門出のダンジョン 5
金の刺繍と青いラインの入った純白のローブ。
一糸乱れぬ整然と整列した制服姿。
再建されつつある街の中で、ここだけがぽっかりと穴の空いたような更地だ。
季節を無視したこの世界の小麦の穂波も、その向こうに臨む穏やかな海も、いまや統一感のある街並みに隠されている。
少し前までの遮るものの無かった景色がなんだか懐かしいわね。
誇らしいのに、どこかさみしさを感じるのは……ただの感傷、今日のワタシの、ね。
講堂の建設予定地に仮設で作られた演台。
見渡す先にあるのは記憶よりも少し大人びた見知った顔ぶれだ。
ここから見える光景をワタシは一生忘れない。
「今日、この場所で、この日を迎える慶びを皆さんと分かち合えることを、光栄に思います」
「この一年を振り返ると──ワタシはほとんど学園にはいなかったわけですが、色々なことがありました。ダンジョンの変換期での作戦行動。マーテルのダンジョンでの迷子。そして、あの悪夢による災禍。
その節は先輩方に大変お世話になりました。
ワタシは誰よりも手のかかる後輩だったと自負しています。
ワタシが今日ここに立つことができたのは、皆さんのおかげです。本当に、ありがとうございました」
「これからは先輩方の志を引き継ぎ、この学園の最高学年に相応しい生徒となれるよう努めてまいります。
本日は、ご卒業おめでとうございます。
在校生代表、ユーリ・ラピス」
温かい拍手に一礼して戻ると、ワタシに送辞を仰せつけた次期生徒会長が笑顔でサムズアップしている。王族が生徒でいる場合は、式典での挨拶をその王族が行うのが慣例らしい。
その次期生徒会長の後ろで、アルフレッドがうつむいて肩を震わせている。お兄ちゃんの卒業式で感極まったのね。
大役を果たして軽くため息をつくと、演台のクラウスを見つめる。
普段通りに見えるわね。緊張とかしないのかしら?
「はじめにひとつ、謝罪するね。
うちのパーティの後輩が面倒をかけて、申し訳なかった」
期せずして会場がどっと沸く。
答辞の出だしがコレってどうなのかしら。
「みんなの助けがあったからこそ、ボクたちは今こうして笑っていられる。
本当にありがとう。
12年前の入学式を覚えているかい?
寮生活が始まって、親に会えなくなって、不安で泣きそうだった。
上級生たちはギスギスしてて、学園の空気は最悪だったね。笑っちゃうくらい」
ワタシが生まれてすぐに始まった政策の影響を一番に受けたのは、初等部の生徒たちだったでしょうね。
今では当たり前の寮生活も、当時は寝耳に水の話だもの。
「知っているかい?
最近の小さい子たちは寮生活に憧れているんだって。
学園の生徒のことをかっこいいっていうんだ。なんだかくすぐったいよね。
あの頃とはずいぶん変わったよ」
「あれから12年。色々あった。
嬉しいこと、楽しいことばかりじゃない。
辛いこと、悲しいこと、やるせないことがたくさんあったね。
けど、今の学園の空気は悪くないんじゃないかな?
ボクは好きだよ。
これは、誇っていいと思う。
今日でボクたちは卒業するけど、何も心配することはないよね?後輩諸君、後は任せたよ」
「最後に、私達を12年間支え御指導くださいました先生方はじめ管理者ギルドの皆さま、そして、両親に感謝いたします。
私達はこれから、これまでとは少しだけ関係を変えて、変わらず切磋琢磨してまいります。
だから、ボクはこの言葉で締めくくりたいと思います。
これからもよろしく!
錬金術師見習い、クラウス」
拍手の音が響き渡る中、ワタシはハンカチに顔をうずめていた。
不惑を過ぎて私は涙脆くなった。
特に、子供の成長を感じる時、こういう節目のイベントとかは駄目ね。
ワタシは17歳だけど、こういう時は私に物凄く引きずられるのよ。
ああ、きっと瞼が腫れて赤くなってるわ。
ちょうど卒業式が終わったところだし、帰宅するひとの流れに紛れてお手洗いに移動しましょうか。
治癒魔法&浄化魔法ランク1
これでよし!
顔を上げると鏡の中のリオンと目が合った。
「卒業式のパーティーの準備、手伝いに行くぞ」
例によって呆れた顔の幼馴染に頭をベシっとはたかれた。
パーティーの準備は商業系のクラスのひとたちがメインで作業するの。
治癒師科の生徒は主に浄化魔法、つまりお掃除ね。会場をざっと浄化したらお仕事はしばらくないわ。
ワタシとリオンはむしろ生徒会、アルフレッドの手伝いよ。
何というか、こう、名もなき業務が多いわね?
卒業パーティー。乙女ゲームにはお馴染みのイベントがあるわよね。
婚約破棄とか断罪とかのアレよ。
まあ、この世界ではありえないから大丈夫。管理ギルドの管轄だから、間違ってもパーティーでそんなことは起こらないわ。
そもそもこの世界では婚約期間が短いの。
プロポーズが成功すると、大抵その足で管理ギルドに行って結婚の手続きをするから、長くても半日ね、婚約期間。ちなみに、結婚式から新居選びに至るまで、収入と相談しながら手配まで進めるのが、管理ギルドの結婚の手続きだったりする。
そのせいかしら、プロポーズは夜景のきれいなロマンチックな場所ではなく、早朝の公園やカフェが多いの。朝一で手続きに行きやすいからでしょうね。
しかも、この世界には死亡フラグという概念があるの。
海底の図書館で確認したから確実よ。あの時は自分の目を疑ったわ。
実際、ダンジョン探索中にプロポーズをしたり匂わせたりするのは不吉だといわれているの。
『この探索が終わったらプロポーズするんだ』なんていったら間違いなく『今言うな』とパーティーメンバーに叱られるわね。いろんな意味で。
この世界では、『将来結婚してください』ではなく『今すぐ結婚して下さい』か『恋人になってください』が一般的なのよ。
つまり、この世界で卒業パーティーで婚約破棄するのは途轍もなく難しいの。
まあ、この世界、学園に王子がいたとしても悪役の貴族令嬢が存在しないものね。
特権階級は 王族のみよ。
しかも、王族の義務について広く知られているから、王族と結婚したいひともあまりいないの……。
王太子は必ず結婚して子供を儲けなければいけないとか、有事に備えて鍛えておかなければいけないとか。そうそう、ラピスのダンジョンの変換期でワタシが脱出時に最後まで残っていたのも、王族の義務によるものよ。
ダフィット陛下がロサの王になったのも、この王族の義務の一つね。
その国の王の血族が途絶えて後継者がいなくなった場合、他の国の王子王女を養子に迎えて王太子とするの。この緊急事態のための王位継承権があって、王太子を除く王の第二子から順に年功序列で決まっているのよ。
ええと、ダフィット殿下が今まで王位継承一位だったから、今はダフィット陛下の次に年長の……。
……。
…………。
………………ワタシだわ。
ま、まあ、こんな緊急事態そんな滅多にあるものじゃないからね、ワタシが王様になるなんてこと、ないわよ。




