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 このまま雑談と洒落込もうとしたのだが、先制するようにルナが問いかけてくる。瞳のハイライトはまたしても仕事をしておらず、彼女が何を考えているのか分からないが「ひぇ」と若干、恐怖を感じるリア。


「ところでリア、昨日はアデルと何もありませんでした?」


 質問の意味は分かるが、どうしてそこまで気になるのだろうか。ルナもアデルと同じくらい好意を抱いてくれているのは知っているが。ここで、リアの考えている好意とルナの考えている好意はとてもズレている事を彼女は知らない。


「昨日? 一緒のベッドで寝たくらいで何もなかったよ?」


「……そうですか」


 納得したのか分からないが、スッとハイライトが戻る。そんな会話をしていると、朝練がいち段落ついたエストがやってきた。


「リア、昨日何もなかったか?」


「なんでみんな聞いてくるのさ、信用ないのか?」


「信用はしているが……アデルならやりかねないと思ってな」


 実際、襲われそうになったので何も言えず、リアは頷くだけにしておいた。何か言って墓穴を掘るのは避けたいから。それにしても、アデル信用ねぇなぁと同情はしないが少しだけ可哀想に思うのだった。


………………………


 お昼。昼食を騎士団本部の食堂で摂ってから、再び演習場に戻ると、まばらだが人が集まり始めていた。中にはアイゼン隊長もいたが、皆に囲まれて談笑しており挨拶に近づくのも難しい。流石の人気だ。まぁ、人格者だし強いしで皆が慕うのも分かると頷いていると、武闘大会の実行委員らしき少女が声を張り上げた。


「それじゃあ、これから武闘大会を始めます!! 参加者はこちらに集まってください!!」


 と言われて。リアとルナが向かう中、アイゼンも動いた。どうやら隊長自らも参加するようだ。勿論、エストの姿もある。リアはエストと会話をしながら横目にアイゼンを見る。いつにも増して凛としていて勝気な印象の女性だ。しかも容姿もさる事ながら実力も確かである。過去には他国で何でもありの武闘大会を優勝した事もあり……彼女の使う《闇魔法(ザラム)》は、対人においては最高クラスの厄介さを誇る。当然、剣と魔法の扱いも一流なので、魔物退治でも最強クラスだ。


 エストは自分の言葉に生返事で相槌を打ったリアに苦笑を浮かべ、アイゼンに近づくと彼女の手を引いた。エストに連れてこられたアイゼンはリアの姿を見ると人当たりのいい笑顔を浮かべる。リアは少し畏まりながら挨拶を口にした。


「どうも、お久しぶりです隊長」


「あぁ、君もな。噂も活動も良く耳にしているよ。ドラゴン退治、見事だ」


 褒められ慣れてはいるが、こういう大人な女性に褒められるとまた違う優越感と嬉しさがあるなぁと思い「えへへ、ありがとうございます」と素直に受け取ったリア。一方でアイゼンの胸の内は、リアに出会えた喜び一色なのを彼女は知らない。


「それにしても、やはり……写真で見るより直で見た方が美しいな」


 顎を片手でクイっと持ち上げられてそんな口説き文句を言われて、素直に赤面するリア。2人だけのなんとも言えない空間が広がる中、割って入るようにルナがリアに抱きつくと距離を離した。


「私のリアを口説かないでください!!」


 むーっと膨れっ面で睨んでくるルナに、アイゼンは「はははっ」と誤魔化すように笑った。事実、割と本気で口説いていた。ついでに、アイゼンの心境をなんとなく理解しているエストが間に入った。


「隊長、私の友達を誘惑するのはやめてください」


「いやなに、本当の事を言っただけなんだがな」


「もう……そんなんだから結婚できないんですよ」


「なぁ!? 結婚は関係ないだろう!!」


 言い合いをする2人を見て、部下と隊長の間柄で上下関係はしっかりしつつも、仲がいいんだなとエストのコミュニケーション能力に感心するリアであった。それとは別に、アイゼンは思っていたよりも可愛らしい人なんだなぁとほんわかした。


