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陸上特別高校  作者: 二夜原 霞
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新任教官

「やりました! 田井中 昇一! 田井中 昇一! 日本を背にしてレコード記録での優勝です!」


二十年前、宇宙陸上大会で当時の世界記録を塗り替えての優勝を果たした彼は満面の笑みで走り抜けていた。

田井中 昇一。

それまでに一度の敗北も無く、笑いながら走り抜けていくその軽やかな姿に人々は彼を「翼をもつ人」と呼んだ。

そして、そんな彼の姿を応援席で見つめたまま、俺は自分があそこに立てなかった理由を理解していた。

圧倒的な才能、肉体、努力、そして運。

それら全てに祝福を受けた人間、それが田井中 昇一を知る当時の選手全員の感想だっただろう。



二十年ぶりにくぐった国立陸上特別高校の校門を見上げながら俺は息を吸った。

まさか、またこの学校に来ることになるとは、という気持ちとかつてここで、俺は選手として指導されていたという思い出とが一緒になっていた。

校長室へと向かおうとすると、廊下で妙に背丈の低い少年がいた。

生徒だろうか、と思ったその少年はスーツを着ていて、俺を見るとぱあっと笑顔になった。


「君が新しくわが校の教官となる、吉松くんだね!」


少女のような、変声期もまだ来ていない少年にそう名指しされたことで驚く俺をみながら、嬉しそうな表情で頷く少年。

まさか、という思いを感じながらも俺は声をかけてみた。


「陸上特別高校の新しい校長というのは……」

「そう、私が、陸上特別高校の第四十四代校長の有沢(ありさわ) (ほまれ)だ!」


胸を張る少年の姿はどう見てもこの学校に入学したての学生、というところでありとてもではないが教職員側、まして校長という風には見えない。

俺が絶句しているのを見ながらも有沢校長はいたって真面目に話を始めた。


「陸上特別高校の卒業生として、そして今はパラリンピック出場経験を持つアスリートとしての君の活躍を見込んで、ぜひわが校で後輩たちに教えてやって欲しいと思ったのだよ」

「は、はあ……その、校長はずいぶんと」


お若いのですね、と言いかけて口をつぐんだ。

外見のことをどうの、というのは流石に悪い気もしたし、もしかすると本当に俺と同世代の可能性もあるのかもしれない、と思ったからだ。

有沢校長は手招きをするとそのまま俺を伴って校長室へと入っていった。

校長室の壁一面に数々の大会でのトロフィー、優勝旗、賞状などが飾られており、俺が卒業したときと変わらなかった。

そして、校長室の最も大きな棚にはこの学校の卒業生であり、当時世界記録更新と共に優勝を飾った田井中 昇一選手の写真が飾られていた。


「さて、吉松くん。 君はわが校の卒業生でもあるから詳しい説明はいらないかもしれないが、この陸上特別高校には日本国内から多くの将来有望な生徒が集まっている。 そして、かつての君がそうだったように五人一組のチームとして教官の指導を仰ぐ形になる」

「はい、それは私が在学中も同じカリキュラムでした」

「当校では陸上といっても短距離、中距離、長距離、ハードル走、棒高跳び、砲丸投げ、円盤投げなど様々な内容にそって校舎を分けているのだが、君が担当するのは中距離の校舎の生徒たちだ」


中距離……田井中選手、そして俺自身がかつて通っていた校舎だ。

流石に二十年の月日で設備や内装が変わっているだろうが僅かに懐かしみを感じてしまう。

俺のそんな表情を見てか、校長は僅かに笑みを浮かべた。


「君に担当してもらう生徒はこのグループだ」


差し出されたファイルの一ページ目に記載されていた名前に俺は目を見開いていた。


「田井中 陸!? 田井中選手の息子……」

「そうだ。 彼はまさしく田井中 昇一の走りを継承している。 惜しいことに田井中選手本人はもう亡くなっているが、父の優れた素質と体格を受け継ぎ、王道の走りを見せる彼は当校でも注目を集める存在だろう」


そう告げる校長へとし視線を向けてから、更に他のメンバーの名前を見て息を飲むより他に無かった。

陸上の王族と呼ばれる有力選手を輩出し続ける松葉家から松葉 はやて。

中学陸上で田井中選手にならぶレコードを保持すると話題になった小川 薫。

この二人だけでもとんでもないメンバーだというのに、そこに田井中 陸までが加わっているということが信じられなかった。


「自分のような新人に任せていいんですか? 彼らもベテランの教官の指導を望んでこの学校に来たのでは」

「いや、君がこの学校の卒業生であり、また誰よりも生徒の体調に気を使えるであろうからこそのメンバーだ。 彼ら三人は確かに既に有力選手として知られているが、反面まだただの子供でもある。 無理にその能力を引き出そうとすれば選手生命に関わる大怪我にも繋がるだろう」


校長が真面目な表情で告げた言葉に俺の表情も固くなった。

そうか、校長は俺自身が自分の能力の限界を理解せずに故障したことを知っているのだ。

どこまで俺のことを調べているのかは分からないが、選手の活躍以上に選手の体を大切にしろという意向かと一息をついた。


「他の二人のメンバーはあまり有名な選手ではないですね。 寄木(よせぎ) (かなえ)沢口(さわぐち) 昇太(しょうた)……中学生陸上はあまり詳しくないんですが、この二人も有力選手なんですか?」

「寄木くんは今のところ大きな大会での活躍は無いが、入学試験では実技三位の実力者だ。 沢口くんは……そうだな、私の期待が大きい」

「沢口という生徒はポテンシャルが大きいと?」

「いや、何もないんだ」

「はい?」

「実績もない、入学時のタイムもギリギリ及第のライン。 家族の中にも陸上選手がいるわけでもないが、とにかく走りたいという強い熱意に突き動かされこの陸上特別高校の門をたたいたんだ」


校長は楽し気な口調で話しているが、要するにこの沢口という生徒はあまり見込みがないということなのだろう。

しかし、陸上競技への熱意があるというのなら努力次第で変わるかもしれないな、と思いながらファイルを読み進めていった。

内容としては中学時代までの陸上競技での記録や入学時の試験結果、入学から今までの自主トレーニング結果と素行という内容がほとんどだった。

なるほど、と呟いてからファイルを閉じた俺を見て、校長は楽し気な目を向けていた。


「皆、大切なわが校の生徒だ。 君に預けてもいいだろうか?」

「正直な話、教官として接するのは初めてですが、全力で彼らをサポートしましょう」

「そうか! それでは頼んだよ。 何かあったらいつでも相談にきてくれ」


そういって笑う校長の背後で、校庭の桜が風に揺らされ、花吹雪を散らしていた。


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