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5.誰かの願いと生まれたイソップ

 マイコン5のショーウインドーに張り付いた少年は、石のように動かなくなってしまった。

 仕方がないので少女も横に並んで一緒にテレビを覗き込んでみる。

 少年の視線の先には、まな板に電機部品がいっぱい付いたような、変な機械が何本かの線でテレビにつながっている。


「これは何?」


「PK-80! ワンボードマイコンだよ、かっこいいだろう」


 興奮した調子で少年は答える。こっちを振り向きもしない。


 テレビの黒い画面には白く記号や数字が出たり消えたりしている。

 テレビの上には紙が貼ってあり、手書きで”宇宙大作戦ゲーム”と書いてある。


 少年は面白そうに画面の記号を目で追っているが、少女には何が起こっているのかさっぱりわからない。これのどこが宇宙で大作戦なのか理解できない。


「これが自分の宇宙船で、この記号は敵宇宙人の船なんだよ」


 改めて画面を凝視するが、どう見て記号が船というのは無理があるように感じる。だいたいこの記号は宇宙船を上から見たところなのか横から見たところなのすら不明だ。

 少年にはこれが、星空の中を火を噴きだして進むロケットに見えているのだろうか。

 だとしたら何という妄想力、想像すればテレビの中の記号さえカッコよく思えるなんて、男の子は本当に不思議な生き物だ。


「いいなぁ、いいなぁ、欲しいなぁ」


「いくらなの?」


 展示のみなのか値札はついていない。


「8万9千円!」


「なっ!」


 少年が口にした金額は、少女が月々の小遣いを1年以上使わずに貯めたとしても、とても届かない金額だった。こんな電卓のお化けみたいなものがこんなに高価なのか。でも、こんな見た目でもコンピューターというからにはスゴイ高性能なのかもしれない。


「コンピューターって、どんなに難しい問題も答えられるんでしょ、だからこんなに高いのかな」


「こんなに小さいのじゃ無理だよ。知ってる? 人間の脳と同じ性能のコンピューターを作ろうとしたら丸ビルと同じらいの大きさになるんだってさ」


「丸ビル?丸いビルなの?」


「違うよ、東京駅の近くにある丸の内ビルっていって、すごく大きいビルなんだ。それだけの大きさが必要になるほど人間の脳は複雑なんだよ」


 少年は目を輝かせて言うが、少女は少しも興味をそそられなかった。

 コンピューターってとても凄いものだと思っていたのに、ビルほども大きなコンピューターを作って、やっと人一人の頭ができるのが精いっぱいなんて、コンピューターなんてカッコつけても所詮は大きな電卓で、本当は大したことがない、おもちゃなんだと感じた。



