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陸上特別高校  作者: 二夜原 霞
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学生食堂での一幕

練習と終えてシャワーを浴び、学生食堂に向かう途中で田井中 陸は松葉 はやてに声をかけていた。


「はやて、教官に反抗的な態度を取るな。 前の教官とは違うんだ……」

「……陸ちゃんがいうからちゃんと練習はしたじゃん」


唇を尖らせながらいう松葉を見ながら田井中は息を吐き出した。

松葉は中学時代のコーチと松葉が性格が全く一致しなかったことを知っている。

中学時代のコーチはとにかく型にはめた練習方法を大切にする人で、田井中にとってそれは理解しやすいものだったが、松葉は真逆だった。

フォームを無理矢理直すように指導されたことや生活態度にまで口を出されたことで当時、松葉は著しくタイムを落としていた。

そして、松葉は結局、コーチのいうことを無視するようになった。

練習にも顔を出さない、まともに話もしない、けれど大会では優勝することさえあり、付属中学で松葉のタイムを越えられるのは田井中しかいないという状況だった。

田井中もコーチに指導について相談をしたが、彼は考えを変えてくれることはなく、結果として松葉は異常なまでの練習嫌いとして知られるようになってしまった。

田井中は松葉の実力を知る者としてそれを惜しく感じていた。


「走るのは好きだけどさ、あれしろ、これしろ、これは駄目だとか、そんなんばっか言うような奴嫌いなんだよね」


松葉がそっけなく口にした言葉が彼の本音だったのだろう。

田井中は松葉にそれ以上何かいうこともできず、食堂の扉を開いた。


「そういえば陸ちゃん、大福もう食った?」

「……ダイエット中だ」

「え!? 陸ちゃんまたでぶったの!? ウケる!」


ぎゃははと笑いながら自分のコンプレックスを刺激してくる幼馴染みを田井中は強く睨んだ。


「うるさいな! ちゃんと管理してるからダイエットしてるんだろ!」

「陸ちゃん、昔っからすぐデブるもんな」

「でぶでぶいうな! 絞る!」


入り口で田井中と松葉がそんな他愛のない話をしていると、食堂の一角ではどよめきが起きていた。

どよめきの中央にいるのは小川 薫だった。

彼の目の前には大量のサラダ、鳥と野菜の炒め物、コロッケなどのおかずとドンブリに盛られた白米があった。

彼はそれを黙々と食べているのだが、座っている人間が隠れるほどの量があるにも関わらず、それがすさまじい勢いでまるで飲み込まれるようになくなっていく。

普通、スポーツをしている人間というのは食べるものにも気を使うのだが、小川にそういった様子はなく、寧ろ当たり前の食事をしているとでもいうかのように大量の食事を口にいれ、そして飲み込んでいく。


「お、小川くん……すごい量っすね」


隣に座っていた沢口が声をかけると一瞬、小川の手が止まったが、小川はすぐにまた口にコロッケをねじ込みながら不思議そうに首を傾げた。


「お前たちこそ、足りるのか?」


そういって小川が見た先には沢口 昇太と寄木 叶が座っていた。

彼らはごく普通の茶碗にもられた白米と焼き鮭、味噌汁、ホウレンソウのおひたし、ごぼうのきんぴらという定食を食べていた。


「……ぼ、僕はこれで足りますけど」

「もっと、食べたほうがいいのかな……」


唖然としながら目の前で爆速で食事をする小川を前にする沢口とは対照的に、あれだけ食べるからあの速さで走れるのだろうかと考え込むように寄木は考えてしまっていた。

しかし、すぐに沢口は寄木に振り返った。


「あんまり無理に食べる量を増やすと体調崩しますよ」

「う、うん、そうだね。 少しずつ増やしていかないと……」


沢口がまともな突っ込みを入れるも、寄木の中では既に食事量を増やすこと自体は決定していた。

そんな様子を見ながら田井中は先ほどカウンターで受け取った焼き魚定食のプレートを同じ名がテーブルに置いて座った。


「体重管理もランナーには必要だよ。 あまり食べすぎると体重が増えて遅くなるし」

「短距離じゃないならそこまで大変じゃないんじゃない?」


松葉は自分のハンバーグ定食をテーブルに置きながらからかうような口調で田井中を見た。

ふと、松葉が視線を小川にやると小川は食べていた手を止めて田井中の顔をじっと見つめていた。


「何? 小川ってほんと陸ちゃん好きだよね~。 でも陸ちゃんは俺のだからぁ」


ハンバーグを箸で一口大に切り分けながら茶化すようにいう松葉に小川は一瞬きょとんとしたような表情になった。


「田井中には憧れているが、別に好きというわけではないぞ」

「あらら、陸ちゃんふられちゃった~」

「勝手に僕をふるな!」


小川の言葉に冷やかすようなことをいう松葉の態度に対して田井中は声を上げていた。

はあ、と溜め息をついてから田井中は正面に向かい合って座る寄木へと視線を向けた。


「寄木くん、今日のタイムはよかったね。 入学試験の時も思ったけど、これだけいい成績なら中学の大会にも出れたんじゃないんですか?」

「あ……」


急に田井中に話題を振られた寄木はうろたえるように視線を落とした。

焼き魚をじっと見つめる形になりながら、寄木はぽつぽつと口を開いていった。


「……父さんが、僕が陸上の大会にでるのを認めてくれなくって。 それに、練習試合でもよくないことが起きたりしたし」

「よくない、って何が起きたんすか?」


隣に座っている沢口は寄木の様子を心配しながら味噌汁をすすっていた。

寄木はゆっくりと魚の骨を箸で取りながらぽつぽつとか細い声で呟いた。


「……一緒に走る予定だった子が怪我をしたり、当日に雨が降ったりして」

「あー、地方だとまだ天候変更機使ってないとこあるんだ」


寄木のか細い声を遮るような形で松葉が口を開き、その松葉の脇腹を田井中が肘で強めに突いた。


「で、でも、陸特に入学できたんなら親御さんも寄木くんを応援してくれたんすね!」

「……母さんは」

「……お父さんは?」


小川が白米を口に運びながら問いかけると寄木は沈黙していた。

一瞬、沈黙がテーブルを包む中、松葉がぼそっと呟いた。


「それ、だいぶやばくね?」


その言葉に返答できる人間はいなかった。

母親が寄木を応援してくれているのなら学校生活自体は問題ないかもしれないが、父親が陸上に反対している中で陸特に入学したとなると、寄木の実家での立場はいささか気まずいものになっている可能性がある。


「が、学費は奨学金でなんとかなるし、その、皆には……迷惑かけない、ように、します」


蚊の鳴くようなか細い声で呟く寄木を沢口は案じていた。


「だ、大丈夫っすよ! きっと、お父さんもそのうち理解してくれますよ!」


根拠はなかったが、消え入りそうなほどか細い声で呟く寄木をそのままにしておけず、沢口はぐっと手を握って励ましていた。

そんな沢口の様子に寄木も小さな声で、うん、と呟いていた。


「うちと真逆な」


松葉は落ち込んでいる様子の寄木を見ながらぼそっと呟いてからハンバーグを口に運んでいた。

意外なほどにその箸の使い方は綺麗だった。

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