20
観光を終えてアルエの事が気になったリアは、マリアの護衛を受け持ちつつ彼女の家に2人で訪れる。街の中心地にある一等地の高級住宅街に彼女の家はあった。とは言っても、もうすぐ差し押さえられるのだが。
インターホンを押すとすぐにガチャリと扉が開く。
「お姉さん……と、えっと……」
「マリアですわ、よろしくお願い致しますわね。未来の社員ちゃん」
「!! 貴方がマリアさん。その、色々とありがとうございます」
事前にリアから説明を受けていたアルエはマリアにペコリと頭を下げる。彼女からはとてつもない恩を受けたので、こんな頭なら幾らでも下げれるという思いである。マリアはアルエの感謝に「ふふっ、期待しています」と返し微笑んだ。
それはそれとして、心配して訪れたがマリアとの交流という意味でも来てよかったとリアは思う。そして、他愛無い会話を投げかけた。
「荷造りは進んでるか?」
「うん、持っていくものは少ないからもう終わったよ」
「そっか……友達とかは」
「ひとり、いる……。けど、もう挨拶は済ましたよ。泣いてくれたけど、応援もしてくれたし、このご時世SNSでいつでも連絡できるからそんなに寂しくない」
「……良い友達だな」
「うん、私には勿体ないくらい……」
口元に自然と弧を描き思うところを見るに、親友なんだなと思うと同時に、機会があれば帝国に訪れようとも考えるリア。彼女の運命の針は大凡決まってしまっているからこそ、今は自由な彼女の為にも色々としてあげたいと思う。
それから、リアはかがんでアルエと目線を合わせると。
「一緒に食事でもどうだ? 俺の友達も紹介したいからさ」
「冒険者さんの……?」
「おう、一緒にいたお姉さん達だ」
「…‥行く、冒険者さんの話聞きたい」
「よかった」
リアが手を差し出すと、アルエは小さな手で掴んだ。そうして手を繋ぎ歩く様は、まるで姉妹のようだなとマリアは思いながら。
「私も手を繋いでもよろしくて?」
「えっ、うーん……仕方ないなぁ」
邪険に出来ないリアはもう片方の手を差し出してマリアとも手を繋ぐ。3人仲良く手を繋いで歩く様に、悲壮感は無かった。マリアはマリアで、これは夫婦っぽいですわ〜と内心大満足している。
それから、マリアが高級飲食店街にある店のひとつを選び食事をする事にしたリア達。
エストとアデルとも自己紹介を終えたアルエは高級料理に舌鼓を打ちながら、目を輝かせた。こういう店に来るのは初めてなのかもしれない。一方、この中で唯一お酒を飲める年齢のリアは、高いワインをちびちび味わいながら平和な光景を眺める。エストがアルエの口を拭いたり、アデルが魔法自慢をしたり、リアの良いところを言って自慢するなどしながら食事は進んでいく。流石のリアも少し恥ずかしくなったが、気持ちをワインと共に飲み込んだ。承認欲求の強いリアとしては、自慢されるのは満更ではないからだ。
そうして割と早くにみんなの輪に入り親しみを持たれるアルエに、小さな才能の片鱗を見ながら、同時に良い子だなぁと思う。皆が親しむということは、それだけの人柄を持つということだ。
これから共に暮らす事になるが、この子ならクロエとも仲良くしてくれそうだと安心する。
…………………
安心していたところに……突然、そいつらは現れた。
扉を蹴破る音と共に銃を天井に乱射しながら侵入してくる、スーツを着た5人組の男。明らかに客ではない、ヤバそうな連中である。火薬の匂いに顔を顰めてリアは立ち上がろうとするが、風の探知を切っていたのもあり歯噛みした。相手に魔法使いがいれば、魔法を使った瞬間にバレる。今ここで下手に動けば周りにも被害が及ぶかもしれない。
「全員動くな、床に伏せろ」
男の低い声が店内に反響する。声だけで、しかも一瞬で店内を恐怖で支配するのは流石だと思いながら、客は言われた通りに地に伏せる。リア達も一旦、相手を刺激しないようにしつつ地に伏せた。
「マリア、もしかして君が狙いか?」
「分かりませんわ……」
事前情報として、この国は帝国政府と反社会勢力が戦っている事を知っていた。治安は悪くない筈なのだが、俗に言うマフィアやギャングスター等の連中が存在している。麻薬等が流通している訳ではないが、銃などの武器は横流しされたり他国から輸入されたりしているらしい。
「アルエは……大丈夫か?」
「怖い、お姉さん……」
震えるアルエの手を掴み、握るとリアは安心させる為に笑顔を浮かべる。
「……大丈夫、俺らがいる限り君に手出しはさせないさ」
エストとアデルも何やら話をしているようだがエルフ耳でも聞き取れなかった。そうしてコソコソと会話をしていると、連中のリーダーであろう男は店内を見回しながらこちらに近づいてきた。だが、後ろから慌てたように別の男が近づくと。
「リーダー、もう警察が来やがった」
