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「落ち着こう」
どーどーと手でジェスチャーして宥めてみると、人影はスンと動きを止めた。
「そうですね」
「うわぁ!! いきなり落ち着くな!!」
「理不尽!! はぁ、まぁ……自我が完全に定着したので迷宮の防衛機能は停止させました。ただ私が力を出せるのは3階層までなので、悪しからず」
「ありがとう?」
「死人は出ていないみたいです。それから、よしいけそうな気がする!!」
赤熱していたフードは熱を発散して元の色であろう黄色になっていく。同時に、人影は触手をぐにゃぐにゃと変形し始めた。
「なにしてんの?」
「いや、思い出しながら本当の自分を形成できないかなーと」
「本当の自分とな?」
「あ、もしかして迷宮初挑戦の人です?」
「初挑戦です」
なのでフランクに話ではいるが、最大限に警戒はしている。《黒風魔法》のスタンバイもOKで、アデルの身体強化とルナの付与してくれた炎も万全。そんなリアに、人影は問いかけた。
「今から真面目モード入れます?」
「頑張ればいけるけど……その面白いぐにゃぐにゃ、いつ終わりそう?」
「もうちょっと待ってください。今から褐色の美少女になりますから」
褐色美少女になるらしい。
せっかくの異形系なのに、結局人型になるのってなんか勿体無いよね。そう思いながら、リアはぐにゃぐにゃを見守った。
……………………
5分後。
そこには絶世の美少女が立っていた。健康的で少し薄めの褐色の肌。顔立ちは前世で例えるならクレオパトラにも引けを取らず、美しさだけでなく女王然とした威厳さを放っている。しかし美しさの代償なのだろうか。彼女は貧乳であった。悲しい程の絶壁である。男水着チャレンジしてもバレなさそう。
服も黄色いコートから一新。古めかしい黄色のドレスに変わっていた。丈が短いのでちょっと豪華なワンピースの方が分かりやすいだろうか。まぁ、ドレスの詳細を書くと長くなるので省くとして。最後に、おそらくブラジャーはしていないので頑張れば乳首が見えそう。
全く関係ないけど、褐色っ娘の乳首は色素が薄いか濃いかで好き嫌い別れるよね。
なんて、どうでもいい事を考えていると彼女は薄い胸を突き出すように張った。
「どうですか!!」
「エッチだな」
「……」
本音を包み隠さないリアを見て、彼女はため息を吐いた。少し引いてる。さっきの君も大概だったよ? SAN値減りそうだったもの……とめちゃくちゃ言いたいが、彼女の言葉が遮った。
「それじゃあ、何から聞きたいですか?」
「んー……」
「あとその炎が吹き上がってるナイフを仕舞って貰えるとありがたいのですが」
「怪物がいる事を想定して突っ込んだからなぁ。俺の仲間の全力の付与だし危険なんだよ。ほら」
軽く振ると、炎がぶわりと溢れて軌跡を描く。めちゃくちゃ熱い、というか火の粉が肌に掠った彼女は「あっつぅ!?」と悲痛な声を上げた。
さて、聞きたい事は山程ある。だけど、その前に知性のある者ならば、交わしたい言葉がひとつ。これがあるから知性ある者は仲良くなれるし、争いも起こす。
「自己紹介しようぜ。俺はリア・リスティリア。エルフだ」
「およ、自己紹介ですか……。ならば私はこう答えよう。ヘイロー大迷宮の『核』となった『神』のハスターです。とはいえ今は権能とかないんですけど。まぁ元神なんで、敬ってくれてもいいですよ?」
「神……? いきなり情報の暴力で殴るのやめてもらえません?」
「えぇ……よし、じゃあ丁寧に解説してあげますよ!!」
「よろしくハスターちゃん先生」
「ハスター様で」
「ハスターちゃん様先生」
…………………
数万年前。この地を創造した神々が天界へ帰った後の玉座を巡って、神々が争いを起こした。小さないざこざから始まった争いの火種は、徐々に火から炎へと燃え上がり……。
「まって」
リアはハスターの語りを手で制止した。気持ちよさそうに語っていたハスターは話を遮られた事で少し頬を膨らませて、青い瞳をギラつかせた。