……………………


 武闘大会開始。という訳でまず武器は支給される木刀や杖を用いて、魔法ありの一対一形式を何度か行うという、簡単なものだった。余談だがトーナメント形式にすると剣を用いる人と魔法使いとで偏りが出るのと、単純な不満を回避する為に、自由形式にしたという訳だ。まぁ、所詮はお遊びの大会であり息抜きの一環なので何も言うことはない。


 言うことは無い……筈だったのだが。何の因果かリアの初戦の相手は。


「よろしく頼むぞ」


「アイゼン隊長……」


 まさかの王国最強である。負ける気は無いが、気を入れ直さなくてはいけないかもしれない。お遊びで挑めば簡単に負けてしまうだろう。

 だが、同時にこの人との戦いは大きな経験値になる。そう考えるとやる気も俄然、湧いてくるというものだ。得難い経験というのは貴重である。この魔法のある世界のご時世なら特に。対人戦はしておいて損はないだろう。


「勝ちに行かせて貰いますよ!! まだまだ若い者には負けません!!」


「あぁ……そっか、リアの方が歳上だったのか。なんだろうこの気持ち……こほん、なら私は胸を借りるつもりで挑ませてもらうよ」


「はいっ!!」


 お互いに握手をすると、距離を取る。


 木刀を構えて、魔法を発動させた。フワリと黒風を纏うリアとは対称的に、アイゼンはどこかねっとりとした闇を纏う。木刀だからあまり強い風を纏えないし、全力での一太刀を入れれば簡単に折れてしまうので気をつけなくてはならないなと考えながら。


 先に動いたのはリアだった。


 風で突撃すると、彼女の力量を測る為に一撃を振る……った瞬間、彼女の身体が地面に沈み回避された。まるで水の中にぽちゃりと沈むように消えた彼女に《闇魔法》の利便性を悟る。


(驚いた……そんな事が出来るのか)


 風を纏い無理矢理、体勢を立て直すと木刀を構える。


「【探知しろ(ヴァルトゥール)】」


 周囲に風を放ち、探知させる。風の揺らぎで周囲の気配探知を強力にしたものだ。それに元々第六感も高く直感も優れているリアにとって気配を探るというのは呼吸をするくらい簡単な事である。

 どこからでもこい。周囲を睨みつけて木刀に風を纏うと迎撃体勢を万端にするリア。


 すると、真下から鋭い突きの一撃が繰り出される。


「ッ!!」


 不意打ち気味の真下からの一撃をバク宙で回避する。風の鎧で剣先を反らせられたが、纏っていなければ少し切ったかもしれないと考えてしまう程に鋭い一撃だった。鉄製の剣だったらと考えると尚の事、恐ろしい。


 地面から浮かぶように現れたアイゼンは笑みを浮かべる。


「ふむ、反応良しか。中々に厄介な『風』だ。だが、これでどうかな? 《闇魔法:暗域》」


 彼女の魔力が演習場に満ち、瞬間的に辺りを闇が包み込んだ。突然、視力を奪われたリアは眉根を寄せて目を瞑ると、聴力と気配探知のみに意識を絞る。この手の魔法は過去に戦った事があるが……さて、彼女はどのような手に出るか。そう思い身構えた時。


「《闇喰らい》」


 四方八方から、攻撃の反応が現れる。気配から察するに、闇が噛み付いてきているようだと思ったリア。事実、この魔法は闇を口のように形作り喰らいつく魔法だ。見えない場所からの一撃は滅多な事では避けられないが……アイゼンにとってはまだまだ小手先の魔法である。


「【乱せ(ヴァルトゥール)】」


 リアは対処の為に『魔力を乱す黒風』を木刀に纏うと、喰らいつきに来る闇の首元を全て切り裂いた。闇は回路を断ち切られて魔力に還る。そして、リアはくるりと木刀を回すと構えて突っ込む。アイゼンも今度は闇に沈む事なく構えて受けた。


 木刀がぶつかり合うと、「ドォンっ!!」と空気が揺れる。


 無言で鍔迫り合いをする中、アイゼンの闇が溢れると、リアの四肢に絡みつこうとするが、黒風がそれを阻害。

 若干、押され気味になったアイゼンが木刀を振るい上げるとリアを押し返し距離を取ろうとしたのだが。


「捕まえた」


「なに!?」


 《風歩》。一瞬で間合いを詰められたアイゼンは、服の裾を掴まれる。そしてリアの木刀が振り上げられ……だが斬られるより早くアイゼンは闇を内側から爆ぜさせるとリアの手を振り払い闇に沈み込んだ。だが、この反応を読んでいたリアは好奇と魔力を練り上げ周囲を暴風で包み込む。


