02.最強より再生だ
本日2話目です。
「……いや、これマジかよ」
朝の洗面所の床がピカーッと光った、数秒後。
薄暗い森の中で、レンは呆然と立ち尽くしていた。
周囲には、見たことがない巨大な植物が生い茂っており、足元には、これまた見たことのない不気味な色の花が咲いている。
「……これって、どう考えても異世界召喚だよな?」
今は普通に社会人をやっている蓮も、中二だった頃がある。
異世界物のラノベを読みふけったり、活躍する自分を想像したり、黒いノートを作ったりと、人並み以上に妄想してきた。
その知識を踏まえて思うのは、
「これはハードモード過ぎるだろ!」
スタートは、得体のしれない深い森の中。
初期装備は、Tシャツ、短パン、100円均一で買ったスリッパ。
しかも、手ぶらでハゲ。
「そもそも、ここが一体どういう世界かも分からないし」
地球のように、動物しかいない世界ならまだいい。
もしも、魔獣がいるナーロッパ的世界だったら、今の状況は確実にヤバい。
「と、とりあえず、森から出て、第一村人を探さないと」
明るいうちに動こうと、蓮はスリッパを履いた足を踏み出した。
そして、「ケチらないでもっと高いスリッパ買えば良かった」と若干後悔していた、その時。
グルルルル
突然、聞いたことがないような唸り声が森の中に響き渡った。
とっさに身構えて、声の方に体を向ける蓮。
そこには、見上げるように大きな熊っぽい何かが立っていた。
「……っ!」
目を見開いて後ずさりする蓮。
そして、
ガアアアアッ!
熊が恐ろしい声を上げながら突進してきた。
「やばい! やられる!」
両腕で頭を守りながら、蓮は激しく後悔した。
こんなことになるなら、七瀬さんと一回くらいデートしとくんだった。
発毛時間を稼ぐためにデートを先延ばしにするなんて、なんて馬鹿なことをしたんだ、と。
――と、その時。
「そこのおぬし! 下がっておれ!」
何かが目の前を横切った。
ギャアアアア!
胸から血を噴出しながら、断末魔を上げて倒れる熊。
その何かー-スキンヘッドの老人は、カチンと刀をしまうと、呆気に取られて立ち尽くす蓮を振り返った。
「危ないところだったの、若いの。大事はないか?」
*
三十分後。
蓮は、森の奥の空き地にひっそりと建つ、木で出来た小さな家にいた。
薄毛……ではなく、薄着の蓮を見かねた老人が、自宅に招いてくれたのだ。
「まずは自己紹介しようかの。わしの名前は、ライト。この森に住んでいるしがないジジイじゃ」
「工藤蓮です。助けて頂いてありがとうございます。見事な剣術、びっくりしました」
「昔取った杵柄ってやつじゃの」
老人ライトは、二十年ほど前まで騎士団長を務めていたらしい。
今は引退したジジイだと謙遜するが、その目は強い。
「して、お前さんは、そんな軽装で何をしていたんじゃ?」
かくかくしかじか、と、事情を話す蓮。
頭頂部をなでながら、ライトが考え込んだ。
「恐らくだが、お前さんは、『落ち人』か『勇者』のどちらかじゃな」
「その二つ、何が違うんですか?」
「『勇者』は、女神が自ら選んだ人間をこの世界に送り込むと聞く。『落ち人』は、穴に落ちたような感じじゃな」
俺はどちらでしょう、と、問う蓮に、ライトは少し考えて口を開いた。
「……まあ、多分『落ち人』じゃろな」
何となく頭部をチラ見された気もしたが、考え過ぎだということにする蓮。
ライトの話によると、落ち人の場合は、十から二十年で元の世界に戻るらしい。
「再びこの世界に来た落ち人の話によると、向こうで過ぎた時間は数日じゃったそうだ」
さすがに魔法や技は使えなかったが、異世界で鍛えた筋力などは日本でもそのままだったらしい。
レンはホッとした。
日本での時間経過が数日であれば問題ない。
年は取らず、鍛えた分だけが反映されるのも魅力的だ。
何より、来週末に予定している七瀬とのデートに間に合いそうなのが素晴らしい!
その後、二人は相談。
「これも乗り掛かった舟。面倒を見てやろう」と言うライトの言葉に甘え、蓮はしばらくお世話になることにした。
*
この世界には、「ジョブ」というものがあり、そのジョブに沿った能力が使える仕組みになっている。
ジョブがどうやって分かるかというと、「鑑定」。
「鑑定士」に見てもらい、身分証を作ってもらうのだ。
ちなみに、異世界転移してきてすぐの蓮は下記であった。
――――――
名前 : レン・クドウ
ジョブ: 剣使い見習い(初級)
称号 : なし
――――――
レンのジョブが剣士系だと分かり、ライトは大喜びで稽古をつけ始めた。
中学、高校と剣道部だったお陰もあり、どんどん強くなるレン。
自分の成長に喜びを感じつつも、彼はどことなく物足りなさを感じていた。
「十年以上いるんなら、なんか目標みたいなもんが欲しいよな」
『勇者』だったら、魔王討伐が目標になるのだろうが、レンはただの『落ち人』。
目標は自分で見つけなければならない。
「冒険者になって、ランクを上げることかな? 金を貯めて、王都に家を買うとか? やっぱり最強を目指すべきなんだろうか」
昔読んだラノベを参考に、色々と考えてみるレン。
そんな彼に、転機が訪れた。
異世界に来て、二カ月目。
森に行ったライトが、大ケガをして帰って来たのだ。
どうやら強力な魔獣と戦ったらしい。
「た、大変だっ!」
傷の深さに慌てるレン。
ライトは、落ち着いてレンを制止。
棚の中にしまってあった透明の小瓶を取り出すと、ラメが少し混ざっているように見える透明の液体を傷口にかけた。
ジュワッ
白い煙と共に、癒えていく傷。
「え!?」
見たこともない光景に、ポカンとするレン。
ライトが言った。
「これはポーションじゃ。まあ、下級じゃから、そこまでの効果はないがの」
レンは驚いた。
魔法があるのは知っていたが、まさかポーションまで存在するとは。
「でも、雑貨屋には売っていませんでしたよね」
「ポーションは、下級でも庶民の一か月分の生活費ほどする。見える場所にはおいておらんよ。
特級ポーションにもなると、王都で一等地の家が買えるほどじゃが、ちぎれた腕を生やせるほどの効果がある」
「……っ!!!」
レンは雷に打たれたような衝撃を受けた。
ちぎれた腕が生えてくるのであれば、なくなった毛根も復活するのではないだろうか、と。
「師匠は、その……、特級ポーションを使ったことはないのですか?」
さすがに、『頭に』とは言えず、遠回しに質問をするレン。
ライトは頷いた。
「あるぞい。若い頃に、腹に穴が開いたときに使ったことがある、ありゃすごいぞ。向こうが見えるほどの大きな穴が、翌日にはふさがっとった」
レンは確信した。
内臓が復活するのだ。
毛根が復活しない訳がない!
(やばい! 興奮してきた!)
幸い、この世界にはあと十年以上いる。
冒険者になってお金を貯め、特級ポーションを購入。
ふさふさの状態で日本に帰れば、海にだってプールにだって、絶叫マシンにだって乗れる!
「決まりだ。最強より再生だ。俺は毛根復活を目指す!」
やる気に満ち溢れるレン。
これで、『好きな女の子を好きな場所にも連れていけない男』は卒業だ!
かくして、レンの再生を目指した異世界冒険譚が始まった。
後ほど、もう1話投稿します。