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目を覚まして時計を見るともう昼になっていた。手元を見るとスヤスヤと寝息を立てるクロエがいて、頭を撫でながら周囲に目を向ける。すると、ルナがちょうど花瓶の花を取り替えていて「おはよー」と声をかけた。
「はい、おはようございます。もうお昼ですよ、寝すぎです」
メッと人差し指で額を突かれ、えへへと額をさする。そんなルナの視線はクロエに向き、一瞬だけ黒い気配のようなものを感じたリアは首を傾げた。すると、ルナは「なんでもないですよ」と言って微笑み……そっと頭を腕に抱くと。
「ギルドから色々と話があるので早く退院してくれと通達を持ってきたのですが。リア、痛いところなどはありませんか? 本当に心配したんですよ?」
「うん、かなり心配かけたみたいだな。それはごめんよ……。でも、五体満足で勝ったぜ」
ふへへと笑うリアに、ルナは「もう」とどうしようもないなといった態度で頭を撫でながら「えぇ、貴方は本当に凄いです」と褒める。友達に褒められたリアは、胸にポカポカとするものを感じた。
そんな時間を暫し過ごした後、リアは本題に入る。
「それで? ギルドからの話って?」
「なんでも、リアのランク昇格とドラゴンの亡骸の取り引きについて、あれこれ話をしたいそうですよ?」
「おぉ、昇格かぁ」
英雄願望のあるリアは、グラビアをやりながらも地道に冒険者としても活躍はしていた。時に、この世界の冒険者とは何か? と気になる方もいるだろうから解説を。
この国の冒険者というのは、国公認の超自由型の自衛隊兼、探偵のような仕事だ。ここアルテイラの外壁外に土地を持つ人々からの魔物や魔物の巣の討伐から始まり、ギルドに寄せられる依頼……例えばポーション類の納品や薬草の採集に、浮気調査まで幅広く受け持っている。
そんな中でも最も重要なのが『遺跡』と『迷宮』の調査だ。というのもこの世界にはアニメやゲームのように『迷宮』や『古代の遺跡』が存在しており、強力な魔物や魔物とはまた違うモンスターの存在が確認されているのだ。そんな迷宮や遺跡を調査する資格を持ち、冒険するからこそ未だに冒険者と言われているのだろう。あとはまぁ、だからこうして発展した世界であっても冒険者という仕事は残っている訳だ。異世界らしいといったら、らしいと思う。
そして、これもまた異世界らしく、冒険者には人柄や信頼度、それから魔法や剣技などの戦闘力を吟味して、冒険者ランクというものが付けられている。このランク制度のおかげで名指しの依頼が来たり、国から依頼をされたりと美味しい事が沢山あるのだ。
階級はE〜Sであり、リアは地道な魔物退治とグラビアのおかげで今はAランクであった。つまり、昇格という事は……1番上のSになるという事。この国ではトップクラスの冒険者になるという事だ。
「とうとう、Sランク!!」
と、ガッツポーズで呟いたところで、クロエが起きた。
「お姉ちゃん、Sランクになるの?」
ルナが小さな声で「お姉ちゃん……くっ少し羨ましい」と呟いたが、誰にも聞こえなかった。そうして、リアは「そうだよー、凄いだろー」と自慢げに言いながらクロエの頭を撫で撫でする。クロエはくすぐったそうにしながら目を細めつつ、少し頬を膨らませた。
「むぅ、私も大きくなったら冒険者になる。お姉ちゃんと冒険したい」
一瞬、ルナに切望の眼差しを向け、すぐに視線を戻す。クロエはルナやアデルが羨ましかった。好きな時にリアに会いに行けるし、リアと一緒に『冒険』ができるのだ。だから、クロエは早く大人になりたいと思う。けれど、リアはそんなクロエの意見を尊重しながらも。
「クロエには沢山、将来への選択肢があるんだから。色々と挑戦しなきゃ損だぞ?」
と、どこかおばあちゃんな事を言うリア。冒険者になりたい心の裏に一緒にいたいという思いがある事に気がついておらず、クロエは更に頬を膨らませるとリアの胸元に顔を埋めた。