 普通の人であれば立つ事すら儘ならない風の中を悠々と歩く。既に闇は風によって祓われており、視界は黒風で満ちている。……普通に視界が悪い。リアの風魔法は黒色に変色する程に風力を増すのだが、これなら無色の風でも充分だったなぁと少し反省する。それからフワリと浮かび上がると、空の上から周囲を警戒していく。


 ここからならば、出てこれる場所は限られているかもしれないと考えた。そしてその考えは正しく。


 背中に少しの重さを感じた瞬間、リアは木刀を背後に向けて振り抜いた。「カンッ!!」と木刀同士がぶつかり合う音が響く。予想通り、彼女は自身の背中の『影』から出てきたようだ。不意打ちを仕返されたアイゼンは驚きながら空中で身を捻り、綺麗に着地しようとして風で吹っ飛ばされ、地面を転がりながらもどうにか再び闇に沈み込む。


 次の手はどう来るかと考えていると、瞬時に地面を黒一緒の闇が満ちた。次いで来るのは、闇から生まれた無数の『槍』。


 空中で回避しようとしても追撃してくる闇の槍を『祓う風』を纏った木刀で叩き切る。まるで踊るように飛び交い木刀を振るうリアだったが、数十の槍を叩き切った時「バキッ」と嫌な音を立てて木刀が折れた。慣れない武器でよくここまで保ったものだと木刀に感謝しつつ。


(まぁ、これくらいが限界か)


 だから、リアは両腕に鋭く黒風を纏うと手刀の形を作り斬り裂いた。木刀よりもこちらの方が使い慣れており、ほぼ無限に湧いてくる槍を全て叩き落として対処していく。だが、段々と対処する為に体力が消費し始めたリアはこのままではいけないと考えて……ここで一手と、今度はこちらが風の『槍』を作り上げると地面に向けて放つ。


 地面に槍が着弾すると暴風が駆け抜けた。地は捲れ上がり荒れ、闇は風に祓われていく。


 しかし、ここで闇の動きが変わった。無数の槍を形成していた闇は1箇所に纏まると「クォン」と音を立てて巨大なドラゴンの形をとった。奇しくも、そのドラゴンは先日リアが倒した黒龍に似ている。大きさは演習場の半分以上もある巨龍だが、あの時のドラゴンに比べればとても小さい。


 リアの中で、何かのスイッチが入った。獰猛な笑顔を浮かべると、全力の風を引き連れて急降下し、ドラゴンの口を切り落としこじ開けると体内に突っ込む。噛み付くよりも早く口に入られたドラゴンは暴れ回るも、周囲を包む風に無数に切り裂かれてボロボロになっていく。そして、リアが手刀で斬り裂きながら背中を突き破り飛び出てきた所で魔力に還った。


 「チャポン」と音を鳴らし闇から出てきたアイゼンは少し一驚しつつも感心した。流石はドラゴンスレイヤー、小手先の魔法は全て対処してみせるか……と。しかし、こうなると中々に困る。


 お互いに思う事は一致していた。


((決め手に欠ける))


 流石に闇の中まで追う手段のないリア。一方で、闇をまさか風で対処できるとは思っていなかったアイゼン。仮に闇を持って直接斬りに行ったとして、逆に斬られているイメージしか湧いてこず。防御する為に纏う闇も風で貫通できるだろうし、魔力量は負けているだろうから耐久戦はダメだ。それに闇の中に無限に潜っていられる訳ではないのと、もしかしたら適応できたリアが闇の中まで貫く風を放っても不思議ではない。

 ならば、リアを闇に引き摺り込むかとも考えたが、彼女なら引き込む前に空へと逃げられそうだ。


 というか、そもそもの話。リアが空に逃げて暴風で辺りを満たせば普通に勝てる訳で。そうしないのは、あくまでもこれが模擬戦だからだろう。


(流石は長年生きているエルフ。魔法の扱いは一級品だな)


