暇を持て余した神々の番組「異世界人と女子高生 バカップルの軌跡」
まずは、こちらをお聞きいただこう。
────はじめまして。私、玲くんの、かの、か、彼女、やってます、若山理乃と申します。
……変なことを言うかもしれませんけど、許してくださいね。というのも、玲くんからの思わぬ告白が私の思考力を奪っているんです。自分がおかしいのか、彼がおかしいのか、もう訳がわからなくなってしまって。お願いです、聞いてください。お時間は取らせませんから。
私たちには毎週末、学校帰りに立ち寄るクレープ屋さんがあるのですけどね? そうです、駅前の。せ、制服デートというやつです!
えっと、それで昨日もいつもと同じ、安くて美味しい大好きなチョコバナナクレープを頬張って幸せいっぱいだったんですよ。放課後の腹ペコ学生の胃を満たしてくれるバナナに、甘いチョコの組み合わせは最強ですからね。まぁ、そんな話は置いておきますね、すみません。
「俺、ずっと黙ってたことがあるんだ」
玲くんが突然、そんな風に切り出したものですから、私は思わず動きを止めてしまったのです。この時ばかりは、口の中いっぱいに頬張ってしまう自分の癖を呪いましたね……もちろん慌てて飲み込みましたよ! クスッと笑いながら口の端についていたらしい生クリームを玲くんに指で拭われたあの瞬間のことは忘れませ……あっ、すみません、つい話が逸れてしまいました。
えっと、誰かとお付き合いを続けると、問題や喧嘩などで必ず危機が訪れるらしい、と聞いたことがあります。私はそんな現象をカップルの峠越えと呼んでいるのですが、よもや自分の身に降りかかるとは思いもしませんでした。
まだお付き合いして三ヶ月なのに! 少しばかり、これがあの! とワクワクしてしまったりなんかして……それどころではないのに!
いつもなら私が少しでも様子がおかしいと、大丈夫? と心配そうに聞いてくれる玲くんが、その時ばかりは顔を強張らせていて……それはもう重大な告白をしようとしているに違いない、と私は直感しました。
ですので、私は黙って彼を見つめ、言葉の続きを待ったんです。何を言われても冷静でいよう、と心の準備も忘れなかったのですよ? でも。
「実は俺、この世界の人間じゃないんだ」
「…………はい?」
彼の口から発せられた告白は、私の常識の範囲を超えていたのです! 斜め上すぎて! 思考が停止しましたからね? え、私がおかしいんですかね?
「リノにはどうしても知っていてほしかったんだ。……俺の、大切な人だし」
ってそんなことを恥ずかしそうに顔を赤くして言われちゃったら「信じます!」って両手を握り込んでしまうでしょう? その後、「そうか、嬉しい」って微笑まれたらもう何でもいいですって思ってしまうでしょう? ああっ、もう玲くんカッコいい! 好き!
……取り乱しました。えっと、自分でもチョロいと思ってます。結局それ以上は何も聞けずにその日は帰ってしまったことも反省してますし、それから一週間経つというのにまだ何も踏み込めてない現状もよくないって思ってるんです。あの時の私は動揺しすぎでおかしくなっていましたから……ええ、自覚はあります。
ああ、なんだか考えが整頓されました。自分がどうしたいのか、気付けたような気がします。
まだ少し悩んでいましたが、やっぱり私、もう一度彼に話を聞こうと思います。今日、この後!
だって私、彼が大好きだから。玲くんのことをもっとよく知りたいんです。彼は、疑り深くて人付き合いの下手な、こんな私のことを受け入れてくれたから。根気よく話しかけてくれて、好きと言ってくれて……私はそれを信じることが出来ました。
理解したい。受け入れたい。あと、もっと、その、私を好きになってもらいた……ごめんなさい! 欲が漏れました! えっと、つまり!