そんな2人を少しの嫉妬が混じっているが微笑ましく見ていたルナは「それじゃあ、退院の申請をしてきますね」とリアに告げる。
「よろしく頼む。色々とありがとうなルナ、今度何か埋め合わせするよ」
「ふふっ、いいですよ。パーティーの仲間なのですから。気にしないでください」
そうして退院すると、手を繋ぎながらクロエを孤児院に送り届け、その足で冒険者ギルドに向かうのだった。
…………………
冒険者ギルドはかなり大きな建物だ。というのも、工房や鍛冶場、更には食堂や酒場まで入っているせいである。特に欠かせないのが鍛冶屋。冒険者にとって武器や防具は命であり、ここの出入りはとても多い。それから冒険者は金の流れが激しく、また安全性も加味されて銀行も併設されている。だが、キャッシュレスなこのご時世、貨幣や紙幣を預ける冒険者も減って来ている為に利用者は少ない。
そして建物は鍛冶場を除けば木製で、木々の温もりを感じる良い場所。その為、情報交換の為に訪れる人や、依頼を持ってくる人。朝から飲みに来る人や、仕事が無く魔法の掲示板から依頼書を眺める冒険者に、依頼が終わり仲間と食事をする冒険者などで溢れており、日々活発で賑わっている。
そんな冒険者ギルドの扉を開くと、ワッと音が割れた。見目麗しく高嶺の花なエルフであるリアだからというのもあるが、やはりドラゴン討伐が原因だろう。誰もが羨んだり、あり得ないと驚いたり、切望、嫉妬、驚愕、恐怖など様々な感情が渦巻く中をリアはスイスイと足を進めていく。
そうして、知り合いの冒険者と小話をしたり挨拶をしたりしながら、カウンターにたどり着いた。カウンターの向こうでは、こちらも見目麗しくピンクブロンドの髪が印象的なギルドのお姉さんこと、ギルド長のダルクが気怠げに座っていた。ダルクはリアが近づいてくると、よいしょっと姿勢を正しニヤリと笑みを浮かべる。
「よぉー、ドラゴンスレイヤーじゃねぇか。待ってたぜ」
「お待たせしました。無事、怪我も完治しました」
「あぁ、お帰りリア。それで、さっそくで悪いが……おめでとう、君は国からの承認を得てSランクに昇格だ。この国では3人目だ、誇っていいぜ」
「やったぜ」
パァンとハイタッチし合い、笑う。というのも、実は目の前のギルド長もSランクなのである。方法や武勇伝は数知れず、一度近くの迷宮ではあるが、そこをソロで末端まで攻略し、宝である『賢者の石』を持ち帰った事でSランクとなった、らしい。詳しくは本人があまり語らない為、武勇伝だけが広がっている状態だ。
そんな彼女は、リアのSランクを歓迎すると同時に、面倒な話はさっさと終わらせようと次の話を持ち出した。
「冒険者カードの更新はしておいたぜ、ほら、新しい冒険者カードだ。この国では3枚目の黒い冒険者カードだぜ?」
「おぉ……」
サッと差し出された、キャッシュカードにもなる冒険者カードを受け取り、ベルトについている冒険者カード入れに丁寧に仕舞うと話を続ける。
「さて、じゃあドラゴンの亡骸についてなんだが、どうする? 防具にするもよし、角なんかを武器に加工するもよし。ただ、国から買い取り依頼も来ていてな。貴重なドラゴンの遺体を剥製にして飾りたいって依頼もあるぜ?」
「むぅ、因みに売却したらおいくら?」
「100億ドル」
「100億ドル!?」
凄い値段に驚くリア。余談だが、この国では前世とあまり変わらず『ドル』を基本通貨にしている。まぁ、つまり、一生遊んで暮らせる金額という事だ。
だから少し悩み……悩んだ末、リアは快活に宣言した
「でも……やっぱり俺は防具と武器にします!! 余った素材は売りますけど。うん、折角だし!!」
リアの答えにダルクはフッと笑う。まぁ、金には困っていない少女(見た目は)なのだ。返事は分かりきっていた事。
「ドラゴン装備か、豪華な装備だな。活用しろよ?」
「はい!! あ、次のグラビアでお披露目会でもしましょうか?」
「ははっ、それいいな!! 次のグラビアの発売日を楽しみにさせてもらうぜ!!」
……そして、話に聞き耳を立てていた冒険者はリアに見えないところでガッツポーズをするのだった。




