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Curse of the Hero  作者: 化廼 信乃
第一章 メシア
2/7

一 生まれ変わるお話

「……あっつ」


 ギラギラと照りつける太陽、そしてアスファルトの照り返し。少し遠くでは馴染みの魚屋が打ち水をしている、そんなお昼まっただ中。現在営業で外回りの途中である俺の足は完全に止まっていた。聞くところによると、今日の気温は35度まで上がるらしい。とんでもない猛暑だ。ヒートアイランド現象ふざけんな。地球温暖化許さない。大体、なんで徒歩なんだよ。次の家までどれだけ距離あると思ってやがる。電車くらい使わせて欲しい。


 と、心の中で愚痴を言っても仕事は終わらない。今日何度目か分からないため息をついて、手にもった翼をくれる飲み物を一息に飲み干す。違う意味で翼が生えそうだ。近くのゴミ箱に飲み終わった缶を捨て、また歩き出す。


 今日中にあと十件ほど回らなくてはいけないのだ。こんなところで油を売っている暇は無い。

 再度ため息をつき、一回伸びて、今までよりも早歩きで歩き出す。


「見てみてー!! ホラ、『最強英雄 セイヴァー!!』のベルト!!」

「うわーいいなーカッケー!!」


 向かいの歩道では、5歳くらいの少年が周りの仲間に最近のヒーロー物のベルトを自慢している。

 『最強英雄 セイヴァー!!』は、その名の通り最強の主人公セイヴァーがどんな怪物でもノーダメージで倒す、爽快感のある特撮だ。記録によると、特撮では過去最高の視聴率をマークしているらしい。ちなみに俺は三話で飽きてしまいもう見ていない。

 やっぱり俺は強いヒーローよりも弱いヒーローの方が好きなようだ。強すぎると人間味が薄れるし、弱い方が精神的な葛藤にドラマが生まれる。


 子供の笑い声をバックにそんなことを考えて、自嘲気味にフッと笑ってしまう。


 何時からだろうか。ヒーローになるという決意が、ただのヒーローオタクになったのは。

 何時からだろうか。こんなに停滞し始めたのは。


 現実では怪物も、悪の組織もいない。そんなのは分かってる。犯罪は被害者以外の目の前では殆ど起こらない。分かってる。


 それでもヒーローを目指していた筈なのに。


「ちょっと貸してー!!」

「いいよー。ホラ」


 向かいの歩道では、少年が他の友達にベルトを貸している。その友達はベルトをしげしげと眺めながら再度歩き出す。


 現実ではヒーローなど必要がないのだ。ヒーローがヒーローでいられるのは物語の中だけだから。そんなことも分かっている。

 でも、だから時々あるヒーローが必要な瞬間は全て素通りされ、悲劇が生まれる。もし、現実でヒーローになれる可能性がある瞬間はその時ぐらいなもんだろう。


(中々どうして、上手くいかないよなぁ……)


 もう今日だけで二桁は行くだろうため息を吐き、いつの間にか思考の波に止められていた足を再度動かす。


 「うわっ!?」


 反対側の歩道からそんな声が聞こえる。見てみるとどうやら、ベルトを手に持っていた子が転んだらしい。そう。もっていただ。

 その両手には既にベルトは無い。転んだ衝撃でどこかにすっ飛んだらしい。その在処を見つけたのは、元々所持していた少年だった。


「もう、気をつけてよー」


 そのまま少年は飛んでいったベルトを取ろうと、()()に出た。最悪なことに、乗用車が走ってきている。その車は余所見でもしているのか、一切少年に気づかず、逆に加速している。


「おいおいッ……」


 このままじゃ少年が轢かれる。幸いなことにこっち側の車道は丁度車が走っていって途切れている。向こうまで走って行くことは可能だ。

 咄嗟に持っていたバッグを投げ捨て、ガードレールを跳び越えて車道に躍り出る。

 

 既に車と少年は目と鼻の先。間に合わないか――いや、間に合わせる。

 ヒーローを志していた時、学んだことは今では訳に経たない技能が多い。実家の道場で学んだ格闘術などは一切役に立たない。

 だが、その代わり武術で培った運動能力はとても役に立つ!!


「ぬぅあああああ!!」


 とっさに前に飛び、少年を突き飛ばす。軽い少年の体が空中に浮き、歩道のすぐ手前に堕ちる。幸い頭はぶつけなかったようだ。そこまで確認してから、体に襲ってきたとてつもなく大きい衝撃が一瞬で意識を刈り取っていった。



―☆―☆―☆―



 気づいたら俺は、真っ白い空間を漂っていた。上下左右全ての感覚がわからず、自分は今どの方角を向いているのか、上を向いているのか、下を向いているのか。それらすらもわからない。


 わかるのは、すべてが白に塗りつぶされたこの異様な空間だけ。たまらず叫び出しそうになる。


 ドクドクとうるさい心臓を目を瞑って何も見ず、深呼吸をすることで平常に戻す。思い出せ。ここにくる前は何があった。


 確か俺は外回りに出ていたはず。歩いているところでセイヴァーのベルトを持った子供たちを見つけた。んで、その子が転んでセイヴァーのベルトが車道に出て、そうだ。それで他の子供がベルトを取りに行って轢かれかけたところで俺が突き飛ばして……。


(そっか……俺轢かれて……)


