08.お前の世界って、ハゲ先進世界なんだな!
本日2話目です。
「なあなあ、お前、毎朝何やってるんだ?」
「私も気になっていました。何をしているんですか?」
旅が始まって、三日目の朝。
レンが、宿屋で朝の日課である頭皮マッサージをしていると、ベッドで寝転がっていたダリオとエリアスが尋ねてきた。
こっちは薄毛の研究が進んでないんだったな。と、思いながら、レンは答えた。
「ああ、これは頭皮マッサージだ。抜け毛が減るんだよ」
二人がガバっと飛び起きた。
「え! マジで減るのか!? 揉むだけで?」
「それは本当ですか!?」
「ああ。本当だ。朝起きた時、ピーク時は枕に八十本近い毛が付いてたんだが、今は二十本前後で落ち着いてる」
レンの答えに、二人が一気に前のめりになった。
「四分の一じゃねーか! すげーな!」
「どうやるんですか?」
「こう、指の腹を使ってだな……」
柔らかな朝の光の中、真面目に頭皮マッサージをする、ダリオとエリアス。
同じくマッサージをしながら、レンは日本で学んだ発毛の仕組みを解説した。
髪には一定の寿命があり、成長したあと自然に抜け、再び同じ毛穴から新しい毛髪が生えること。
これを、ヘアサイクルと呼び、このサイクルが狂うことにより薄毛になること。
「なんつーか、異世界って凄いんだな」
しみじみと言うダリオに、レンが頷いた。
「ああ。ハゲに関しての研究はかなり進んでいる。自毛にダミーの髪の毛を結び付けて増毛する方法とかもあるぞ」
「それスゲーな! ハゲ先進世界だ!」
「人々のたゆまぬ研究と研鑽が生んだ奇跡の技術ですね。素晴らしいことです」
頭を揉みながら感心する二人。
――とまあ、こんな感じで。
レンが、ハゲ知識チートを披露したり。
毎朝、三人並んで頭皮マッサージをしたり。
楽しく進んでいく旅。
色々なことがあった。
エリアスが、悪徳商人の口車に乗せられて、馬鹿高いハゲ治療魔道具を買おうとしたり。
ダリオが、頭皮に良いとされる海藻を食べ過ぎて、お腹をこわしたり。
「レン様。あなたは勇者です」と言い張る美女に、バンダナを外して見せたら、「違いました。ごめんなさい」と、気の毒そうな顔で謝られたり。
時には涙で枕を濡らすこともあったりしたが、概ね旅は順調。
――そして、三か月後。
三人は、ついにフサット盆地に一番近い街に到着した。
*
夜。
宿屋の部屋で、三人は作戦会議をしていた。
レンが、テーブルの上に地図を広げた。
「街の人の話によると、ここからフサット盆地に入る旧坑道まで、馬車で半日だそうだ。行くには許可証が必要らしいが、ここはツルッパーゲ侯爵がやってくれている。――ただ、朝も言ったが、旧坑道はダンジョン化しているらしい」
ダリオが、乾燥わかめを食べながら、口を開いた。
「俺は、坑道ダンジョンについて調べてきた。出現魔獣は主にBランク。一本道だから迷いはしないだろうが、とにかく長い。抜けるまで、少なくても一日はかかる」
エリアスが、頭皮を指先でマッサージしながら言った。
「このへんにいる渡り鳥に話を聞いてみたのですが、フサット盆地には、A級以上の魔獣が多くいるそうです。中にはキングオークもいるとか。それらは恐らく元魔王城を根城にしている可能性が高いかと」
「キングオークか。集団戦を仕掛けられると厄介だな」
顔をしかめるダリオ。
「腐っても元魔王城だしな。勇者達が作った地図があるとはいえ、攻略に一週間は見た方が良いと思うぜ」
「私も同意見です」
二人の言葉を聞きながら、レンが紙に数字を書いた。
「坑道入り口まで往復一日、坑道を通り抜けるのに往復二日、塔の攻略に七日、予備に五日。……二週間ちょいってとこか」
そうだな、と、頷くダリオとエリアス。
「準備はしっかりやらねえとな。簡単に街に戻れねえからな」
「邪竜との戦いもありますし、万全な体制で臨むべきです」
「よし。じゃあ、これまでの戦闘を踏まえて、総合的に何が必要かを話し合おう」
「「賛成!」」
その後、三人は夜更けまで真剣に相談。
ああだこうだと案を出し合う。
そして、『このパーティ最大の弱点を克服する必要がある!』という結論に至り。
翌日、朝一で街の仕立て屋にダッシュして、下記二つを依頼した。
1.エリアス愛用の帽子に、顎の下でしっかり結べる丈夫な紐をつける
2.ダリオのローブのフードを紐で絞れるように仕立て直す
装備の改造により、弱点である風に対する耐性をつける作戦だ。
しかし、
「……すみません、お客様。うちみたいな田舎の仕立て屋じゃあ歯が立ちません。こんな凄い装備の加工は無理です」
と、申し訳なさそうに謝られ。
隣の大きな街まで行く羽目になってしまった。
結局、二週間かかった。
フサット盆地の冒険はまだ始まらない。