「もうか!? っち、誰かが通報しやがったな」
客の誰かがこっそり通報したらしい。外からはサイレンの音と共に「警察だ、全員動くな!!」と拡散音声機で男達を牽制する声が響く。これなら俺が動くまでもないかとリアは安心する。
冒険者の資格としては、こういった有事の際に動いていいランクがある。信頼と実力を加味して成り上がったAランクからなら、事が解決できそうならしてもいいし、この後で取り調べを受ける事になるがある程度の攻撃権利もある。しかし、ここは他国である。アルテイラと同じとは限らないので、下手に動けなかったのもあった。
それに《黒風魔法》を使えれば、取り敢えず目につく範囲の敵は倒せるが……視界外の敵は探知の風を送らなければ分からないし全員が銃火器を持っているかも分からない。魔力反応による探知もできるが、人通りの多いこの場所では些か不安定だ。少しだけ匂いによる探知に頼りすぎているなぁと自分の欠点を思い浮かべていた、その時である。
「車も抑えられてしまいました!!」
「こうなったら警察から掻っ攫らうしかねぇ」
「取り敢えず客を何人か人質にするか」
「あ、ならあそこの子供なんてどうすか?」
「エルフといるガキか? ああ、たしかにそれならいいかもしれないなぁ」
会話を静かに聞いていたリアのエルフ耳がピクリと動いた。同時に目がスッと細まる。顔から感情が抜け落ち能面のような真顔を見せ、それを見たアデルは「っ!?」と恐怖を感じた。
リアはこの世界に来てから変わった事がある。そのうちの一つが『子供好き』だ。勿論、ロリコンやショタコン等ではなく……純粋に愛で慈しむ存在としてだ。
子供は時に疲れた心を癒してくれる。孤児院に通うのも皆の笑顔を見るのが目的であるし、純粋な好意を多く受け取ってきたからこそ、リアは彼ら彼女らに深く感謝していた。アルテイラに来てから、当然だが楽しかった事ばかりではない。辛い経験もあった。だがそんな時、孤児院での子供達との出会いが彼女の心を支えたのだ。そして、いつしかどんな宝物よりも大切な存在になっていった。子供は宝というが……この世界に来てからやさぐれなかったのは子供のおかげといっても過言ではなかった。
だからこそ、傷つけようとする者は許さない。
そんなリアと9歳の頃から出会い、交友していたエストは、リアが純粋にキレた事に気がつき声をかける。
「落ち着けリア……」
耳に届いてはいる筈なのに、無反応のリア。これはまずいなと思い、エストは溜息を吐くとアルエの目を塞いだ。アルエは突然目を塞がれ頭にハテナを浮かべるも、信頼した者達に任せようと思いされるがままだ。
リア達の前に歩み出た男は、姿格好から冒険者だと判断するも、攻撃してこないのをいいことに。
「別嬪揃いだな。それにお前がマリア商会の社長様か」
「くぅ、やはり狙いは私でしたのね」
「ふっ、お前も連れていく。だがその前にガキを見せしめにして警察と交渉しないといけないからなぁ」
手が伸びる。アルエを掴もうと。か弱い者を使い目的を果たそうとするゲスな行動を、簡単に行おうとする。
そして、瞬きの為に目を閉じた時、シャンッと玲瓏な音が響き渡った。
「えっ?」
ふわりと風が男の頬を撫で、伸ばした手が視界から消えている事に気がつく。肩に吹く風が妙に冷たくて、吐く息に戸惑いが混ざった。伸ばした手は何処に?
男の背後で、ぐしゃりと何か潰れる音が鳴った。
潰れたのは腕だった。風の力で叩き潰された腕からは血が飛び散り、男の肩からは心臓の鼓動に合わせて血が噴き出した。
「う、うわぁぁあ!?」
脳が理解し痛みが襲う。悲鳴をあげ倒れ込みながら、男は部下に指示を下す。
「撃てぇ!! 撃ち殺せぇ!!」
「《黒風魔法》」
異常に気がついた部下が銃口を向けようとした瞬間、黒い風が吹き抜けていき銃を手から弾き飛ばす。同時にリアは探知を行い、取り敢えず魔力の反応と金属の香り、それから火薬の匂いがする者の視界を黒い風で奪い、目につく犯人は全員風で窒息させて気絶させた。同時にエストが目に見える範囲の敵全員を鎖で縛りあげる。
そして警察が駆け込み、事態は簡単に収束するのだった。
犯人が取り押さえられ、人質が解放される。そんな中、外に移動しながらエストが口を開く。
「てっきり、全員血祭りにあげるのかと思ったぞ」
リアは10年前の自分ならやっていたなと思いながら返した。
「流石にそこまで頭の悪い事はしないさ」
「でも、男の腕は斬り飛ばさなくてもよかっただろ?」
「……まぁ、確かに」
ただ、綺麗に切断したのでこの国の医療技術を使えば引っ付けられるだろう。けど、確かに斬り飛ばす必要はなかったと思う。
……アデルはリアがキレた事に驚き、口を閉ざしたままだ。一方でマリアは目を輝かせて「やはり私の嫁に欲しいですわー」と高評価である。
