17
翌朝。8時半ごろ。
スッと起きたリアはまず、普段着ない黒のスーツを取り出すと着替える。別に特別な理由はないが、正式な決闘は初めてなので正装しようと考えてのこと。それから片手剣を掴み腰のベルトに下げると、お嬢様を拘束する用の拘束弾ベルトがマガジンに入った拳銃も手に取りポケットに突っ込む。それからサングラスをかけて玄関を飛び出し施錠してから空を飛んだ。朝日が眩しく、しかし空には雲の少ない良い天気、良い決闘日和である。
そして港(この場合、普通の船と浮遊船の両方を停めておく大型の停泊場)まで飛ぶと、目に見えて大きな木と鋼鉄のマーブルカラーが美しい浮遊船を見つけた。恐らくそこだろうと当たりをつけて高速で飛来すると、スーパーヒーロー着地で降り立って足を若干痛めた。
「邪魔するぜ」
サングラスをクイっと上げると、近くにいた船員らしき人物に話しかけた。というか、その船員はファータであった。綺麗な執事服を着た彼はリアの登場に驚きながらも対応する。
「これは空から。態々お越しくださり、ありがとうございます」
格好にツッコミとかしない人かと思いながらリアは腕を組んで口を開いた。
「世辞とかはいらん。決闘の場所はここの甲板でいいのか?」
「え、えぇ。この場所でございます」
歓迎!! って感じの顔はしてないなぁと思っていると。
その時、ファータの持つ携帯端末が音を鳴らした。彼はリアから一歩距離をとると、素早く端末を開き出た。すると、スピーカーから漏れ出るくらいの音量でマリアの声が響いた。
『ファータ!! 今6番通り近くの裏路地にいるのですが!! た、助けてくださいまし!!』
「お嬢様!? どういたしました!?」
『恐らく、競合企業の雇ったならず者に襲われていますわ!! 私の《召喚魔法》では、中々に厳しい数ですの!! 護衛の方と共に近接戦闘まで持ち込まれていて、うぐっ!! 中々に厄介ですわ!!』
「わ、分かりました、直ぐに向かいます!!」
ファータが携帯端末を切り走り出そうとした時、リアは彼の肩を掴んで「ちょい待ち」と声をかけた。急いだ様子の彼は少し苛立ち気な顔をするが、リアの「手伝おうか?」の一言で顔色を変える。
「お願いしてもよろしいでしょうか!!」
「あい、承った。あ、通報はそっちでしてくれよ」
リアは風で飛び上がると、さっき聞いた6番通りに向けて《風歩》で急速加速した。ものの数秒で辿り着くと、風を放ち周囲の音を集音する。
少し東に向かった路地裏で戦闘の音が聞こえてきた。おそらくそこにマリアがいるのだろうと思い加速すると昨日見た金髪の令嬢が、大きなグレートソードを担いだ西洋鎧2体と護衛らしき人と共に剣を振るっているのが見える。あの西洋鎧は恐らく《召喚魔法》で作り出したものだろう。
一方、敵は魔法使いもいるのか火球の煌めきや、デバフ使いらしき魔法陣を展開する者もいるようだ。戦士系らしき者は拳銃からナイフや剣といった様々な武装をしており、前衛と後衛が綺麗に分かれた、30人以上という多人数ながらも優れたパーティーだと分かる。これを2人で相手にするのはかなり大変だろう。
風に乗って、こんな会話が聞こえてきた。
『ぐへへ、トップがこんな綺麗な令嬢だとはなぁ。お頭ぁ!! 捕らえたら少し遊んでも……ひでぶ!?』
『馬鹿野郎!! 交渉材料に傷つけて良い訳ねぇだろうが!! お前はクビだ!!』
『ええ!? ちょ、冗談っすよー!!』
間抜けた会話だが、お頭と呼ばれた男は割としっかり物事を考えられる人なのかもしれない。まぁ、だからどうといった事はないのだが。
リアは特に深く考えることもなく、遠距離から風で魔法使いから吹っ飛ばした。みぞうちを抉るような突然の風に10人近くの魔法使いが、たった1秒で無力化される。
「ぐぁあ!?」
「な、なんだこの突風!?」
騒ぐ連中の中央に飛び込むと、1人の顔面を掴み壁に叩きつける。それから拘束弾を撃って壁に貼り付けにすると、吹っ飛ばした連中から杖などの武装を風で集め纏めて砕き解除する。それから拘束弾を撃ち込んでいき、戦闘不能にした。
リアの登場に戦況が一変し、リーダーらしき人物が叫ぶ。
「マリア商会の魔法使いか!?」
「あんな奴いるなんて聞いてないぞ!!」
