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陸上特別高校  作者: 二夜原 霞
3/6

それぞれの能力

メンバーたちの初日の練習はまずはそれぞれの走りを見せてもらうことにした。

1000メートル用のトラックをひとつ借りて待っていると予定時刻五分前には沢口と寄木が訪れていたが、後の三人は予定時刻になっても来ていなかった。


「2人は先にストレッチとアップをしててくれ。 松葉くんはともかく……後の2人は何をしてるんだ?」


俺が指示を出すと、言われた通りにストレッチをしながら沢口は苦笑していた。

そして、10分ほどしてから、遠目に松葉を引きずってグラウンドに入ってくる田井中とそれを何故か眺めている小川の姿が見えた。


「すみません! 遅刻しました!」


田井中は頭を下げて謝りながら、胸倉を掴んで引っ張ってきたらしい松葉の頭を押さえつけて下げていた。

当の松葉本人はどこか拗ねたような表情で唇を尖らせており、明らかに練習に乗り気ではないという感じがする。

小川も一応は頭を下げていたが、どうにも田井中の方が気になっている、という風である。


「……とりあえず、三人ともストレッチとアップをしててくれ。 それじゃあ、沢口からタイムを取るから普段通りに走ってくれ」

「はい!」


名前を呼ばれた沢口ははっきりとした声で返事をするとスタート地点に向かっていった。

俺もまたゴール位置につくとストップウォッチを手にしたまま佇み、準備ができたと沢口に手を上げて示した。

沢口はすぐに走り出した。

フォームは少し上半身にぶれがあり、足の動きもまだまだ遅い。

それでも真剣に、真っ直ぐにゴールを見据えて走る姿は熱意がよく表れている。

1000メートル、となると流石に体力も集中力も必要となる距離なのだが沢口は全く周囲に目を向けない。

ただ、まっすぐ見つめたゴールへ向かう……のだが、やはり終盤になると息が乱れ、かなりフォームの乱れが目立ち始めていく。

ゴールした時には息を切らし、へなへなとした足取りで減速してトラックから出た。


「3分2秒か……」


際立って遅いわけではないが、人体の限界を飛越した戦いである現代の陸上としてはよい成績とは言い難かった。

それに1000メートルでこれだけばてるということは3000メートルでの戦いになると更に彼の体力では厳しいものがあるだろう。

沢口本人もそれを理解しているのか息を切らしながらも悔しそうな表情で汗をぬぐっていた。


「次、寄木!」


名前を呼ぶと寄木はスタート位置に入った。

俺は再びストップウォッチのタイムをリセットしてから手を上げる。

そして、走り出した寄木の動きに息を飲んだ。

脚の動きがまるで違う。 機械のように正確に、決して淀むことなく真っ直ぐに突き進んでいく。

小柄な寄木の体がまるで刺突する刃物の先端かのように一定のペースを保ちながらも速度を上げてゴールへと向かう。

彼の癖の強い髪が風に嬲られて舞う。

話しているときとは正反対に鋭く眇められた視線に思わず息を飲んだ。

そして、ゴールした彼のタイムは2分15秒。


「入学直後とはいえ陸特じゃなきゃ出ないタイムだな……寄木、君練習はかなりしてるのか?」

「……はい。 僕は、それくらいしないと勝てませんから」


勝てない、と口にしていつものように目線を伏せていたが、高校入学時でこの速度が出せるのならば中学時代から活躍していてもおかしくないだろうと思えた。

俺が学生陸上から離れていたといってもこれだけのタイムが出せるのならもっと有名でもおかしくないのだが、と思っていると丁度、後から来た三人もアップを終えていた。


「田井中、松葉、小川、走れるか!」


俺が声をかけると一番に反応したのは田井中だった。

そして、田井中はそのままスタート位置に移動していた。

準備を終えて、俺が手をあげると瞬時に、田井中は走り始めていた。

やはり昨日見たのと同じように飛ぶように、弾むように勢いよく進んでいる。

その姿は翼をもつとまで言われた彼の父、田井中 昇一と酷似している。

ぶれることのない上半身、一定のペースを乱さない走り、そして体重があるということすら忘れさせる軽やかな足取り。

どこをとっても非の無い走りのまま彼はゴールまでの距離を駆け抜けた。


「2分ジャスト……時代が時代なら既に世界記録だったな」


見事な走りとそれに見合ったタイムに半ば呆れたように呟く俺を見ながら、田井中は会釈していた。

ばてた様子も息が上がっている様子もない。

彼に取っては本当にただの小手調べだったのだろうということを感じ、ますます自分の立つ瀬がなくなるように感じていた。