 リアを褒めながら、さてどうするかと考えるアイゼン。彼女の風を闇で飲み込み無効にするのは無理だと分かった以上、正攻法でしか攻略出来ないと思い木刀を構える。闇に潜り瞬時にリアの背後に移動して、しかし出てきた瞬間を鋭い手刀が迫った。そして手刀を受け止めると木刀は呆気なく折れ、アイゼンは苦虫を噛み潰したような顔で両手に闇を凝縮させると掌底を放つ。「ドゥウン」と重い重低音が響くが、掌底は風の圧力に阻まれてリアには届かず。だが、リアは掌底に警戒心を顕にし《風歩》で距離を離す。


 お互い睨み合う。次の一手をどうするかと考えた……所で、審査員のホイッスルが鳴り響いた。


「両者の木刀が折れたので終わりでーす!! お疲れ様でした!!」


 リアとアイゼンは互いに魔法を解除する。風はぴたりと止まり、闇が晴れた視界は明るい。健闘した2人はお互いに近づくと握手をした。


「闇魔法の脅威を側で感じました。ほんと……祓える風が無いと厳しい戦いでしたね」


「君の黒風の方が脅威だぞ。まさか、闇を切り裂かれるとは思ってもいなかったよ」


「ふふっ、自慢の風ですから。でもアイゼン隊長の闇魔法は中々に強くて厄介でしたよ。凄いです、地面の中に潜るように沈んでは……影の中から飛び出してきた魔法や、闇のドラゴンなんかは下手な《召喚魔法》を凌駕していましたし。

 むむ……闇の中まで風を届かせる事が今後の課題ですかね。闇魔法について勉強してこようと思います」


 謙遜する事なく笑顔を浮かべて言ったリアに、アイゼンも「ふふふっ」と笑うと……突然、抱きしめた。華奢なリアを包み込むには充分な体格をもっているので、リアは全身にアイゼンを感じる。


「もう、可愛いなぁ君は!! 私を褒めてくれるところはポイント高いぞ!! それに強い者は好きだ……。どうだ? 私と付き合ってみないか!!」


 急な告白に驚くリアは耳を朱色に染めながら、慌てふためき答える。


「ふぇ!? こ、困ります!! それに女の子同士ですよ!?」


「構わないさ!! 今は女の子同士の婚姻も認められているし、女の子同士でも子供が作れる時代だ。だから、誰も忌避する者はいないと思うが、どうする?」


「どうするって……その、お誘いは有難いのですが……考えさせてください」


 モジモジとしながら、小さな声で答えるリアに、アイゼンは慈愛の目を向ける。強い少女が見せる小動物のような仕草にキュンときた。


「ふむ、直ぐに断らない所を見るにワンチャンスあると考えて良いのかな?」


 顎をくいっと引き、顔を近づけるアイゼン。あと少しでキスしてしまいそうな顔の距離に、女の子相手の耐性はあるとは言え……どこか甘い香りが漂い、美人の迫力に押されるリア。そしてあわあわと顔を真っ赤にしているところで。遠くから「いちゃつかないでください!!」とルナの大声が響き、アイゼンはクスリと笑みを浮かべながら離れる。

 魔法を使い盗聴していたルナは、先に告白された事に対して内心焦る。リアがノリで付き合いましょうとか言わなくて良かったと心底思った。

 ……しかし、リアも歳頃のエルフなのでいつ『恋愛事』に真剣になるか分からない。エルフの恋愛は気まぐれなのだ。だからルナは自分も決心が出来たら、近いうちに告白しようと決意する。女の子同士の恋愛感に忌避感がない事は付き合いの内で分かっている事だから、その辺は問題ない。


 それはさておき、演習場は大惨事であった。地面は捲れ上がり陥没が多く、壁にはヒビが入っている。王国騎士団や治安部隊の人達にはリアの暴風により怪我人も出ており大会どころではなくなった。

 原因のリアは苦笑を浮かべると、土魔法使いに頼んで修繕を手伝ってもらいながら、ルナとエストを頼り怪我人の治療に勤しむのだった。

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― 新着の感想 ―
女の子同士でも子供が作れる時代だ。百合って本当に最高ですね!
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