六 怒られるお話
あれから村までに三分とかからなかった。村に着くと、村人の過半数が森の入り口の所にいた。思ってたより大事になっちゃってたみたいだな……。
「マックさん!!」
と、一人の老人が杖をつきながら父さんの方へ歩み寄った。
あ、この人見たことある。アレだ、村回ったときに見たんだ。確か村長だったはず。
「村長、ご迷惑をおかけしてしまいすみません」
「いいんじゃいいんじゃ、子供達は無事なようじゃしの」
村長は俺とアイリスの方を見てにっこりと笑うと、集まっている村人の方へ「はい撤収撤収」と促した。それに従って一言二言かけて帰って行く村人達。軽っ。
「さて、取りあえず無事は確認できたしワシたちは帰るぞ。ネメシアとアイリスよ、もうこんなことしちゃ駄目だぞ」
「「はい」」
「うむ、よろしい。それではの」
それだけ行って村長も帰っていった。ちなみにお父さんとフィンさんが頭を下げていたので、真似して頭を下げたほうが子供っぽいかそれとも下げずに手を振っていた方が子供っぽいか悩んでいたら既に村長は角を曲がって見えなくなった。まぁ、いっか。
「さて、フィンさん。もし良ければこれからうちに来ないか? 子供達から話を聞かなければならないしな」
うっ……。やっぱりか。実はまだ、父さんに怒られたことないから地味に恐い……。なんか、精神年齢何歳でも親父に怒られるのは恐いんだなぁ……。少ししみじみとしてしまう。
「……そうですね。妻に心労を負わせたくないのでありがたいです」
んむ? フィンさんの奥さん、今回の件知らないのかな? 割と大事になってると思うんだけども……。薬どうこう、というのが今回の騒動の元なので病気か何かなのだろうかとは思っていたが、もしかして結構重いのだろうか。
「よし。決まりだな。メシア行くぞ」
それだけ言うと父さんは家に向かって歩いて行ってしまう。口数が少なくなっているのがとても恐い。
自分が凄く怒鳴られている未来を想像してしまい、一回ため息をつく。まぁ、もう仕方無いことだ。あの時、父さんを呼びにいったら間に合わなかった可能性があるかもしれない。だから、少なくとも個人的には自分の行動は正しかったと思う。蛮勇であろうと何だろうと、俺の目指す道はそっちにしかないのだから。
そう考えると、少しだけ気が楽になる。よし。説教上等アイリスちゃんが生きてたことを思えば余裕でプラスだろう。
「よし。行こう、アイリスちゃん」
「うん!」
アイリスちゃんに声をかけてから走って、父さんの後ろにつく。アイリスちゃんもすぐ追いついて俺の横をとことこと歩き出す。
……何か後ろから凄い視線を感じるけど、今は流します。ハイ……。
―☆―☆―☆―
「ただいまー……」
「――ッメシア!!」
父さんに押され、ドアを開けて家に入ると母さんに抱きしめられた。母さんの顔がある首元に何か温かい物が流れてくる。どうやら相当心配させてしまったらしい。まぁ、ただの五歳児だもんな、俺。
「ごめんなさい……」
「この子は……心配させて……」
母さんが泣きながら頭を撫でてくれる。ほんのちょっとくすぐったいが、それよりも親の愛を感じられてこっちも泣きそうだ。
「あー、クフェア。ちょっと悪いんだが、お客さんだ」
そんな中、父さんは一回咳払いをして、僕に抱きついている母さんの肩をぽんぽん、と叩いた。母さんは体を起こして周りを確認する。そこで漸くフィンさんとアイリスに気付いたのか、涙で濡れた頬に手を当てる。
「あ、あら……。見苦しいところをお見せしてしまいすみません。どうぞ中へ」
「お邪魔します」
「お、おじゃまします!」
「クフェア、リビングで話をするが大丈夫か?」
「え、ええ。大丈夫よ。それより、私も聞いても良いかしら?」
