした事にムッとする。そこは『美少女だから』だろうがと。
……ブワッと風音が響いた。別に痛くもないし怖くもない、冷静に反撃に移ろうかと風を纏い股間に向けて足を振り上げようとしたリアだったが……隣から冷ややかな声が響いて止める。
「何をしている、貴様」
「あ?」
綺麗な銀髪を揺らしながら近づいてくる、剣を帯刀した美少女。目は少しツリ目で勝気な印象があり、白い軍服のような装備の至る所に国のエンブレムである双剣のマークが刻まれている。
「あっ、エスト。久しぶり」
「あぁ、久しぶりだ」
リアは彼女と友人である。この娘は……飛び級で高校を卒業し、この国でもトップクラスの実力を見せつけて王国騎士団に若くして入隊、治安維持から魔物退治まで活躍している《鎖魔法》使いの少女『エスト・ローザシドラ』である。リアとは魔物退治で同行した際に仲良くなり、オフの日に遊びに出かけたり剣について話したりしている仲だ。たまに模擬戦もしており、王国の軍部では人気のコンテンツになりつつあった。
そんな少女はナンパ男を《鎖魔法》で縛りあげる。ジャラジャラと音を響かせて魔力の鎖は全身に巻き付きていった。こうなれば、余程の化け物でない限り動けないだろう。当然男もその場に倒れ込む。
「治安を乱す輩は一度、治安維持部隊本部にご招待しようではないか」
「ひっ!! いや、あの俺はただの旅行者で」
「リア?」
「はいっ、強引にナンパされて怖かったですぅ」
「ギルティだ」
縛り上げたナンパ男を引っ張りながら進む。
やっぱこの少女、頼りになるしまだ16歳なのに格好良いなと思うリアであった。
「ところでリア、そのぶりっこキャラはなんだ。似合ってないぞ。自分、何歳だと思っている」
「もー、歳の事は言わないでくれよ」
リアはエルフなので年齢を数えてはいない。その事を知っている者は少数で、心許した者にしか話していない事だ。そしてリアの膨れっ面を見たエストはくすりと笑みを浮かべる。
「ふふっ、まぁいいじゃないか。あぁ、あと……ドラゴン討伐おめでとう。また次の機会に武勇を聞かせてくれ」
「武勇って感じの戦いじゃなかったけどね」
「そうなのか?」
男を無視して話し、2人は久しぶりの会話を楽しみながら進むのだった。
…………………
ナンパ男を治安維持部隊の本部に投げ込んだ後、2人は並んでギルドに向かっていた。どうやらエストもギルドに用があるらしく、カウンターで2人分かれると、リアは依頼書の貼ってある魔法掲示板を見上げた。
「うーん」
ピックアップしながら、手元に浮かぶ依頼書の写しを眺める。魔物討伐から始まり、薬草採集に出店のアルバイトなど選り好みしなければ仕事は沢山ある。Sランクの冒険者なら尚更だ。今のリアの腕ならば、ワイバーン退治だって余裕で出来るだろう。
しかし!! リアは遺跡や迷宮の攻略パーティー募集を探していた!!
折角、異世界に来たのだ。遺跡、迷宮を攻略したいと思うのは悪くない筈だ。だが、世知辛いかな。遺跡攻略も迷宮攻略もパーティーの募集は見当たらない。
「……やっぱ、自分から依頼を出すしかないのかなぁ」
というのも当たり前の話だが、遺跡や迷宮攻略には数日以上かかるわけで。当然、鍛治師や冒険者を雇ったり、保存食を買ったり移動用の乗り物(大型車)を借りるなど金がかかる。リアは一応、この国の空飛ぶ車の免許は持ってはいるが、車を購入はしていないので借りるしかない。
そういった理由から、簡単に遺跡や迷宮へアタックしようという声は少なく。ソロで挑むなら、武器の手入れの仕方を覚えたり超高難易度の収納系魔法を習得したりしないと厳しいだろう。昔アデルと共に一度遺跡にアタックした事もあったが、普通に死にそうになったので準備は万端にしたい。尚、死にそうになってもリアはソロ攻略の夢を諦めてはいなかった。それもそうだ、迷宮や遺跡攻略をした者は後世にまで名を残す。
まぁ、ドラゴン退治で既に名を残す事には成功しているのだが、それはそれ、これはこれである。英雄願望的にはチャレンジしたいところだ。しかし、現状ソロでの攻略は難しく。遺跡や迷宮のアタックには収納魔法のひとつを覚えているギルド長のダルクを誘いたいところだが。
「1日手を借りるってだけで、凄い金額ふっかけられそうだな……」
割とお金には厳しい彼女を想像して項垂れる。ドラゴン討伐の報酬金と素材の売却金でお金には余裕があるがしかし、時間がかかっても収納系魔法を覚えるしかないかと思う。エルフでほぼ不老だし時間は無限にある、なによりも自分が使えるようになりたい……虚空から武器を出すのとか格好良いよね!! と考えていた、その時である。
バンっと掲示板から音が響き、他の依頼を押し退けて大きな依頼書が貼られた。
『アルテイラ王国より依頼:ヘイロー大迷宮攻略部隊・募集』
あぁ、エストの用事ってこれかーと他人事のように思って、次の瞬間「えええぇ!?」と驚くリアであった。