11.誰だ、お前
本日2話目です。
塔に入ってから数時間後。
目的地である空中庭園の一つ下、神殿風の階層にて。
三人は深刻な顔で、石造りの床に伸びている巨大な生き物をながめていた。
「これって、邪竜、だよな?」
レンの問いに、エリアスが頷いた。
「黒い竜は邪竜しかいませんから、間違いなく邪竜ですね」
「おいおい、マジかよ。なんで死んでるんだよ」
「もしかして、火でやられたのでしょうか」
「いや、そりゃないだろ。竜種は馬鹿みたいに鱗が丈夫だから、ちょっとくらい火にあぶられたってダメージはねえ」
二人の会話を聞きながら、レンは腕を組んで考え込んだ。
ここは空中庭園の一つ下のフロア。
結界で囲った中での最上階。――ということは、恐らく、真実は一つ。
レンはゆっくりと口を開いた。
「多分だけど、『一酸化炭素中毒』なんじゃないかと思う」
「いっさんか……、なんだそれ?」
「物を燃やすと発生する有害物質だ。空気より軽くて上にたまる性質があるから、最上階にいた邪竜はもろにダメージを受けたんじゃないかと」
説明しながら、レンは思った。
邪竜が一酸化炭素中毒。
竜って肺呼吸だったんだな、と。
まあ、別に肺呼吸じゃなくてエラ呼吸でも一酸化炭素中毒にはなるのだが、そんなことに気が付かないほど、レンには気になることがあった。
「これが邪竜なら、この上にいるモノは何なんだ? 邪竜じゃないってことだよな?」
「俺も気になってる。俺はアレが邪竜だと思ってたからな」
「同じくです。この感じ、どう考えても只者ではありませんからね」
煤で黒くなった天井を見上げる三人。
上から感じるのは、強者の気配。
「どうする。いずれにせよ、何がいるか確認する必要があるよな」
レンの問いに、二人が頷いた。
「そうですね。見ないことには何とも言えませんしね」
「んだな。とりあえず行くだけ行ってみようぜ。で、ヤバかったら逃げる。
――それに、ここまで来て、エリクサーチャレンジしないで帰るとか、俺には無理だわ」
「実を言うと、私もです」
「俺もだ」
顔を見合わせて「だよな」と、笑う三人。
三人は少し休憩した後、空中庭園に向かうことにした。
*
「来たか。侵入者め。よくぞ我が復活を見破った!
それと、お前ら! 火を放つとかありえないだろ! 下からちゃんと攻略してこいよ!」
今にも雨が降り出しそうな曇天の下。
三人は、素晴らしく眺めの良い空中庭園で、一人の激おこの男と対峙していた。
長身に、黒いマント。
真っ黒なカリフラワーのようなもっさり髪に、赤い瞳。
漫画によく出てくる悪魔っぽいな、と思いながら、レンがダリオに囁いた。
「なあ、あれ誰だ?」
「全然分からねえ。てか、人がいるとか意味不明すぎるだろ」
戸惑ったように答えるダリオ。
エリアスが考え込むような顔をしながら呟いた。
「あの男、どこかで見たことある気がするのですが、どうしても思い出せないのですよね……」
と、その時。
ヒュウッ
山からの風が、男の髪の毛をなびかせた。
黒髪の下から現れたのは、耳の上に生えている二本の黒い角。
エリアスが目を見開いた。
「あ! あの角! あれ、魔王です! 髪の毛が生えていたので気が付きませんでした!」
ダリオが真顔で頷いた。
「言われてみればそれっぽいな。髪さえなけりゃ、絵で見た魔王と同じだ」
「エリクサーで毛が生えるのは間違いないようですね」
密かに「撤退するぞ」と合図を送りながら、レンが尋ねた。
「ヅラって線はないのか」
「かなりの強風でも大丈夫でしたから、多分地毛でしょう」
「だな。そもそも、こんな鳥しか見ねーような場所で、わざわざヅラなんてかぶらねーよ」
そろりそろりと出口に向かって後退しながら、会話を続ける三人。
ヅラ疑惑がかけられているなど露知らず、魔王がにやりと笑った。
「ふん。作戦会議か。こざかしいことよ。確かに我はまだ復活して間もない。力も満ちておらぬ。しかし、冒険者ごときに遅れは取らん! 挑んできたことを後悔するがいい!」
魔王の空気が一気に変わる。
レンは刀を抜いて叫んだ。
「ちっ! 間に合わないか! くるぞっ!」
壮絶な戦いが始まった。
早いもので、この物語もあと4話です。