アルエは……ジッとリアを見つめ何かを考え込んでいる様子である。
……………
S級の冒険者カードを見せ事態の収束に関与したとして事情聴取を受け終えたリアと一向は、疲れた顔で近くのベンチに座り込む。リアは少し心配そうな表情と不安の入り混じった感情でアルエに話しかける。
「大丈夫か?」
リアの心配に、アルエは問い返す。
「お姉さんこそ大丈夫?」
「……え?」
言われた言葉の意味が理解出来たリアは、賢い子だと思いながら自嘲気味に言った。
「お姉さん、怖かったか?」
しゃがみ、目線を合わせる。
最も恐れたのは、アルエに怖がられる事だった。あの時、感情で動き男の腕を切り飛ばしたが、純粋な子供ならば残酷な行為に見えるだろうし、それだけの力を持つ者を恐れるのは当然だと考えたから。
しかし、アルエは首を横に振ると、リアの頭をそっと抱きしめた。
「怖くないよ」
「……アルエ」
「だから安心して?」
優しい声色で言われ、リアは「ごめんな」と謝りながら甘えた。彼女は思っていたよりも強い子なようだ。しかし、なんというか彼女からほんのりと『母性』のようなモノを感じてしまったリアは、どうにか煩悩を振り払った。彼女におぎゃってしまえばエルフとしてお終いな気がした。
そして、そうしていると見ていたアデルも「をぉー!!」と雄叫びをあげてリアに抱きついた。
「私は少し怖かったけど、先輩は先輩っす。人が変わったんじゃないかなんて思っちゃったっすけど杞憂でした!! 先輩、好きっすー!!」
リアの頭を撫で撫でし、慰める。
が、なんだか別の感情が湧き上がってきたアデル。彼女の性格的に言うならば……庇護欲の改悪版だろうか? 強いのに心がか弱い事を知り、慰める自分に酔いしれる。あぁ、今自分はこんなにも強い先輩を慰めているのかぁ……と思わず口角が上がった。
そんな事とは露知らずのリアはアデルにも「ありがとう」と礼を言うと立ち上がる。
「もう大丈夫だ、エストとマリアもすまなかったな」
「私は助けて頂いたので、惚れ直したくらいてすわー!!」
「私も大丈夫だリア。こんな事で怖がったり、遠ざけたりしないから安心しろ」
「2人とも……ふふっ、俺は良い友達を持ったなぁ」
「友達じゃなくて花嫁になっていただいてもいいんですのよ?」
「お友達で」
…………………
マリアは合流したファータと会社に一旦帰り、しかし態々ホテルを予約してくれたので4人で泊まることにしたリア達。アルエとは明日、役所に行って養子手続きをしなくてはいけないのでちょうどいい。
そして翌朝。
何故かアデルとアルエがベッドにいて、寝苦しさから目を覚ましたリアは珈琲の香りがして目を向ける。すると、エストが外を見ながら椅子に腰掛け湯気の立つ珈琲を飲んでいる所だった。視線を感じ気がついた彼女は、小さな声で「おはよう」と声をかける。笑みを浮かべてリアも「おはよ」と返した。
「早起きだな」
「あぁ、旅行なんて久しぶりだからな。早くに目が覚めてしまった。思っていたよりもワクワクしていたのかもしれん」
「最後に行ったの、もしかして俺と魔法の修行した時か?」
「あぁ、あの時以来だな」
リアとエストが仲良くなってから一度だけ、修行と称した旅行に行ったことがある。当時、堅物であったエストの思考を解し、遊ぶ楽しさを教えてくれた大事な思い出であった。
「また君と行けて良かった」
「嬉しい事を言ってくれるなぁ。エストが良ければ、また2人で旅行に行くか?」
「ふふっ、このたらしめ。ルナとも約束しているんだろう?」
「たらしとは酷い……みんな大好きだから行きたいと思うんだよ」
この世界に来てから様々な出会いと別れを繰り返してきたが、今の環境はリアにとって命と同じ重さを感じる程に大切だ。だからこそ、もっと友情や縁を深めたいと思うのは普通の事だと考えている。
「まぁ……リアがいいなら行こう」
「良いに決まってるだろ?」
エストもリアの事は好きだ。流石に恋愛感情までいってはいないが、幼い頃から関わりがあるからこそ『姉』のように慕っている。
それに悲しい事だがエルフと人間とでは生きる時間が違う。だから、今のうちに思い出を沢山作っておきたいと思う。
珈琲を一気に飲み干して、エストは席を立った。そしてリアの元に歩いて行き、ベッドの脇に立つと。
「私も、もうひと眠りしようかな?」
ベッドに入る。すやすやと眠っているアルエを抱き枕にして、リアの腕に額を当てる。リアは甘えてくれているのかな? と考えつつも拒否する事なく受け入れ、自分も目を閉じた。歳の差はあれど、ここまで心を許してくれるような友達は転生前から初めてだ。だから大切にしなきゃなと思うし、女の子になってよかったと思う。
そうして、朝の一幕は過ぎていった。




