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9.夢の続きとストーカーJC

 高校生くらいの少女が中央通をスキップでかけて行く。

 信号の手前で右にはいり、倉庫のような建物の横の階段を上がって行く、扉の横の呼び鈴を押すと「開いてるよ」と声がした。

 少女は中に入ると顔をしかめて窓を開けて回り、顔を窓の外に出して深呼吸した。


「ここからヤマデン無線が良く見えるんだね」


「んー、そう? あんまり外見ないから気にしたことなかった」


 少年はコタツに入りこっちも向がずに返事をした。

 少女は張り合いの無さに溜息をつきながら自分の定位置となる学習机に座った。

 机の上には1台の8ビットマイコンが14インチテレビに接続されていた。

 全ての電源を入れキーボードから“LOAD AMMY”と入力して脇においてあるラジカセの再生ボタンを押す。

 ピー、ガー、ピーというノイズが延々と続く退屈な時間が過ぎていく。

 それが20分以上続き、そろそろ耐えられなくなった頃、ようやくテレビに“OK”という白い文字が表示され、画面の下から段々と複数の白点が現れ、やがてドット絵として女の子の顔を形成していく。それは少女自身が描いている自分の似顔絵だった。


「ねえ、前から思ってたんだけどこの顔横につぶれてない?」


「ああ、シールド社のマイコンはドットが横に長いんだよ。だからY座標にドットを増やして調整してやる必要があるんだよ」


「えー、めんどくさい」


 これなら前に使っていたエクレア社のマイコンの方が良かったと思う。

 少女は少し気落ちしたが、気を取り直してキーボードを打ちはじめた。


 “おはようAMMY”


『おはよう、きょうはどんな天気?』


 幼馴染の少年が作った人口知能ゲームAMMYは毎日少しずつ賢くなっていく。


 “いいお天気よ”


 会話が続くように言葉を返してやる。

 少女は学校が終わると毎日ここに来て少年の作ったプログラムと対話するのが日課だった。


「なあ亜美、本当に、それアルバイト代払わなくていいの?」


「いいわよ、好きでやっているんだから」


 少年はこれをゲームとして公開するつもりで、少女は自主的に開発の手伝いをしているのだ。


 “テンキガ イイト オサンポ ニ イキタクナル”


 会話プログラムが天気というキーワードから以前関連付けされた散歩という言葉を選び答えに混ぜてくる。


「あ~あ、お散歩にいきたいなぁ」


 少女はちらっと少年の方を見るが彼はこちらを見もしない。ラジオペンチを握り電話の受話器みたいなものの改造に没頭している


「悪いなあ、でもこれが完成すれば電話回線でAMMYの入力が出来るようになるから」


「なに、その機械」


「音響カプラだよ、これと音声合成、音声認識を組み合わせて電話回線で離れたところからでもAMMYと会話が出来るようになるんだ、そうなれば亜美もいちいち俺の家に来なくても良くなるぞ」


 少年は少女が家に来るのは、本当にデータ入力だけが目的と思っているのだろうか、あまりの鈍感さにうんざりする。


『キョウチャン ハ ドンカン』


 “アミ ハ ドンカン キョウチャン ガ キライ”