ナイフを二刀流にした1人がリアを倒そうと突っ込むが、そもそも風で近接出来ず、足元を掬われて転がり拘束弾を撃ち込まれていく。屋根にいる連中が銃弾を撃ち込むが、風の鎧が弾き無効化され驚いた表情を見せた。リアはお返しとばかりに《風歩》で肉薄すると足を引っ掛けて顔面を掴み屋根に叩きつけて拘束弾で動けなくしたところで、ちょうど弾切れである。元々決闘の為に持ってきた銃なので、予備の弾は持ってきていない。
この間、僅か10秒足らず。
しかし、さてどうしたものかと思案するリア。人殺しはしないつもりだし、首を手刀でトンとして強制気絶させるのも得策ではない(殺してしまう可能性がある)。というかそもそも事情がよく分かっていないので、お嬢様を助ける目的はあれどあまり痛めつけるのもなぁと思うが。
「ま、不運だと思ってもらうことにするか」
リアから黒い風が吹くと、戦闘態勢だった残り10人程に《風歩》で素早く接敵し、1人ずつ丁寧に腕の骨をへし折った。悲鳴が複数あがり、朝の街に響く中、残り1人のリーダー格らしき人物を風で縛り戦闘不能にすると問いかける。
「さて、君達は何の為にお嬢様を襲ったのかな? あと誰に雇われた?」
一応、尋問しとこう……と思っての問いだ。ここで戦闘不能にしても、元を特定できなければ意味は無いし、それから襲撃の理由も知りたい。しかし分かっていた事だが、相手もそれなりの集団……もしかすると冒険者かもしれない連中のリーダーっぽい人。「言うかよ」と一言言い目を逸らしたので、リアは笑顔で腕をへし折った。
痛みに悲鳴をあげるリーダーから目を逸らし。お嬢様に視線を向けると、太腿を撃たれたのか血を流してうずくまり、護衛の人が止血している最中であった。だから、リアはリーダーを引き連れながらお嬢様の元に行く。
リアが近づいてきた事に気がついた彼女は、目をキラキラさせてこう言った。
「あ、ありがとうございます……助かりましたわ、リア様」
「うん……ん? リア様? あれ、なんか昨日とキャラ違くない?」
「き、昨日のことは忘れてくださいまし……」
顔を赤くする彼女に首を傾げながらも、リアは護衛の人に「ちょっと変わってくれ」と言い退いてもらう。
太腿に触れると、魔力を風のように流し弾が残っていないか確認する。不運な事に、弾は太腿の中に残っていた。
「少しだけ痛いけど、我慢できるか?」
リアのする事を理解したマリアは、うなずくと歯を食いしばった。
細く、細く研ぎ澄まされた一陣の黒風が、太腿の傷口に吹く。そして、傷口から風の圧力を利用し弾丸を抜き出した。リアは弾丸が抜けたのを確認すると、回復ポーションを浸したハンカチを使い止血し、彼女にも回復ポーションを飲ませる。
「じ、自分で飲めますわ……」
「今は怪我人なんだから、されるがまま身を任せろ」
キリッとした顔で言われ、更に顔を赤くしながらこくこくと回復ポーションを飲むマリア。リアは彼女がポーションを飲み切ると、護衛の人にも目を向けて「あんたは大丈夫か?」と心配する。護衛の人は「大丈夫っす、お嬢様を助けていただきありがとうございます」と笑顔を見せた。その時、ふと西洋鎧に目を向ける。召喚された鎧は傷だらけであり、主人を守る為、防御に徹していたことがよく分かった。彼女が《召喚魔法》を使えたからこそ、この程度の怪我で済んだのかもしれないと思い、正直少し侮っていた自分を恥じた。彼女は優秀な魔道士だ。
「さて、事情が全く分からないんだが……」
話をしようとしたのと同時に複数の足音が聞こえてくる。身構えたが、現れたのはファータと王国騎士団数人であった。その中にいたエストはリアを見つけると近づき「リア、何があった?」とこの惨状の説明を求める。ファータはマリアに近づき胸を撫で下ろし「ご無事でよかった……」と心底安心した様子である。
リアはエストに事情説明を求められ、少し困りながら当事者に話を振った。
「それで、お嬢様はなんで襲われてたんだ?」
「恐らくデクスター商会が雇った連中ですわ……目的は私の身柄の確保でしょう」
唇を噛み悔しそうにしながら言う彼女は、再びリアに「助けていただき、本当にありがとうございますわ」と言うと、エストの方に向き直る。
「この国の警備部隊かしら。取り敢えず、リア様が捕まえていらっしゃる大男以外は牢屋にぶち込んでおいて貰えるかしら?」