「コンピューターでビルを作っても人間ぐらいの頭じゃ、コンピューターなんていらないんじゃない?」


 少女の主張に少年は特に気分を害した素振りを見せるでもなく、彼の言葉はかえって勢いづいて熱を帯びてきた。


「じゃあさ、もっと大きいコンピューターを作ったらどうなると思う?」


「もっと大きな……って、サンシャイン60くらい?」


 それは現在建設中で完成すれば日本一高いビルになるはずの、少女が知っている一番大きな建物だった。


「違うよ、もう街がすっぽり入っちゃうぐらいのすごく大きなコンピューターだよ」


 さっきまでは科学的な話をしていたはずなのに街くらい大きなコンピューターなんて、まるでおとぎ話の世界だ。

 少女は一生懸命巨大な人間の頭を空想したが、奈良の大仏を思い浮かべたところで想像力が尽きてしまった。


「ビル一つ分の大きさで人間の脳なら街全体、例えばこの街が丸ごと入っちゃうぐらいのコンピューターを作ったら人間の何十倍もの能力がある脳ができると思うよ」


「人間よりスゴイって何よ、神様とか?……」


「そう、神様だ。その街は神様だから、そこへ行けばどんな問題の解決方法も教えてくれるし、どんな質問にも答えてくれるんだ」


 科学からおとぎ話そして今度は宗教みたいな話になって少女の頭はすっかり混乱してしまった。

 自分は特に神様に聞いてみたいことなんてない。

 強いてあげるならば、少女は体育の成績が悪いので、体育がうまくなる方法だが、神様にそんなことを聞くのはいけない気がした。

 体操がうまくなりたければコマネチに聞けって怒られそうだ。


「恭ちゃんは神様に何か聞きたいことがあるの?」


 少女の問いかけに少年は一瞬恥ずかしそうに下を向いて躊躇したがすぐに笑顔になり少女の顔を真っ直ぐに見て答えた。


「僕はね、世界中のみんなが幸せになる方法を聞くんだ!」


 少女は心底驚き、そして呆れた。

 幼稚だと思った。

 とても来年から5年生になる人の考えることとは思えなかったし、そもそも幸せや不幸なんて人それぞれだから、いくらコンピューターの、神様の街だって答えなんか出るはずがない。

 それが少女の出した結論だった。

 だが彼女はその考えを少年に伝えることはしなかった。

 別に言い合いになるのを恐れたわけではなく、ただ単にコンピューターの神様にあまり興味を持てず、正直、どうでもよくなってきたからだった。

 延々と続く少年の夢語りを聞きながら少女は大人になって街を作っている少年の姿を想像していた。

 神様はどうでもいいけど少年の作る町は見てみたい気がした。もし本当に彼の街が出来たなら住民第一号は絶対自分がなりたいと思った。


 -◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-


(ピボッ!)

 間の抜けた電子音で目が覚めた。

 机の上に置いたタブレット端末がメールを受信したようだった。

 広瀬は自分がベッドからかなり離れた洋服ダンスの前の床に転がって寝ているのに気付いた。

 よほどひどい寝ぼけ方をしたらしい。

 時計を見ると午前2時。

 メール発信者は見なくても分かる。

 広瀬は基本2箇所からしかメールが来ない。

 1つは学校の事務局、もう一つは佐藤だ。

 この時間に学校からメールが来ることはまずありえない。

 すると自動的に一人に絞られる。

 メールを開いてみる。


(広瀬、そろそろイソップ生まれるだろ!生まれたら写真送って!)


 やっぱり佐藤からだ。

 そこで広瀬は自分がヒューマノイドOSを起動したままなのに気づいた。


 左手の平をゆっくりと開いてみる。

 残念ながら、まだ卵のままだった。

 だがよく見てみると数時間前とは少しだけ様子が違っているのが分かった。

 卵の黒い表面に小さく白い文字で一行、数列が表示され、刻々と変化していた。

 顔を近づけて観察すると、数字はどんどん増えていっているようだ。


「メモリー……カウント?」


 カウンターは10桁に達したところで止まり、消えてしまった。

 すると今度は卵の下から上の方に向かって何行もの白いアルファベットと数字で構成された文字列がものすごい勢いで流れ始めた。

 それが2分ほど続き、文字がスクロールしきってしまうと、卵は元の状態に戻った。


「だ、大丈夫なのかな?」


 広瀬にとってヒューマノイド端末の初期起動は初めての体験なので、これで正常なのか、それとも何かおかしいのかが判断付かない。

 もう一度卵をじっくり観察して、広瀬はある変化を発見した。

 黒い卵には1本の細く白い横線が走っていた。

 よく見るとその線は卵に入ったヒビで、そこから中の光が漏れ出している。

 今まさに広瀬のイソップが羽化しようとしているのだ。

 どんな姿をしているのだろうか、肉食系動物、草食系、鳥、魚?できれば可愛いメスがいいな。


 そんなことを考えているうちに2本、3本と、白い線は縦横無尽にだんだん増えて行き、まるでマスクメロンみたいな姿になった。

 そして遂にガラスが割れるような効果音と共に殻が粉々に砕け散り中身が露出した。

 ついに広瀬のイソップが誕生したのだ。

 赤い何かがうずくまっている。

 緑色の長い毛のようなものが見えるので、鳥ではなく獣系だろうか。

 広瀬のイソップはゆっくりと立ち上がり、くるりとこちらに向き直った。

 ついに待ちに待った自分のイソップと対面だが、その姿をみて広瀬は困惑していた。

 オスだったわけではない。

 広瀬が希望した通りの可愛いメスの動物だった。

 だが、それは彼が知るほかのイソップとは明らかに違っていた。


 それは人の姿をしていた。


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