「なんです? 今気持ちよく語っているのですから、黙って聞いてください」
「その話、長くなる?」
「そりゃ、長いですよ。神々の歴史なのですから。……なんですかその目は」
「えーっと……。歴史とか、ぶっちゃけ、どうでもいいから簡潔に」
この世界の成り立ちとかのバックストーリーはどうでも良い。知りたい人はとても知りたい話だと思う。けれど今この時を生きる者に、過去の超常存在が云々の話をされたところ『で?』としか感じないのだ。恐らくここに来たのがリアでなければ、彼女の話に聞き入って、ハスターも数時間かけて気持ちよく語り尽くしただろう。しかし悲しいかな、ここに最初に来たのは考古学者でも歴史学者でも無い。グラビアアイドルの冒険者エルフである。
そんなリアの心情を察したのか、ハスターは地面をダンダンと踏み、憤った。
「本当に失礼ですね!? 貴方には神々への信仰心が無いのですか!?」
ムッと思う。その言葉はいつも神様に祈りを捧げて今日を精一杯生きている、孤児院の子供達を愚弄する言葉だ。
「そっちこそ失礼だぞ!! これでも女神ローゼライアは信仰している」
「ローゼライア!? あいつをですか!?」
ピンっと気になるセンサーに触れた。ローゼライア信仰は、前世でいうところのキリスト教、日本だと仏教みたいなものだ。世界中で信仰されているが、地域によっては別にそこまで熱心では無い。なのに、一応は信仰や習わしはておこう。別に神とか宗教とか信じてないけど。みたいな感じである。
ただ、以前より少し不思議には思っていた。ティオが孤児院と教会を兼任していて、シスター服を着る程に熱心なのに『聖書』的な物は持っていないな? と。
この世界でティオと出会った時にそれとなく「神の経典? みたいなのない? 祈りの作法とか知りたい」と伝えた事があるのだが。その時にティオは「ないぞ。ローゼライア様の信仰は千差万別。ただ、健康とかお願いしますって思うだけで良いぞ。子供達の健康と体内時計の為に時間こそ決めているが、その辺も適当でいいしな」と言われた。
まぁ、つまり何が言いたいかといえば。特にローゼライアに関する話は残っていない。下手に信仰して神罰が下るなんて話もない。至って善性の神と信じられているのだ。例えるなら極悪系お釈迦様とかいないだろう?
「詳しく」
「いきなり興味を示しますね……しかし詳しく知りたいなら語りましょう」
「ハスターちゃん様先生、語るの好きっすね」
「まぁ……五万年ぶりくらいの復活ですし。言葉のやり取りが嬉しいんですよ」
急に可愛く見えてきた自称神の話を、今度はちゃんと聞いてあげることにした。
…………………
数万年前。この地と連なる神々を生み出した創造神が天界へ帰った後。
残された玉座を巡って、神々が争いを起こした。
玉座に座る事は、神々の王を意味する。言葉にすればそれだけなのだが、その『結果』は有り体に言えば『能力の格上げ』『神としての位の向上』へと繋がる。それは、帰って行った創造神と同格になれるかもしれない可能性なのだ。
そこで渦巻いたのが、また創造神に会えるかもという純粋な『会いたい気持ち』。この天界で自分こそ最強なのだと証明したい『欲望の気持ち』。素直で暖かく慈しみのある『命を育んでみたい』という気持ち。邪悪な『力への渇望の気持ち』。
神々が思う事は千差万別であり、故に結託から裏切りと多くの血が流れ、任されていたはずの地上の統治すら危うくなっていった。
そうしていつまでも争っていた神々。別に玉座とかどうでもいいわ派閥の中の一柱が動いた。
『墓』を司る神ローゼライア。彼女は大量の爆薬をもってして、玉座を破壊した。全員が「何やってんのお前ぇ!?」と騒ぐ。そんな中で何故か玉座がローゼライアと共鳴現象を起こしたのだ。頭空っぽにして言えば、なんかローゼライアの権能が強くなった。
神々は身構える。彼女は今、自分達より上にいるのだから。
ん? でも、そもそも『墓』の権能ってなんだ?
