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3.怪しいジャンク屋と黒い端末

 少女はやっとのことで少年に追い付き、今度は離れないように少年の黄色いスタジャンの肘をつかんだ。


「恭ちゃん、ひどいよ! 置いていくかないでよ」


 少年は振り向くと、少女の抗議など全く気にしないようにニッと笑った。


「今日もちょっとあそこに寄って行こうよ」

 このところ、学校帰りは毎日寄り道するのが習慣になってしまっている。でも、もう夕方だ。あまり遅くなるとちょっと不安になる。

 この街の夜は早い。夕方6時を過ぎればほとんどの店は閉まってしまい、灯が消えた街は途端に人通りも絶える。

 いくら少年が一緒だからと言っても、そんな暗い道を歩くのは少し不安だ。


 けれども、少年に嫌われたくはなかった。彼が行くといっている以上、少女には断るという選択肢はあり得なかった。


「わかった。ちょっとだけよ」


 足取り重く少年について行くと、まもなく角谷無線という大きなビルの前に来た。少年は何の躊躇もなく中に入っていく。

 少女も慌てて後を追う。二人は外が見えるガラス張りのエレベーターに乗り込んだ。

 上昇するエレベーターの窓に額をつけて、道路と人が下へ遠ざかっていくのをぼんやとり見ていると、薄汚れた電気街から別の世界に昇っていける気分になる。

 少年はなんでこんな電気屋さんしかない街が好きなんだろう。遊ぶところも食べ物屋さんもない不便な街なのに。

 少女の落ち込む気持ちをよそにエレベーター減速を開始し、5階へ着くなり少年は飛び出していってしまった。


 ”マイコン5”

 看板がかかっている。

 マイコン専門店で、このところ少年は毎日入りびたりだった。少女も付き合わされて今回でもう7回目だ。

 いかにも最先端を扱う店らしく、至る所にテレビモニターが設置され、それぞれに白や緑の数字や記号がたくさん表示されている。

 入口の横にテレビゲームの試遊機が展示してある。


「ねえ恭ちゃん、一緒にテレビテニスを……あれっ?」


 横にいた少年がいつの間にか消えている。

 店内を見ると少年は座り込んでショーウインドーにへばりついていた。


「恭ちゃん、恭ちゃん」


 少女が呼びかけても石のように動かない。さらに大きな声で呼びかけた。


「恭ちゃん!」


 -◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-


「広瀬、起きろ! 秋葉原だ、降りるぞ」


 佐藤の声で目が覚めた。

 危うく乗り越すところだった。

 まだ眠い目をこすりながらフラフラと改札を通り、電気街口から中央通りに出る。

 それから牛丼屋、ドーナツ屋と食べ物屋のはしごをしたので周りは薄暗くなってきてしまった。


 その店は中央通りから一本裏の道のジャンク街にあった。

 昔の駄菓子屋のような古い木造の建物で、引き戸を開けると玄関ではなくいきなり階段が現れた。

 ありえない程急角度の階段を2階に上がると、ダンボールと木箱が積み上がった6畳ほどのスペースがあり、その一番奥に茶色いニット帽被った怪しげな老人が俯いて座っていた。

 他に人影がないところを見ると彼が店主なのだろう。

 店主は顔を少し上げて広瀬達に一瞥をくれると、


「坊主、また来たのか、安いアイテムカードしか買わんくせに」と忌々しげに言った。

 えらく口の悪い店主だ。まともに商売をする気はないらしい。


「今日は買うよ、端末!こいつが、ヒューマノイドを!」


 佐藤は広瀬の背中をバシバシ叩いて勝ち誇ったように宣言する。


「ん?そうか、買うのか、ヒューマノイド端末は……ええと、その箱の中だ。勝手に探しな」


 店主は椅子から立ち上がりもせずに自分の左足元を顎で指した。

 広瀬は籠の前にしゃがんで中を覗き込む。

 中には十数個程度のヒューマノイド端末のパッケージが無造作に、まるで崩れた積木のように放り込まれていた。

 どれもひどい状態で、シュリンクは破れ、箱の角がへこんでしまっている。

 コマンドール社の認定ラベルも剥がれていて明らかにサポートは受けられない代物だ。


「これって……動作保証なんて無いですよね」


「当たり前だ、たった8千円で新品が手に入るか」


 別に新品とまで言っていないが……でも、8千円は確かに安い、通常はジャンク品でも3万円近くするものだ。

 だが、その安さがかえってこの品物の怪しさを倍増させているのも事実だ。

 比較的箱の状態の良い物を拾い上げてじっくりと観察する。


 盗品じゃないだろうか?そうでないとしても素性の知れない他人が使ったものを自分の耳に埋め込むなど、自分に耐えられるのか?

