三 長閑な幸せのお話
三歳になると、父さんは俺に小さな刃渡り40センチほどの木剣をくれた。特に何もしていない三歳児には重く、一回振れるかどうか、といったところだった。
「おもい……」
「頑張れメシア!! 父さんと母さんが応援してるぞ!!」
「無理しちゃ駄目よ? 無理そうだったら言いなさい?」
父さんは前世で言うスポ根みたいだ。母さんは気が気でないらしく、手を出しては引っ込め、手を出しては引っ込め、と繰り返している。
この日は一回しか振れなかったが、それ以降木剣を振るのは日課になった。
初めて10回振れた時は父さんと一緒に凄く喜んで、父さんは高い高いをしてくれたり、頭をクシャッと撫でてくれたりした。前世と併せて22年。ここまでくると、親の愛をこういう風に受けるだけで涙が出てくる。
4才になると、木剣が少し長くなった。大体60センチほどのショートソードといったところだろうか。日頃の素振りもこれになり、父さんは簡単な形を教えてくれた。
……この世界に刀ってあるかなぁ……。道場で習ってたの刀だから、そっちの方が性に合うんだけども……。今度本で読んだってことにして聞いてみよう。
聞いてみた。父さんによると、持ってはいるが壊れやすいのでおすすめしない、と言われた。
駄々を捏ねてみたところ、仕方ない、と訓練用の木刀を貸してくれた。長さは70センチほどだろうか、一般的な刀の長さだ。
試しに振ってみたら少し驚かれた。父曰く此方の方が様になって見えるとのこと。そりゃこっちばかり振っていたのだから当たり前だ。寧ろ西洋剣を意識して振ったのは転生する前も含めて初めてだった。
これからの修練では木刀を使うことが決定した。父さんから刀の説明を聞いた。説明と言っても、西洋の剣みたいに丈夫では無いということと、切れ味がいいことからしっかりとした切り方等、今まで耳にたこができるほど聞いたことばっかりだ。
この世界での感覚にも少しなれてきていたので、真っ直ぐ振ること関しては苦戦しなかった。問題は止めの方で、こっちは筋力不足でまだ上手くいかない。これからの練習と筋トレによりけりと言ったところだろう。
この世界に生まれて、五回目の春が来た。俺自身も春生まれなので5歳になったばかり。
ちなみにこの世界全体で四季がある。順番も気候も日本のそれと同じだ。
この村では、生まれてから五回目の春にひとつ風習がある。
それは各家の主人と今年5歳になるであろう、子供たちで村のなかを練り歩くのだ。ここでようやく村の全貌を見ることができた。
人口100人ほどの農村ということしか知らなかったが、思いの外この村は大きかった。
北海道の農村部と言うと言い過ぎだが、畑を持っている家が多く、一つ一つの家の土地が大きいのである。
そんなわけで休み休み歩きながら色々な人たちに挨拶していく。もちろん同い年の子供たちとも会うのだが、印象としては男7割女子3割といったところで、男の子に関しては殆どの子が父さんに尊敬の眼差しを向けていた。どの世界の男の子も冒険などに憧れるらしい。殆どが子供どうしで挨拶というより、向こうの子とうちの父親との挨拶といった感じで少し微笑ましかった。
そんな感じで村をある程度歩き回った頃だったろうか、一組の親子と出会った。
「ああ、マックさんとこの子も今年でしたか」
「そうなんですよ、フィンさんとこも今年でしたか」
父さんが言うにはフィンさん一家はうちの隣らしい。
ていうか今日あった村の殆どの人は初めて会った人なんだけどね。
ちなみにフィンさんは見覚えある。庭で木刀振っていたときに何度か見掛けた。とても広い畑を必死に耕していた。トラクターなどがないこの世界では鍬などはあるものの、現代のそれとは比べ物にならないほど大変だ。見ているだけでもそれはすごくわかる。トラクターなどの知識があれば、惜し気なく知識チートでもするのだが、残念ながら冊子で見ただけで動いてるところを実際に目にしたことすらない。
