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陸上特別高校  作者: 二夜原 霞
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松葉と小川

日課のクロスカントリーの最中、小川は少しばかりの困惑を覚えていた。


「……」


いつも通り走る自分の後ろ、数メートルほどの距離を松葉が走っている。

入学後すぐに陸特の敷地である小山でのクロスカントリーを初めて既に一週間ほどが経過しているが、松葉と遭遇するのはこれが初めてだった。

少なくとも小川の知る限り松葉は練習熱心な方ではない。

生まれ持った才能と体格の良さを生かしてはいるが、走るということ自体への熱意や勝利への執着という点なら寄木や沢口の方がよほど上だろうと思えるような人物だ。

それがどういうわけか、今日は小川の後を一定の距離を保って走っていた。

何か言いたいことでもあるのだろうか、とも思ったが、彼が自主トレをしているだけなら話しかけるのは寧ろ邪魔になるだろうか、とも小川は考えた。

そもそも陸上の練習となると大抵は皆無言だ。

何しろ走っている最中は呼吸のペースも非常に重要になってくる。

息を吸う、吐く、そのタイミングを常に一定に保たないと体の疲労はどんどん増していく。

軍隊などでは肺活量を鍛えるためにわざと歌いながら走るということもあるらしいが、少なくとも陸上競技の練習では一般的ではない。

しばらく走って小山の中腹辺りにある休憩用の東屋を見つけたことで小川は漸くスピードを落としていった。

少し息を吐き出しながら小川が振り返ると松葉も東屋までつくと息を整えながら休んでいた。


「何か用か?」

「……お前さあ、ムカつくんだよ」


小川は唐突に言われた言葉の意味が今一つ理解できずに首を傾げていた。

ムカつく、と言われても自分は松葉に何かしただろうか?という気持ちがある。

走りがつまらない、とは言ったがそれは事実だろう。

奇抜なフォームではあるが速度は自分よりも劣っていたし、練習をさぼるような状況ではこれからどんどん自分との差は開いていく。

だから、松葉は競い合う相手にはならない、つまらない選手だと思っている。

だが、松葉は不満そうな顔をしていた。


「怪物ってあだ名なんだろ? 地方で昇一叔父さんのレコード越えたからって」

「……らしいな。 あだ名に興味はないが、記録は事実だ」

「だからって陸ちゃんに付きまとったり、俺に喧嘩売ってきたりよぉ……お前、まじでイラつくんだよ」

「別に松葉に喧嘩を売ったつもりはないが」

「はあ? 退屈だって言ってたじゃねえかよ。 松葉のくせにって」

「ああ……」


退屈だと、そういったことに対しての不満があったらしい。

陸上の名門松葉の出身ということも確かに口にした。

はやての父である松葉 奏は優秀な陸上選手だった。

学生時代から十年に一度の逸材と言われ、その恵まれた体躯と力強い走りはまさに王道そのものだった。

けれど、同時代に神に愛された天才田井中 昇一がいたためにその活躍はあまりしられていない。

勿体ない、と小川も思っているが、反面松葉 奏はストイックな訓練を繰り返し、多くの大会で表彰台に上がっているような人物だ。

その息子でありながら松葉 はやてが自堕落な態度を見せるのは小川にとってつまらない以外の何物でもなかった。


「松葉 奏の息子にしてはつまらない、と思った」

「だから、俺に親父を重ねんなよ! 俺はあんな面白くねえ親父とは違うんだよ!」

「……何を怒っているかしらないが、松葉 奏は立派な選手だ。 お前と違って」

「教科書通りで練習熱心でストイックだったんだろ! そうだろうよ、だからろくでもねえんだよ!」


松葉は吐き捨てるように怒鳴っていた。

小川は松葉が父親の何が気いらないのか分からず、困惑するように眉を寄せていた。


「小川、明日の練習終わり、俺と走れよ。 絶対に負かしてやるから」

「ほお……」


勝負を挑まれた瞬間に小川の目元は鋭くなった。

走ることが好きだ。 そして誰かと走ることはもっと好きだ。

単純に楽しいし、何よりも勝利したことで自分の実力がはっきりとわかる。

地元では誰も小川に追いつけなかったし、追い付こうとさえしてくれなかった。

そして、陸特に来た今も、自分より早い相手と走れる機会にはまだ恵まれていなかった。

松葉はさして面白い相手だと思わないが、それでも自分の走りに何か得るものがあるかもしれないと小川は僅かに口元に笑みを浮かべた。


「いいぞ。 勝てるなら勝ってみろ」


短く告げた言葉に松葉は不快さを露わにしていた。

体格も血統も小川が松葉に勝てるものなど何もない。

それでもただ、走るという点だけにおいて小川は「化け物」と呼ばれるだけの力を持っている。

松葉は小川の返事を聞くとそっぽを向くようにして先に走り出していた。

小川は軽くストレッチをして、自分の膝を揉んだ。

脚に違和感はない。 休憩を終えてからまっすぐに先を見据えた。

小山の頂上まで行けば折り返しだ。

そう自分に言いながら小川は再び自分のペースで足をすすめ、山の中を走っていった。

整備されたトラックよりも柔らかな地面は足や膝への負担が少ないが、その分、凹凸の激しい地形には注意をしなくてはならない。


「折角、走れるようになったんだからな」


小川はふっと笑いながらつぶやくと、規則正しい足音を立てながら小山を上っていった。

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