誰もが首を傾げ。よく分からないと考える中、アホな一柱が「こいつ倒せば権能奪えるんじゃね!?」とローゼライアに戦いを挑み。全身の骨をへし折られ『墓』の権能で地上に叩き落とされた。
まず1つ目が『強制地上送り』である。
それからは争っていた神々全てを叩き潰すと、彼女は地上に叩き落としていった。
しかし、ただ地上に落としただけでは意味はない。いつかは回復して天界に戻ってくる。
その時にローゼライアが使った権能こそ。
『封印の迷宮墓』。
迷宮という特殊な『墓』に封じる事で少しずつ、不滅である筈の神を殺していく。その神の力を基礎として迷宮には魔物が溢れたり、変な自然環境を形作ったりする。ドロップアイテムや迷宮の最深部……つまり棺桶に凄いアイテムがあるのは、これが理由である。
そうして長い長い年月をかけて、迷宮という墓に封印された神々は苦しみながら力と自我を失い。やがては消えていった。
…………………
「……」
「ふぅ、スッとしました。改めて、本当にムカつきますねあの女」
(あーあ、ネタバレくらった)
なるほどなぁ。とリアは思いつつも。迷宮の謎がこんなにも簡単に判明したことを、とても残念に思った。もっと、スリルを味わい、宝に一喜一憂してからがよかったと。
しかし知ってしまった以上は、どうにもならない。ので、リアはハスターに疑問を投げた。
「んで、ハスターちゃん様はなんで争いを?」
「……私の権能は空間の移動。好きな所に瞬時に移動できる力でした。でも、それはこの星に限定しての事。私の夢はこの銀河の向こうを見る事でして」
「意外とロマンチックだった」
「だから、漁夫の利を虎視眈々と狙っていただけなんですよ!? なのにあの女!! 争いに参加した神々全員、強制墓送りですよ!! 酷くないですか!?」
「酷いかもしれないけど……神も欲望に忠実なんだなぁ。なんか幻滅した」
「ちょ、しみじみと言わないでくださいよ!! なんか私が悪いみたいに聞こえるじゃないですか!!」
「話だけ聞くと、神々の膿を取っ払った人格神に聞こえるからね……」
その時、腕に括り付けられた細い鎖が震える。いつまで経っても反応の無いリアをエストが心配しているようだ。だから、リアは引き上げてくれと鎖を引っ張り合図を送る。ちょうどルナの付与した炎も鎮まり、鞘にナイフを収納すると。
軽く手を振る。
「じゃ……まぁ頑張ってください。俺は迷宮探索に戻るんで……」
点延々、と固まるハスターだが。徐々に顔色を青ざめさせる。
「もしかして、私を置いていくつもりですか!?」
「いやだって、誰だって面倒の種を連れて行きたいとは思わないでしょ?」
「まって、置いていかないで!! 私は面倒な女神じゃないですよ!?」
「そういうやつは面倒って相場が決まってんだよ!!」
鎖に引っ張られて徐々に上へと昇っていく。そんなリアの腰にハスターは必死にしがみつく。
「連れてって!! 私も連れてってください!!」
「ええい、好きにどっか行けよ!!」
「嫌です!! 私こんな迷宮にいたくないです!! 移動の権能は使えず、お腹も普通に空くんですよ!? 見殺しにするんですか!?」
まぁ、正直に言えば。ほんの少しだけ哀れに思う気持ちもなくは無いリアは、流石に蹴落とす事ができず。
「あーもう!! ちゃんと捕まってろよ」
「ありがとうございます!!」