「当たり前だろ」
それだけ言うと、父さんはさっさとリビングに入っていく。それに少し遅れて母さん、そしてフィンさんとアイリスがついていく。
俺も一つ深呼吸をしてついていく。
リビングに入ると、父さんにアイリス共々椅子に座るように言われる。頷いて、食卓を挟んで奥側に椅子を一つ移動させながら元々そっち側にあった椅子を引いてアイリスを座らせ、その後移動させた椅子に自分も座る。
座ったところで母さんが俺とアイリスの前に水の入ったコップを出してくれる。お礼を言って口をつける。やっぱり緊張しているからかすごく喉が渇く。アイリスもすぐに飲み干していた。
そうやって一息(?)ついたところで父さんが、残った食卓を挟んで向こう側の椅子にフィンさんを座らせる。
父さんはたったまま、口を開いた。
「……さて、じゃあ話を聞かせてもらおうか」
そう言い、父さんはフィンさんを見る。一瞬ビクッとしながらもフィンさんは一つ息を吸い、アイリスに向かって喋りかける。
「アイリス。何故、森に入ったのか教えてくれるかな?」
「……お母さんのお薬、取りに行ったの」
雰囲気に圧されてか、アイリスちゃんの声はとても小さい。それでもフィンさんは一つうなづいてから語りかけた。
「父さん、前にあの森には何があっても一人で行ってはいけないよって言わなかったかい?」
「うん……。でも、お父さんに言ったらダメって言われるだろうし、周りの人に言っても……」
「いいかい? 確かにアイリスのその優しさはとてもいいことだし、そんな優しい娘を持てて私もとても嬉しい。……でもねアイリス。もし、もしもアイリスに何かあったら、母さんも父さんもとても悲しいんだ」
「……」
その言葉でアイリスちゃんは、俯いて黙ってしまった。フィンさんもそれ以上言えず、場が沈黙する。
そこでようやく父さんが口を開いた。
「……メシアはどうなんだ? なんで、俺や周りの大人に言わず、一人で先に行ったんだ?」
「……間に合わないかもしれないって思ったんだ。父さんはあの時いなかったし、周りの大人にはフィンさんが声をかけてくれるだろうしって考えて……」
「自分なら間に合うと。そう考えたのか?」
「うん……」
そういうと、父さんは静かに俺の席のところまで歩いてくる。そうして、俺の頰に手を当てた。
「メシア、歯を食いしばれ」
次の瞬間、頰に衝撃が走る。ついでジーンとした熱が頰中心に広がっていく。相当加減してくれたのか、痛みはそんなになかった。
「あのなメシア。結果何事もなかったから良かったが、お前の行動は一歩間違えれば、お前自身をも殺すハメになっていたことを理解しているか?」
「……うん」
うなづいた瞬間、父さんの両手が俺の頰を包んだ。
「誰かを助けようとする勇気は悪いことじゃない。それどころか誇るべき行為だ。でもな。考えなしの勇気は、そうそう上手くは行かない。大抵は周囲の人間をも巻き込む最悪の失敗だ。難しいことを言ってると思うが、メシアならわかるか?」
「……わかるよ」
痛いほどに。
さっきとはちがい、そっと当ててくれている父さんの両手はとても温かい。
「……うん、わかる」
自分でも気づかないうちに、目から雫が流れる。
それを父さんは指で拭ってくれて、今度は頭にポン、と手を置いた。
「そうか。なぁメシア。父さんと二つ、約束してくれ」
「何?」
「一つ目は、自分を大事にすること。今回みたいなことはこれっきりにしてくれ。メシアが呼んだら俺は直ぐに駆けつける。だから遠慮なく呼んで、頼れ。俺はお前の父親だぞ?」
父さんはそう言いながら冗談めかして笑う。
「うん。頼りにしてるよ父さん!」
今度はしっかりと自覚して流れたそれを自分でぬぐい、笑ってみせる。