現代にいたときにもっとしっかり色々と勉強しておけばよかったと思ったが、後の祭り。もう今ではどうにもならない。
「メシア、この人は隣の家に住んでいるフィンさんだ」
「こんにちわ!! ネメシアです!!」
取り敢えず挨拶だ。今さら後悔したって何にもならない。だったら今は少しでも人と関係を築くのが最善手だろう。
「ネメシア、かぁ……希望の花……うん、いい名前だ」
そうしみじみと言ったフィンさんは屈んでこちらに手を差し出してきた。
「よろしく、ネメシア君」
「こちらこそよろしくお願いします!!」
笑顔でその手を握る。フィンさんもにっこりとひとつ微笑んで手を離し立ち上がった。
「それじゃあうちの子も紹介しないとね。ほらアイリス。挨拶しなきゃ」
そういいながらフィンさんは自身の後ろに隠れている少女を前に押しやる。
だがその少女は前に出てくるとその綺麗な金色の髪をたなびかせ、すぐにまたフィンさんの後ろに隠れてしまう。
「すみませんね、うちの子少し恥ずかしがり屋で……」
そう笑いながらフィンさんが謝る。父さんがそれに応じている間に、俺はフィンさんの後ろ側に回る。フィンさんの服に顔まで埋めてくっついている少女がいた。
「初めまして!! アイリス、だったよね!! 俺はネメシア。よろしく!!」
そういいながらにんまりと笑い、手を差し出す。
「よ、よろしく……」
その少女は埋めていた顔を出して、少し上目遣いでこちらの差し出した手を握る。
あ、やっぱりこの子スゲエ可愛い。綺麗な金髪にしっかりとした碧眼。恥ずかしいのか上気した頬は桜色に染まっている。眼尻は吊りでも垂れでもない絶妙な感覚を保っている。
端的に言うと天使、大きくなったら絶対この子モテる。すごく可愛い。
とってもなでなでしたい気持ちに駈られたが、そこは我慢。
「おお、アイリスが握手に応じるなんて珍しいね。今日いろんな子に求められたのに全部断ってきたんだよ」
そう苦笑いを浮かべるフィンさん。
おお、ということは俺はレアケースか。ちょっと嬉しい。
そう思っていると父さんに背中を叩かれた。驚いて父さんを見ると、顔が完全ににやけている。
いつか絶対木刀で一撃いれてやる。まだ組手もしたことないがそう決めた。
そんなこんなでフィンさん達と別れた。その後の道のりでも、様々な親子に出会った。
父さんは村人達と実にいい関係を築けているようで、出会った全ての一家は変に下手に出ることも無く、かといって尊大な訳でもない。強いて言えば友達のような距離感を保っていた。
そんな感じで村一周したところで、家のすぐ近くにある森の入り口で父さんの足が止まった。
「メシア、この森の名前、分かるか?」
「えっと……確か、オプファー、だっけ」
「そうだ。メシア、絶対にこの森には入るなよ。魔物がでるからな」
この世界でも他の剣と魔法の世界に漏れなく、魔物などは出る。説明は最早不要だろう。ゴブリンだとかスライムだとかも、もちろんこの世界にいるらしい。まだ見たことはないが。
「父さんはこの森に良く入るの?」
「ああ。父さんの仕事は森で魔物を倒すことだからな」
ワシワシと俺の頭を撫でながら父さんは笑う。この世界での冒険者は名前の通り世界中を冒険する人もいれば父さんのように、傭兵稼業を主にしている人も居る。結構仕事の幅が広い職業だ。まぁ、お馴染みの等級付きらしく、等級の低い人は暮らしていけないレベルらしいが。その点父さんは三人家族を十分回せるほど儲かっているのだから、冒険者という職業の中でまぁまぁ上の方だと言うことがよく分かる。
「村も一周したし、そろそろ帰るかメシア」
「うん!」
ワシワシと俺の頭を撫でていた手を下ろし、父さんが言う。俺はその言葉に頷いて、父さんと二人で歩き出す。
元の世界での俺には無かった幸せが、確かに今、ここにあった。