零の物語
俺は、ヒーローになりたかった。大切な人を何からも護り抜き、笑わせてあげられる、そんなヒーローになりたかったんだ。
何故そう思ったのかは今でも覚えている。大多数と同じように、幼い頃に憧れたのだ。
当時は『ロストヒーロー メシア』という特撮物のヒーロー番組が放送されていた。ヒーロー物が段々子供狙いから大人狙いへと移り変わっていく今この頃らしく少々ブラックな内容の特撮番組だったのだが、その番組の内容を軽く伝えると、ヒロインが敵の組織に狙われており、ヒロインを護るためにヒーローがその組織と戦うという王道物だ。
では何がブラックなのかというと、この特撮バンバン人が死んでいくのだ。主人公の大事な友人や、仲良くなった軍人、それらの人達がヒーローの力不足で死んでゆく。それでもヒーローは精神も肉体も傷だらけになりながらヒロインを護るために戦う。最終話など、体中に包帯を巻き付け、変身した後の装甲すら半壊、顔など半分は露出していた。そんな傷だらけの姿でラスボスと戦っていた。
その孤高な姿が、童心に響いた。その背中が格好いいと思った。俺も、何時かこんな男にと願った。願ってしまった。
この夢が、呪いとなり、固まったのは中学生のころだ。
当時仲の良かった少女がいた。家も隣で、所謂幼なじみってやつだ。人当たりのいい子で、当時にしては珍しく男女の壁を作らず隔たりの無い女子だった。今だから言えるのだが、当時、俺は彼女が好きだった。
その彼女が、誘拐され、乱暴された。
見つかった彼女は生きてはいたが、状態は酷いものだったらしい。俺や、学校のみんなは彼女の家に行くことを禁止された。
数日後、ようやく学校に来た彼女はとてもやつれていて、男の先生を明らかに怖がったり、とにかく普通では無くなっていた。
俺は彼女に笑って欲しくて、ただバカをやった。色々した。彼女の前でわざと転んで、水の入ったバケツに頭を突っ込んだり、可笑しな動きをしてみたり。幸いなことに昔から付き合いがあるおかげか、彼女は俺にだけは心を開いてくれて、時々ではあるが笑ってくれた。それが何よりも、何よりもうれしくて、またバカをして。
気づいたら、俺の机には沢山の悪意が刻まれた。
彼女は心配そうに俺を見る。違う。俺が欲しいのはその感情じゃない。
その日の夜、その子と話した。
私は生きていていいのかな。彼女はそう言った。
生きていて欲しい。笑って欲しい。俺はそう言った。
翌日、彼女は亡くなった。
全てが真っ白に染まった気がした。彼女がいなくなった。何故だかわからなかった。子供だったこともあって、死という概念に触れたのは初めてだったのだ。
あんなに笑顔にしたかった顔はもう、笑ってはくれない。あの心配そうな眼すらもう見ることが出来ない。
狂ったように泣き叫んで、いろんな物に当たり散らし、自分の体さえも傷つけた。でも、それでも、どんなに泣き叫んでも、どんなに当たり散らしても、どんな痛みを体に刻んでも、彼女を失った痛みは癒えない、消えない、和らいでもくれない。
こんなに辛いとは思わなかった。こんなに苦しいとは思わなかった。机などに刻まれた悪意などとは比べものにならなかった。
死因は高所から飛び降りたことによる、外傷性ショック死だったらしい。
難しいことを言っていて良く理解は出来なかったが、彼女は、自分で死を選んだことだけはわかった。
わからなかった。理解が及ばなかった。何故、彼女が自分で命を絶ったのか。その前日まではしっかりと話していたのだ。少しとは言え笑ってくれたのだ。その彼女が何故。
お葬式の時、彼女の両親に言われた。「人殺し」と。聞くところによると、彼女は俺がいじめにあっていたのは、自分のせいだと考えてしまったらしい。自分を元気づけるための行動が原因でいじめを受けた、と。
俺が彼女を元気にするためにとった行動は全て逆効果だった。
何だこれは。俺はただ、彼女に笑って欲しかっただけなんだ。何でそれで彼女が死ななければならない? メチャクチャだ。ふざけるな。こんなの認められない認めたくない。彼女が「たっくん」と笑いながら呼んでくれることがもう二度と無いなんて。
俺はただ、彼女に笑って欲しくて。元の笑うとかわいい彼女に戻って欲しくて。何なんだ何でこうなったふざけるなふざけるなふざけるな!!
何でだどこで間違えたわからないわからないわからない。口からエラーをはき出す。
俺の机に刻まれる悪意はエスカレートしていって、終いには『人殺し』とまで書かれた。
先生には暫く学校を休むように言われた。俺は黙ってそれに従った。
……学校に行かなくなってから、ただひたすら考えた。俺は何故間違ったのか。メシアでも同じ行動をした筈だ。ただ一つ違うところがあれば、俺は彼女を護れなかったところだろう。
メシアだったら、彼女を事前に護れたのだろうか。
メシアだったら、彼女が辛い思いをせず済んだのだろうか。
……メシアだったら、彼女は死なずにすんだのだろうか。
だったら、ならねばならない。メシアに、ヒーローに。もう二度と彼女のようなことが起きないように。
俺は、ヒーローになる。