「そうか。じゃあ二つ目だ。ちょっと難しいかもしれないが、考えることを止めるな。と言っても勘違いするなよ? 戦っている最中はそれに集中しろ。それ以外……。特に誰かを助けようとしている時、護ろうとしている時。絶対に考えることを止めるな。考えて考えて考え抜いて、そして誰にも何にも文句を言わせない、最高に格好良くて誰も傷つかない手段を探し出せ。そうすりゃメシア、お前は立派なヒーローだよ」
「うん!」
父さんの言葉に全力でうなづく。純粋に嬉しかった。父さんが俺の英雄願望を知っていたこと。それを認めてくれたこと。そして何よりも父親の愛が。
父さんは少し笑って、頭に乗せていた手を外し、さっきまでいた壁際の方まで歩いていく。
「ほらメシア、わかったなら最後に言うことがあるだろ?」
ほんの少し笑いながら、それでも諭すように父さんは言う。本当に、その熊のような外見とは裏腹に、いや、熊のように家族愛に溢れた人だ。
座席から立ち上がって、息を吸う。そして——
「父さん、母さん、心配かけてごめんなさい!!」
全力で謝った。
「おう、二度とすんなよ」
「寿命が10年は縮んだわ……」
父さんと母さんは笑いながら言う。
「あ、あとフィンさんも」
「? 私がどうかしたかい?」
そこで、アイリスちゃんの方を見る。アイリスちゃんもそうしようと考えていたのか、偶然にもバッチリと目があった。やっぱり緊張しているようで、口がギュッとなっている。
刹那、少女は勇気を出して口を開いた。
「……お父さん、あのね……」
そこまで言って再度チラリと目が合う。約束だもんな。
「「ごめんなさいっ」」
二人殆ど同時に頭を下げる。
数秒間たっぷりたってから頭をあげると、フィンさんの顔は口元がヒクヒクしていた。
「うん。アイリス、ちゃんと謝れたから許す。もう二度とするんじゃないぞ?」
ヒクヒクしていたのも少しの間で、それからは直ぐにいつも通りの笑顔に戻り、アイリスちゃんに語りかける。
「うん!!」
どうやら許してもらえたことが嬉しいようでさっきまでの表情から一変して笑顔になるアイリスちゃん。癒し。
「それで……」
と、そこでフィンさんがこちらを向いた。
「そのガ、じゃなくてクソガ、でもなく、そっちのお子様はなんで謝ったのかな?」
あ、これダメだ。さっき笑顔に戻ったと思ったけど全然そんなことなかった。めちゃくちゃ口元ヒクヒクしてる。というか言ったよね。ガキとかクソガキとか。後者もう隠せてないよね。お子様でどうにか取り繕ってるよね。
え、なに俺超嫌われてる? ええー……。
「えっと、うちにフィンさんが来た時、何も言わず飛び出しちゃったじゃないですか。それで少し心配させてしまったんじゃないかなー、と……」
「あ、ああ。そういうことね!! 全然! 一欠片も心配してないから大丈夫だようん!!」
一欠片もかい。
「あ、あとアイリスちゃんと一緒に謝ろうねと約束したので。ね、アイリスちゃん」
「うん!!」
よほど嬉しかったのか、若干頰を染めながら満面の笑みで答えてくれるアイリスちゃん。やはり癒し。つい口元が緩んでしまう。
「こ……こ……」
そうして癒しの波動を受け止めていると、フィンさんが小声で何か言い始める。
なんか、すごいそっちから不穏な空気を感じるんですけど……。
そんなことを考えながらそちらを向くと、下を向いていたフィンさんが急にガバァッと顔を上げた。ちなみにその目は完全に俺をロックオンしている。
簡単に言えば、めちゃくちゃ睨まれている。
「こンのクソガキぃぃぃぃいいいいい!!」
「え、怒られた!?」
というかもう完全に言った!! クソガキって言った!! え、そこまで怒りで我を失うようなことあった!?