本当は、不安です。人を疑ってかかってしまう私の性格もあって、まだ信じきれていないところはあるんですけど……彼のことは、信じたい。
どうか、こんな不器用な私を見守っていてください。玲くんの、お母さん────
ご覧いただいたのは、初めて恋人の家に来た彼女の心の内である。だいぶ混乱していたのがおわかりいただけただろうか。
「ずいぶん熱心に手を合わせてるね?」
「ひゃうっ! あっ、ご、ごめんね、レイくん」
一方、初めて恋人を家に呼ぶ、その緊張感を彼、玲も持ち合わせていた。彼だって年頃のボーイ。ドキドキと破裂しそうな心臓を抑え込み、そんな様子を悟られまいと精神力を振り絞っていざ、彼女を家に上げた。
すぐに自室へと連れ込も……失礼、案内しようと思っていたのに、理乃が「まずは亡くなられたお母様に手を合わせたい」と言うのでまずは仏間へと案内することになったのである。
その時の玲の心境が、こちらだ。
────は? 良い子すぎる。俺の彼女、世界一優しい! 亡くなった俺の親に手を合わせたいって自分から言うなんて……天使? いや、女神かも。はぁ、もう好き。結婚しよう!────
だがしかし、まさかそれから十五分間もずっと手を合わせたまま動かないとは思ってもみなかったようだ。目を閉じ、熱心に自分の母親に何かを伝えている彼女の可愛い横顔を眺め続けることは、玲にとって苦ではなかったが、さすがに長いと思ったのだろう。我慢が出来なくなってつい声をかけてしまった、というわけである。
「いや、いいんだよ。でも、何をそんなに母と話していたの? ちょっと……妬けるな」
「はうっ」
自分がこう言いながら理乃を見つめれば、彼女が赤面してくれることを玲は自覚していた。そして思うのだ。ああ、この愛らしい反応を見られるのなら、意地悪な男になるのも吝かではない、と。
これだから顔のいいヤツは。
「だって、私がレイくんを大好きだってこと、お母様に伝えたくて……」
「うっ」
しかし、玲は返り討ちにあう。こんなに可愛いことを言われるとは思ってもみなかったからだ。彼女もなかなかに手強い。
暫し、二人の間になんとも言えない甘酸っぱい雰囲気が漂う。
お察しいただけたかと思うがこの二人、いわゆるバカップルである。ことあるごとに、こうして二人の世界を作り出す。
だが、時間の無駄なので、二人の赤面合戦の様子はサクッと切り上げさせていただく。さっさと本題に入ってもらいたい。時間を三十分ほど進め、二人が玲の自室へ入ったところからお送りしよう。
「今日、俺の家に呼んだのは、改めて話を聞いてもらうためなんだ」
話を切り出したのは部屋の主人である玲だった。それを聞いてえっ、と顔を上げた理乃は、恐る恐ると言った様子で口を開く。
「もしかして、この世界の人間じゃないっていう、あの話?」
「うん。もしかしてリノも聞こうとしてた?」
「う、うん。きっとあまり人には聞かれたくない話なんじゃないかって。だから二人の時に、聞いてみようかなって思ってたの」
────以心伝心……!? 好き!────
互いに全く同じことを思って頬を染めている。砂糖を吐きたくなるかもしれないが、二人はまだ付き合って三ヶ月のカップルだ。許してやってほしい。
「これから話す内容は全て本当で……でも、リノにとっては馬鹿馬鹿しいと思うようなものだと思う。けど
、とにかく最後まで聞いてくれないか?」
「も、もちろん!」
「ありがとう。リノ……」
「レイくん……」
こちらの都合上、時間を十五分進めよう。理由は察してほしい。
「俺はさ、実は三年前まではあっちの世界で暮らしてたんだ。本名も実は違う。本当はレイナード・ミュラー。これでも王太子なんだ」
曰く、玲の母、現王妃が亡くなった際、王家を支える家臣のうち、先見の能力を持った一族の当主がとある予言をしたことで、玲はこの世界に来たのだという。異世界に運命の相手がおり、その者を花嫁として迎えよ、と。そうすれば王家に降り掛かる災いを避けることが出来るのだ、と。
実に胡散臭い。
しかし恋は盲目。理乃は、本物の王子様……? と口の中で呟き、うっとりと玲を見つめるばかり。心配である。
「本当はすぐにでも国に連れて行きたいんだけど……さすがに無理だろう? 俺たちは恋人になってからまだ三ヶ月しか経っていないし、突然の話で驚いたと思う」
話は突拍子もないが、一応、配慮はするようだ。
「期限は卒業するまで。あと一年半はある。だからそれまでに……」
玲はそこで言葉を切って手を伸ばし、肩まで流れる艶やかな理乃の黒髪を耳にかける。そしてそのまま彼女の頬に手を当てた。ポッと理乃の肌が桜色に染まる。
「選んでほしい。この世界に残るか、俺と一緒に国に帰り、王太子妃となるかを」
しかし、さすがにこれにはすぐに返事が出来なかったようだ。無理もない。絵面だけならロマンチックなものだが、要はたった一年半で自分の人生を決めろ、と言われているのだから。それに理乃はまだ、彼が違う世界から来たという話さえ信じきれていないのだ。
ふむ、これはあっちの神の思惑も聞きたいところである。
「俺は、この一年半で君を口説き落とすと決めたんだ」
一方、玲には理乃の迷いなどお見通しだった。わかった上で微笑み、片膝をつき、彼女の手の甲に口づけを落とす。
「信じさせる。俺がいないとダメだって、思わせてみせるから」
玲の放った挑戦状は理乃の胸にズキュンと突き刺さる。先手は彼が優勢か。
異世界の王子である彼と、ちょっぴり臆病な女子高生の彼女。彼らは果たしてどんな未来を迎えるのだろうか。
こちらの神とあちらの神。
これは我々が一年半、この二人に密着する番組である。