 少女のおかげで賢くなったAMMYは先走って少女の気持ちを勝手に読む。

 一瞬躊躇してから、少女は少年に見えないようにキーボードをたたいた。


『アミ ハ イツマデモ キョウチャン ト イッショ』


 -◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-


 広瀬はいやな汗と共に目を覚ました。

 やけに甘ったるい夢を見たようだ。

 なんだかヒューマノイド端末を埋め込んでから変な夢を見るようになったような気がする。


 制服に着替え1階に降りる。顔を洗ってリビングに向かった。

 テーブルにはトーストとサラダ、コーヒーが既に置いてある。

 広瀬は椅子に座るといただきますも言わずに食べ始めた。

 時報代わりに点いているテレビではここ数年、行方不明者が異常に増えているという暗いニュースが流れている。


 そこへドタドタと階段を下りる音がしてリビングの扉が開く、入ってきたのは唯だった。広瀬が居ることに気づかず入ってきたのだろう。


 広瀬は特に気にしない、こういうことはたまにある。

 この場合、後から来たほうが出て行くというのが暗黙のルールだった。

 ところが今日に限っては唯は出て行かず、そのまま入ってきた。

 広瀬はトーストを口に運ぶ手を止めて様子を伺った。

 唯は広瀬の斜め前の席に黙って座った。


 なんのつもりだろうか。広瀬は少し訝しがったが、多分、昨日の埋め合わせなのだろうと結論付けた。

 人の存在までを否定しておきながらこんなことで和解ができると思うのなら舐められたものだ。

 身に着けたばかりの超能力で突風攻撃をくらわしてやろうかと思ったが妹のパンツを見ても仕方がないのでやめておいた。

 チラチラと飛んでくる妹の視線を目の前のオニオンサラダを凝視することでブロックする。


「唯、あなたお友達と待ち合わせてるんじゃないの?」


 妹のサラダを調理していた母親が、キッチンの窓から外を見て言った。

 多分、唯の友達が家の前まで迎えに来ているのだろう。

 言われた唯も首をかしげながら母親の隣に行き窓から外を見た。


「あたしの友達じゃないよ、あれって淀橋付属中の制服だもん」


 淀橋?なんだか聞き覚えがある、というか広瀬の学校の名前だ。

 かなり悪い予感がした。広瀬はトーストの残りを甘いコーヒーで飲み下して立ち上がった。


「いってきます!」


 珍しく出かける挨拶をすると、目を丸くして見つめている母と妹のいるリビングから飛び出していった。

 背中で効くテレビニュースの音声は、ここ数年自殺者の数が激減しているという明るいニュースだった。


 悪い予感というものはあまり外れない。

 案の定、広瀬が玄関を出た瞬間に、数メートル先の電柱の影からのぞいていた何者かの頭がサッと引っ込むのが見えた。


「ドライブナビモード起動」


 左耳に指先を当てて発声すると、ヒューマノイド端末が衛星とリンクすることで周囲の交通情報を視覚化して目前に投影する。

 ピッ!という小さな警告音が鳴り、電柱の影に隠れた小柄な人物のシルエットを”飛び出し注意!のキャプションと共に赤いラインで描き出す。


「あそこに誰かいます」


 耳元の声に驚き、広瀬は振り返った。

 左肩の上にホログラムの少女がヒラヒラと赤いワンピースの裾をなびかせて浮かんでいる。

 モードチェンジなどの内部命令を実行する場合は通常イソップを呼び出す必要はない。


「なんで勝手に出てくるんだよ」


 イソップの不調に広瀬のイライラは一層募っていった。

 広瀬が電柱に近づくと案の定、昨日の女子中学生が出てきた。

 どうやら広瀬が家から出てくるのを待っていたらしい。


 少女は深々とお辞儀をすると、そのまま黙って広瀬の前に立った。昨日の今日で身元を割り出されたのも朝からこんな田舎まで来て待ち伏せる行動力は、鬱陶しいと共に少し怖かった。


 どういうつもりなのか問いただしてやりたい気がしたが自分の家を振り返り、ここは我慢することにした。

 母親か妹、もしくはその両方が窓から見ている可能性がある。

 女子に朝から待ち伏せされた挙句に家の前で口論なんてシーンは家族に見せられない。またカウンセラーの三波先生を呼ばれてしまうかもしれない。


 広瀬は彼女を無視することにして前を通り過ぎた。

 すると後をついてくる気配がする。

 広瀬は女子中学生を従えたまま駅へと歩きだした。


 彼女がどんな顔をして付いて来ているのかが気になったが、怖くて振り返れないので表情までは分からない。

 広瀬が無視をしていることは当然気づいているだろうが、怒っているようには感じられない。背中から聞こえる足音はむしろ楽しそうなリズムを刻んでいるみたいだ。


 そのまま二人は駅に行き、新宿行電車の一番後ろの車両に乗り込んだ。

 並んでつり革に掴まった時に広瀬はやっと少女の姿を観察することができた。

 身長は150センチくらいだろうか。

 軽くウエーブしながら頬にかかる短めの髪にオレンジ色の花をあしらった髪留めをしていた。

 彼女の髪はまるで綿毛のように細く柔らかそうで毛先は目に見えないほど淡かった。

 彼女の頬は薄い桃色をしていてまるでスポンジのように柔らかそうで、水を垂らしたら、すぐに浸み込んでしまいそうだった。


 新宿に着いて南口から甲州街道を学校へ歩く間も、ずっとすぐ後ろ付いてきて、とうとう校門の前まで来てしまった。

 まさか高等部の教室までついてくるんじゃないかと不安になり意を決して振り向くと、彼女はぺこりとお辞儀をして中等部校舎の方へ駆けて行ってしまった。


「いったい何がしたかったんだよ!」


 登校中の生徒たちが次々に吸い込まれていく校門の前で、道に置かれたパイロンのようにボーッと立ち尽くす広瀬の存在は、ただの障害物に成り果てていた。


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