あまりにも意味不明な事態に目を白黒させていると、フィンさんが立ち上がってこちらに歩いてこようとしたところで、後ろからめちゃくちゃにやけてる父さんに羽交い締めにされた。
ちなみに母さんは「あらあら」と口に手を当てて笑っている。もう何がどうなってるんだ。
「は、離してくださいマックさん!!」
「まぁまぁ、子供のことですから」
「違うんです!! ここで放置したらいずれ娘につく悪い虫に……」
「ほう、フィンさん。うちの息子のことを虫呼ばわり……」
「ああ、ち、違うんです!! 違わないけど違うんです!!」
あれか。俺、アイリスちゃんにつく悪い虫扱いされてるのか。そうか、考えれば俺今5歳児だからいわば幼馴染状態なのか。完全に近所の子供みたいな感じに接してたわ。
なんとなく現状を理解して一人納得していると、アイリスちゃんが大股でフィンさんのもとへ歩いていく。
大声で喋ってた二人は、アイリスちゃんが近づいてくるのに気づくと、一気に静かになる。
「あ、アイリス……? アイリスからも何か……」
「……お父さん、前に他の人の家で騒いじゃダメって言ってた」
「ゔッ……」
「お父さん、かっこわるい」
「ッァ……」
う、うわぁ……。アイリスちゃんの一言の後、フィンさんは天を仰いだまま動かなくなった。
父さんが離れると、そのままズルズルと床にへたり込んで行く。完全に魂抜けてる……。
そんなフィンさんの状態を見て、父さんは一つ咳払いをしてから喋り出した。
「あー、まあとりあえず事情は聞けたし、アイリスちゃんも早くお母さんに薬渡したいだろうし、今日はここらで解散としよう。アイリスちゃん、パパを連れて帰れるか?」
「うん、ちゃんとパパも連れて帰れるよ!!」
「そっか、じゃあ頼むな」
父さんがそう言うと、アイリスちゃんはうなづいて、フィンさんに「パパ立って」と一言声を掛ける。
その声に反応してか、フィンさんは生気が抜けた顔のまま、ふらふらと立ちあがる。
そんなフィンさんの手を引いて、アイリスちゃんは歩き出し、数歩歩いてから止まった。
「えっと、ネメシア君……」
アイリスちゃんは振り返り、少しもじもじとしながら声をかけてくる。
「メシアでいいよ。父さんも母さんもそう呼んでるし」
そう笑いながら言うと、「じゃ、じゃあメシア君」と少しつっかえながら言い直してくれる。素直。かわいい。
俺がそう思いながらニンマリとしていると、アイリスちゃんは少し恥ずかしそうに、それでもしっかりとこっちを見ながら言葉を紡ぐ。
「また遊びに来ても、いい……?」
ぎゅっと自分の服を握りながら、そう言うアイリスちゃん。
自然と口角が緩むのを感じながら父さんと母さんの方を見ると、父さんは頷き、母さんはグッドサインを出してくる。
それを確認してから、アイリスちゃんの方を見る。
「もちろん。今日は遊んだって感じじゃなかったし。いつでも遊びに来てよ!」
瞬間、パァッと目を輝かせて頷くアイリスちゃん。そんなアイリスちゃんを尻目に、リビングを出て玄関の方へ先に行き、ドアを開けてあげる。
少し遅れて、フィンさんを連れてきたアイリスちゃんが、ドアから外に出て、そこで再度振り返って……
「またね!!」
「うん、またね」
出会った頃が嘘のように、ブンブンと手を振ってくれる。その様子に少し笑いながら、手を振り返すと、アイリスちゃんは、フィンさんの手を引いて、帰っていった。
「いやぁ、メシア。将来のお嫁さんはもう決まったかな?」
少し見送ってドアを閉めたところで、家の中にいた父さんがニヤニヤ顔で話しかけてくる。お嫁さんて。
何か言い返そうと思ったが、なんと言えばいいかわからず、少し困ってしまう。そうこうしている間にニヤニヤしながら父さんはリビングに戻っていく。
うーん……。まだ、そういうのは考えたことなかったなぁ。まぁ嫁とかそういうのは一旦置いといてまずは友達ができたことを喜ぼう。友達を護れたことを誇ろう。
そう思いながらリビングのドアを開けようとして……
「……あれ……?」
なぜか、ドアノブを掴もうとした右手が震えていることに気づく。
(英雄たれ)
脳内にそう響き、右手の震えが止まる。
(なんだったんだ……?)
疑問に思い、右手をなんとなく翳してくまなく見てみたが特におかしいところは何もない。
疑問に思っていたら、急にリビングのドアが開いた。
「あ、メシア。夜、ちょっと話がある。ちょっと夜更かしになっちまうが頑張って起きててくれ」
ドアを開けた父さんは、それだけ言い残すと再度リビングに戻っていく。俺もドアが閉まる前にリビングに入る。
(一体なんなんだ……?)
—☆—☆—☆—
夕食は何故か喉を通らなかった。原因もわからず、一人先に風呂に入って寝室に戻る。
少ししてから、父さんと母さんも寝室に来る。
「よし、メシア、ちょっとこい」
父さんが部屋の外から手招きをしてくる。頷いて寝室から出ると、母さんだけ寝室に入っていく。
「母さんは?」
「母さんはいいんだ。これは男同士の話し合いだからな」
そう言いながら父さんは笑う。
(……何なんだろう、男同士の話って)