 やっぱり買うのはやめようと、持っていた箱を籠に戻し顔を上げたとき、視界の隅で何かが白く光ったような気がした。

 まばたきをしてもう一度籠の中を覗き込む。

 特に何も光っていないようだ。

 そもそもヒューマノイド端末は装着者の耳から生体電気を得て発光するのであって単独で光るはずがない。

 それでも広瀬は何かが気になり箱の中に手を入れて少し中を掻き分けてみた。

 そして籠の奥に埋もれていた一つのヒューマノイド端末に目を止めた。


 それは箱に入っていないむき出しの状態で隅に転がっていた。

 親指と人差し指で摘んで顔の前に運んでみる。

 最初は何故それが気になった自分でもわからなかったが、原因はすぐに判明した。

 通常、ヒューマノイド端末は赤とか青のカラフルな原色をしているものだが、その端末は何故だか碁石のように黒かった。

 学校の連中や芸能人の顔を思い浮かべても黒いヒューマノイド端末をつけている人は広瀬の記憶にはちょっと無かった。

 後から塗装したものかとも思ったが、それにしてはあまりにも美しい光沢を放っている。


「佐藤、これって……」


「イヤッフォー!ついに激レア、『ルシファーズハンマー』のカードをゲットだぜー」


 機械に詳しい佐藤に意見を求めようと思ったが、頼りの友人はアイテムカードを天にかざして狭い店内で踊り狂っている。

 彼が足踏みをする度に狭い店内に埃が舞い上がり、老店主が顔をしかめた。

 アイテムカードとはイソップの機能拡張で表面に印刷されたQRコードを自分のイソップに読み込ませることで動画撮影やGPSなど様々な機能を追加することができるカードだ。

 通販や量販店で1枚数千円で売っているのだが、ここのような町のショップで売っているのはほとんどコスチュームカードだ。

 イソップに着せる服やアクセサリーで3枚セットで500円で売っている。

 封入状態で売られていて開けてみるまで何が入っているのか分からないので、欲しいカードを手に入れるために何度も買わなければならなかったり、人と交換、時にはオークションで手に入れる人もいる。

 出現数が少ないカードはレアカードと言われ、オークションで数万という高値がつくこともあるらしい。

 佐藤はかなりレアなカードを引いたのだろう。テンションが上がりまくってとても人の話を聞く状態ではなさそうだ。


「おじさん、これ……」


 広瀬は仕方なく手の中の黒い端末を店主に差し出した。

 すると店主は一瞬目を見開いてハッとした顔をするが、すぐに元の無気力な表情に戻り、「それも8千円だよ」と投げやりに言った。


 広瀬は悩んだ。

 優柔不断な彼はいつも買い物には時間がかかる。

 何を買うのか?どれを選ぶのか?そもそも本当に必要なのか?長時間ウジウジと考える。

 今回の彼の悩みどころは買うか買わないかの簡単なことなのだが、これが決められない。

 本当に必要かと言えば、どうしてもというわけではない。珍しい端末ということに価値を見いだせなかったし、値段にも胡散臭さを感じるだけで魅力は感じない。

 それどころか人と違う物を持つことで発生するリスクは見逃せない。

 それでもこのヒューマノイド端末の黒く丸い筐体はまるでペットショップで買ってくれと訴える子犬の瞳のように広瀬の心に銛を打ち込んだ。

 気がつくと自分の布製の財布を取り出し、マジックテープの口をペリペリと開き、虎の子の諭吉を店主に差し出していた。


 店主はお金を受け取ると自分の背中に手を回して小さなパイプ椅子を一つ引っ張り出し、そこに広瀬を座らせた。


「装着料はサービスしてやるよ」


 そう言うと、左手で広瀬の左の耳たぶをつまみ、右手で巨大なやっとこ状の器具に例の黒い端末をセットし、広瀬の耳たぶに当てた。

 ひんやりとした感覚が耳から背中へ抜ける。


「一瞬、ちっくっとするぞ」


 広瀬は硬く目を瞑り歯を食いしばったが、血の気が引いて顔が冷たくなっていくのが分かった。

 カシャッ!

 乾いた音と共にやっとこから黒いヒューマノイド端末が打ち出され、その裏側から突き出した尖った電極が広瀬の耳に穴を穿った。

 普通の人なら痛みとも感じない程度の衝撃だったが広瀬にはまるで金槌で耳を叩き潰されたような痛みに感じ、思わず閉じていた両目をカッと見開いた。

 そして目を疑った。


 涙に滲んだ目に映ったのは、狭い部屋じゅうを埋め尽くさんばかりに飛び回る小さな羽虫の群れだった。

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