門出のダンジョン 7
世界は善いことと悪いこととで満たされている。
できることなら、善いことだけに囲まれていたい。
けれども、ええ、それは不可能ね。
善と悪には、明確な基準がない。
ワタシにとっての善が、他の誰かにとっても善だとは……限らない。
クラウスは自分の意思で司書になった。
そして、三年生の間に開発した全ての技術から、自分の名前を消した。
いえ、開発者としてのクラウスの名前を削除した記録を残した、といったほうが正しいかしら?
カンニングした気分って言ったのはアルフレッドだったわね。
実際にはカンニングどころじゃないわ。
司書になるということは、異世界の知識に触れるということ。
そう、未知の知識。
クラウスは自力で答えにたどり着きたかったと嘆いていたけれど、意図せず知ってしまったそれを、ズルだと感じるひとは少なくないでしょうね。
いずれ、司書の存在が周知されていけば、確実に問題になるでしょう。
司書の立場を利用して、知識と名誉を独占したとして糾弾される。火を見るよりも明らかなことよ。
海底の図書館を訪れれば、未知の異世界の知識に触れる可能性がある。
それでも良いなら一緒に図書館へ行かないかと問いかけたその時に、クラウスの覚悟は決まったのだろう。軽く目を伏せてゆっくりと息を吐いた彼は、思い悩むようなそぶりを見せなかった。
もしかしたら、皆を巻き込む覚悟を決められなくて結局判断を丸投げしたワタシに、呆れていたのかもしれないわね。
だからこそ、ワタシは、司書になると決めてくれた彼らに負い目を感じてはいけない。
それは、とても、失礼なことだから……。
黒の上質な封筒に銀色の封蠟。
塔の錬金術師だけが使用できる特別なものよ。
コテージのダイニングテーブルで開封していいものではないんだけれど、非常時の今は仕方がない。と言い訳をしつつ中を確認する。
差出人はカートさん。
中身はクラン設立のための必要書類一式。
一学生に過ぎないワタシが何故こんな重要書類をダイニングテーブルに広げているかというと、避難所生活で書斎がないからよ!
…………。
……。
いえ、そうではなくて、クランを設立するからよ。
え?誰がって?そう、ワタシが、よ。
司書の存在を世界に周知する際に、分かりやすい旗印が必要になったの。
現在の司書のほとんどはラピスの国民でしょう?しかも代表のワタシは王子だし……。ほら、一応ね?
立場を利用した不正とか言われないように、色々と気を遣うところなのよ。
新しくギルドを設立することも検討されたんだけれども、ギルドは国に帰属しているイメージが強いのよね。それで、ワタシたち司書がラピスの組織だと誤解されることを避けるため、各国の要人を巻き込んでクランを設立することになったというわけよ。
代表のワタシはまだ未成年者だから後見人が必要なのだけれど、諸々の事情でラピスからは選べない。ということで、なんと、カートさんが後見人にと申し出てくださったの。
さて、クランのメンバーは──。
ラピスからはクラウス、アルバート、リオン、アルフレッドね。
マーテルからはレティシアさんの強い要望でドーンさんたちパーティーの皆さん。
ロサからはじぃじ先生……ではなく、アルマン陛下。
マキナからは末っ子王女のフラム・マキナ。ダフィット陛下の溺愛してやまない妹姫よ。
ネムスからは王太子のウィレオ・ネムス。
錚々たる顔ぶれだわ。
フラムとウィルは高等部に進級するタイミングでラピスに留学するの。
避難所生活で書斎もないところに王族が留学するのもなんだけど、まあ、これも『社会勉強』だそうよ。確かに、滅多にない機会ではあるわね。ふたりと顔を合わせるの久しぶりだから、今からとっても楽しみだわ。
特にフランは、この間マキナのダンジョンでワタシが一方的に見かけただけだったから、話をしたかったのよね。ダンジョンの通路で寝落ちしたらいけませんって!常習犯らしいわ、あのこ。
「あ、あの時の冒険者のこ、まだ、中等部の生徒だったんですか⁈」
そうよ、ちなみに探索に出るようになったのは中等部に進級してすぐの頃からだったわ。
「太刀を装備していたな。戦士か?」
一応錬金術師を目指しているけれどもね。最近は曲刀と銃がお気に入りですって。
「あのトラップもオリジナルと見た」
そうね、あのこ、お兄ちゃん大好きだからダフィット陛下の真似してるのよ。
「将来有望だな!」
ええ本当にワタシも鼻が高いわ、ってあなたたち、あのこがダンジョンで寝落ちしてたことをもっと気にしなさいよ!
なんだか頭が痛くなってきたわ。
『深き水底に眠りし母なる光よ、汝が慈悲をもてこ……』
「ところで、さっきから何を考えこんでいるんだ?」
クランを設立するにあたって名前とシンボルを決めないといけないらしいんだけれど、ねえ、あなたたち何かいい案ないかしら?
友人たちは顔を見合わせると、何故だかとても生温かい笑顔を向けてきた。
「がんばれ」
え、ここは一緒に考えるところじゃないのかしら?
ワタシの困惑をよそに青年たちは爽やかに去っていく。
…………。
……。
さて、名前どうしようかしら?