「うむ。事情は分からないが、この街で襲撃事件を起こした連中だ。きっちり連行はする。だが……警備組織としてはリアの捕まえている大男も回収したい」
「……なら、私も同行します。事情はそこで纏めて話しますわ」
「分かった」
エストは振り返ると、目に見える範囲全ての襲撃者を《鎖魔法》で縛りあげる。骨を折られた連中が痛みでまた悲鳴をあげたが、仕事と割り切り眉根一つ動かない彼女。リアは中々に傑物ではないだろうかと思った。
「ところでリア、なんでスーツなんか着ているんだ? 今更就活でもするつもりか?」
「ツッコんでくれてありがと!! 特に意味はないよ」
「なんだそれは……」
困惑するエストに、いい笑顔を見せるリアであった。
…………………
いくらポーションで治療し出血も傷跡も消えたとはいえ、暫く違和感や痛みは残る。歩くのは辛いだろうとリアはマリアに肩を貸す。マリアは何故か畏まって肩を預けてくれた。それから、決闘の事について「どうするー?」と軽い感じで話に出す。元々、決闘の為に訪れたのでリアとしては大事な用事だ。クロエの将来が関係するのだから。
「その件なのですが、もう少し検討してからお伝えする事にしてもよろしいでしょうか?」
「俺は構わんよ、もう《契約》は半分放棄状態だし」
《契約》の魔法は両者が了承した場合においては『放棄』という手段で終了させることができる。けれどもう少し後でと付けたのならば、リアにはまだ用事がある事になるのではと考えた。戦う事は好きなので、決闘を続行するならリアは賛成だ。が、なんだかそんな雰囲気ではなさそうだなぁと厄介ごとの雰囲気を感じ取る。
そうしてゾロゾロと歩いていればそれはまぁ目立つわけで。朝の騒動ということもあり、カメラマンや記者が近寄ってくるため、風でそれとなく追い払いながら王国騎士団本部に急いでいた時である。
「あれ、先輩? 綺麗な女性を連れてどうしたんすか。それにゾロゾロと、なにかあったんです? 慈善活動?」
「慈善活動と言われればそうだなぁ」
魔法の杖を肩に担ぎながら、珍しそうに目を向けるアデルがそこにいた。リアは苦笑いで「また厄介ごとに巻き込まれているよ」と告げると、アデルは「ははー、先輩らしいっす」と納得した。それから、付いてきてもいいか聞いてきたので了承する。
突然、集団に混じったアデルにマリアは目を向ける。
「この方は……リア様のなんでしょうか?」
「リア様?」
アデルがジト目でこちらを見るので「違うよ?」と即座に返すリア。
「お嬢様がなんかそう呼んでるだけだアデル」
「でも先輩のことだから……」
「…….だから?」
「なんでもないっす」
また女の子を惚れさせてそうだなぁと口にしたかったが、無自覚な方が面白いので言葉を飲み込んだ。それから明るい笑顔でアデルは自己紹介をする。
「自分は冒険者で先輩と同じパーティーの付与術師、アデルっす」
「付与術師……」
割と珍しい役職なので、興味深そうにアデルを見るマリア。
「後でリア様も含めて、貴方とも話をしたいですわ」
「私にもっすか? まぁいいっすけど」
そう言うと、彼女は隣で待機しているファータと何やら商談についてのあれこれを話し始めたので、リアはアデルに向き直り話を振った。
「アデルは予定、大丈夫そう?」
「今日は負荷魔法の練習をするつもりだったので大丈夫っす」
「負荷魔法の……? デバフにも挑戦するのか?」
負荷とは、電気や機械に対して負担のかかる事を指して使われる言葉ではあるが、この世界では魔法の一つであり、相手に対して逆効果……つまりデメリットとなる効果を与える事としても使われる。そして、それらを総じて『デバフ』と呼んでいるのだ。この世界でもゲームとかは普通にあるので割と一般的な言葉でもある。
「はいっ、先輩に追いつきたいっすから!!」
サムズアップして、嬉しいことを言ってくれるなぁとリアは思いながら笑顔を浮かべる。だから、アデルの明るい笑顔から放たれる言葉の裏を読む事はなかった。貴方を追い越し、従えて好き勝手したいという欲望の言葉を。
……………………
王国騎士団本部に着くと、皆それぞれ逮捕者に事情を聞くべく複数に分かれていく。その中でリーダーには事情を通しやすいエストが選ばれたので、共に詰問室に入った。
たが、骨折の痛みからか気絶してしまっていたので、まずお嬢様から事情を聞く事にする。