少なくとも、俺の学生時代のベストタイムでも「2分3秒」を下回ったことはなかった。

世代の移り変わりと言い表すにはあまりにも残酷な数字だと実感しながら再び顔を上げると、スタート位置には既に小川がいた。

呼んでいなかったのだが、松葉の方は相変わらずのんびりと走っているのを見ると小川から進めた方がいいだろうと息を付いた。

俺が手を上げると、彼は走り出した。

踏み込みが段違いに強い。 足の広がりがまるで違う。

上体にややぶれは感じるもののまるで空気そのものを切り裂いて疾走するような姿に唖然としてる間に彼は走り抜けてきた。

長く伸ばした髪が背中につかないほどの速さで1000メートルを走っておいて息切れはまるでなく、無表情で俺の隣に立っていた。


「タイムは?」

「……1分58秒」


さながら競走馬の走りでも見ていたかのようだと思う俺をおいて、彼は興味を失くしたようにトラックから外れて、再びストレッチに移っていた。

ストイックなのか、マイペースなのか分からないが、とにかく才能だけで陸特に入学したような存在というのは間違いないのだろう。

半ば呆れながら俺がスタート位置に目を移すと、松葉は何故かまたストレッチをしていた。


「松葉ー! 最後は君だぞ!」

「え~、俺パスー」

「松葉!」


強く名前を呼んでしぶしぶといった具合にスタート位置につく彼を見て思わずため息が出た。

あの調子でタイムをはかっても入学時の記録と変わらないんじゃないか、と思っていた。

しかし、彼は俺の予想を裏切った。


「!?」


上体を大きく下に傾けて走り出したのだ。

普通、体のバランスが崩れるとスピードは乗らない。

しかし、松葉はそこから上半身を上に上げ、更にまた深く倒すという異常な走り方をしていた。

上下に激しく揺れながら、それなのにスピードが落ちることは全くない。

表情こそつまらなさそうではあるが、彼の長い足とその独特すぎるフォームで速度はどんどん増していく。

1000メートルを超えた後、しばらく走ってから動きを止めるとそのままトラックの上に座り込んだ。

疲れている、というわけではなく、単に飽きたのだろう。

そんな松葉の側に田井中が叱りながら近寄っていく姿が見えた。


「……2分10秒」


あの異様ともいえる動きからたたき出されたとは思えないタイムに俺は息を飲んだ。

彼は走るほどに加速していた。

これは1000メートルのタイムだが、もし3000メートルで彼の走りを試したら、更に加速は乗るのだろうか?

思わず唾を飲む俺に振り返った松葉はへらっと気の抜けた笑みを浮かべた。


「俺、練習いらなくね?」


その一言に田井中はまた叱りつけていたが、俺は言葉を失っていた。

確かに彼の走り方はあまりにも独特すぎるのだ。

それでいて普通のフォームで走る人間を嘲笑うかのようなこの記録を出すのだ。

まさしく天性の才能としか言いようがなかった。


「……松葉くん、すごいっすね」


沢口は呼吸を整えて松葉を見つめていた。

俺は沢口の方を見た。

彼は悔しそうな、それでも憧れるような視線を松葉へと向けていた。

考えてみれば松葉と沢口は正反対だ。

陸上の名門に生まれ、恵まれた体格、そして天性の資質を持った松葉 はやてとごく普通の家庭に生まれ、小柄で筋肉も少なく、スタミナも何もかもが足りていない沢口 昇太。

この正反対のメンバーをチームとしたのは校長の考えだろうか?

俺は2人がお互いに良い影響を与えてくれればと思う反面で、沢口が才能という壁を前にして潰されないかの不安も感じずにはいられなかった。


この日は全員で1000メートルのインターバル練習を行うことにした。

1000メートル走ってから200メートルのジョグ、そしてまた1000メートル走るという単純な繰り返しだが、持久力の向上には効果的だ。

特に体力の少なさが目立つ沢口は苦しそうにしていたが、彼は熱意で足を動かしていた。


「沢口、無理はするな! ペースを保つことを優先しろ。 加速は考えなくていい」

「は、はい……教官!」


ぜえぜえと傍目にもわかるほど息が上がっている。

それでも懸命に走る沢口の隣を余裕の表情を浮かべた松葉が通り抜け、そしてやる気がないというように欠伸までしている。

不真面目な点がどうしても松葉には目立つ。

田井中、小川はほとんど同じペースで進んでいる。

寄木はどうしても体格上の不利か田井中たちからは離されていたが、持久力自体はあるのか極端に疲れているような様子は感じられなかった。

やはりチームとして不安を感じるのは松葉、沢口の二名だ。

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