 割と平静を保てていることに少し驚く。意識ははっきりとしていて、ここが夢ではないことを教えてくれる。

 体は思い通りに動くし、凄まじい勢いで衝突したにも関わらず擦り傷一つとして無い、体は至って健康体だ。あれだけあった怠さも綺麗さっぱり消えている。


 理由も何もわからないが、体がどうもなっていないことはわかった。となると、次に考えるべきはこの場所だろうか。

 とはいっても、こんな真っ白で薄気味悪い場所、生まれてこの方見たことない。聞いたことがあるとすれば、最近流行りの、小説の中だけだ。確か現世で死んだ人間が異世界へ行って活躍するとかそんな内容だったはず。その人間が異世界へ飛ばされる前に世界と世界の狭間といえばいいのだろうか、そんな場所に迷い込むのだ。その空間によく似ている……気がする。


 そんなことを考えていた時だった。


『へえ、君の世界じゃそんな物語が流行っているのかい。世も末だねえ』


「ッ!?」


 そんな声が響いた。まるでこの空間自体が発声したかのように、一定の方向からではなく、全方位から声が響く。

 

 だが驚くべきはそこではない。

 俺は、まだ一言も発声していない。声に出していないのだ。つまりはーー


(ーー心を読まれた?)


『驚かせてしまったみたいだね。この空間は少し特殊でね。君は声に出そうが出すまいが考えることが全てこちらに伝わるのさ。さて、早速で悪いんだけど、君には二つ理解していてもらいたい事実があるんだ。いいかな?』


 正直なところ、全然理解が追いつかない。しかし、それでも、ここでするべきは質問することではなく、この問いに頷くことだということはわかった。


「……お願いします」


『うん、話がはやくて助かるよ。じゃあまず一つ目から行こうか。ここは地球じゃない。もちろん、宇宙だとかそういう概念ですらもない。文字通り世界が違う。君たちの言葉で言う……うん、”異世界”だ。君は自分の世界から転がり落ちてここにきたんだ』


 異世界というものに理解がないわけではない。昨今の小説ではそういうのが流行していたし、俺も読んでいた。


 それでも、それはあくまでフィクションだ。現実で起こり得ることではない。ないはずだった。

 それが起こってしまった。現実で。しかも自分の世界から転がり落ちてってどういうことだよ。原因の心当たりがあってもまるで意味がわからない。


『混乱しているところ悪いんだけど、二つ目を言ってもいいかな?』


 律儀にも確認を取ってくる謎の存在に「お願いします」とだけ返す。もうわけがわからない。

 

『うん、じゃあ二つ目だ。君は既に……死んでいる』


「……」


『あれ、そんなに驚かないんだね?』

 

 驚いてはいる。でもそれ以上に、納得できてしまった。


『そっか。まぁ、理解できなくてもいい。ここは君のいた場所じゃない。そして君が元いた場所では君はもう死んでいる。それが事実なんだ』


 言葉はそこで一度途切れた。


『その上で、君に質問したい。君は、元いた世界に未練はあるかい? 戻りたいと、そう思うかい?』


 未練……。未練自体はある。彼女の墓参りに最近行けてないことだったり、結局まだヒーローになれていないことだったり、失踪した親父を探しに行けてないことだったり。


 だけど、戻りたいかと聞かれれば、答えは決まっている。


「戻りたいとは思わない」


 あの世界で。俺はもう、理想と現実の狭間で徐々に夢が腐っていくような日々を過ごしたくはない。


『そうかい?……そうかい。ははは、確かに君の世界では、君の思うヒーローとやらは必要がないからねえ』


 意味深に二回言って、謎の存在は笑う。


『そんな君にお願いだ。異世界へ旅立ってくれないか。剣と魔法のファンタジー。君たちが大好きそうな世界だ。そこでなら、君のその英雄願望、叶うかもしれないよ』

 

「わかりました」


『……そうかい。じゃあ、行ってもらう世界の説明をするよ。世界の名は|《Blessed curse》。君が夢見る剣と魔法、それにカースと呼ばれるスキルが鍵を握る世界だね』


 カース......カースって何だっけ。確か英語だった気がするが......。駄目だ、英語万年1だった俺じゃ思い出せない。


『君には何個かカース、つまりスキルを与えてこの世界に送ることになる。何か質問はあるかい? 無ければもう転生することになるけど......』


 ということはここが最後の質疑応答タイムか。これで最後なら色々質問させて貰おう。


「なら質問ですが――」


―☆―☆―☆―


『――と、言うわけで他に質問はあるかい?』

「いえ、以上です。」


 取りあえず現状思いつくことは全て聞いた。全部覚え切れているかは分からないが、転生直後は赤子らしいので、親に聞けばいいだろう。転生後も人間らしいし。


『そうかい。じゃあ君には何個かカースを与えるとしよう。それを手に持って』


 そんな言葉とともに、何処からともかく、金色に輝く何かがふわふわと漂ってくる。それを両手で包むと、それは手のひらに溶けてゆくように姿を消した。


「......なんともないんですが」

『いや。確かに今カースは君の体に宿った。向こうの世界に行ったらまずステータスを確認するといい。オープンと念じれば出てくるはずだから』


 ステータスという概念があるのはすでに聞いているので特に驚きはしない。


『それじゃあ、いい異世界ライフを楽しんでくるといい』


 そんな声とともに俺の意識は闇に堕ちた。



ー☆ー☆ー☆ー


『英雄願望の青年、か……。残念だけど、君は英雄にはなれないよ』

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