「初めに……襲ってきたのは恐らく、私と敵対している組織か企業の連中と見て間違いなさそうですわ」
「企業?」
「えぇ、私は『マリア商会』という商業クランを組織しており、その代表を務めておりますの」
マリアが紙とペンを要求したので、エストがそっと差し出した。すると、彼女が分かりやすくクランと書き、下部にマリア商会本社と記入する。
「この本社では、とある迷宮から採れる特別な『レアメタル』の利権を持っています。今、貴方達が持つ携帯端末の一部に使われていますわね」
「んんっ……? 例えば魔力電池の商品登録みたいな事?」
「えぇ、アデルさんのおっしゃる事で大体の認識は合っています。具体的にはもっと権力が強いのですが」
レアメタルと記入が増え、利権を持つ組織という事を書き加える。更に、レアメタルから枝分かれするように幾つかの組織を記入していく。その企業は、レアメタルを使った製品の製作や魔道具の製作、生産に携わる企業で聞いたことのある名前が多数あった。というか、この国で世界トップクラスでもある、ゲーム機の有名メーカーがあったので目が丸くなった。このお嬢様が、もしかしたらとんでもなく有名な人物なのではないかと。
「と、ここまで大きなクランとなったのですが、当然ながら敵対組織が生まれます。クランに入れなかった組織が、利権の一部を得ようとした訳です」
敵対組織として、大きく『デクスター商会』と記入された。
「このデクスター商会は、常々大きくなったクランに対して『利権の一部の譲渡と、そこから派生する新クランの設立』を訴えてきました。しかし、狙いは単にひとつですわ。私達の持つ利権だけ。企業の発展などは考えていない、ただの金の亡者ですわね」
お嬢様はデクスター商会から線を伸ばし、帝国では珍しくないのか傭兵やら冒険者と記入して丸をする。
「つまるところ、利権の為に身柄を狙われてると言う事でいいのか?」
エストが単刀直入に聞くと、彼女は大きくため息を吐いて頷いた。
「そうですわ。私の身柄を捕らえて、利権の交渉に出るつもりだったのでしょう」
そこで、再びリアに向き直ると頭を下げる。なぜ頭を下げるのか分からないリアは少しあたふたするが「麗しいお嬢様が、俺なんかに頭を下げるな」と少し卑下しつつ頬を両手で挟み無理矢理顔を上げさせた。アデルとエストからジト目が飛んでくるが無視して。
「事情があるのは分かったよ。それで?」
「昨日、クロエちゃんを引き取りたいといった話に戻りますわ。私のように、剣でも魔法でも良い、とにかく自己防衛でき尚且つ賢くてバックが薄い者を、後継ぎに欲したからこそ、あの孤児院を調査しました」
「あー、話が見えた」
納得!! と頷いたリアは、確かに孤児院の出ならバックは無いに等しいし、厄介なやっかみや他企業からの推薦も避けられるだろうなと考えたが。
「それじゃあ、引き取ったらクロエの人生はかなり苦労のかかるものになるじゃねぇか」
マリアを睨みながら、クロエの事を思う。彼女達、孤児の子供には自分以上に幸せな人生を歩んでほしいと考えているからこそ……怒りが湧いた。確かにクロエには衣食住に職まで得られるかもしれないが、苦労を考えれば果たして幸せなのか? と疑問に感じる。そんなリアに少しバツが悪そうにマリアが口を開いた。
「ちゃんと説明しましたわ。その上で断られました。しかし、あの歳で魔法も使え成績も優秀な人材は彼女しかいなかったんですの。帝国にも孤児は里親を探すか、独り立ちするまで支援するシステムはありますが、帝国には私のお眼鏡にかなう子はいませんでした……」
「なるほどなぁ……」
帝国のシステムには詳しくないが、少なくとも孤児院と呼ばれる施設はないらしい事が分かった。引き取れるかもしれない子供も少ないのだろう。その点で見れば、この国は支援不足だなと考える。
そんな時「だから、ここまで聞いてくだされば理解出来たと思いますの!! これが解決策ですわー!!」と、ガバッと上体を起こし、まずアデルの手を掴む。
「是非、貴方様を雇わせてほしいのです!!」
「ほぇ? 私、ただの付与術師っすよ?」
「『ただの』ではありませんわ、付与術師は中々居ない優秀な人材です!! それから!!」
マリアはリアの手を取った。そして片膝を地面につき、大きな声で言った。
「リア様、私と結婚してください!!」
「……えっ?」




