門出のダンジョン 3
抜けるような青空に鐘の音が響く。
色とりどりの花を咲かせたウエディングドレスをまとったふたりが、紙吹雪に迎えられる。
掃除が大変ね。
……。
いえ、そうではなくて。
…………。
ええと、本日はお日柄もよく……いえ、そもそもこの世界にお日柄なんて考え方なかったわね。
どうしようかしら、おふたりともダンジョン前の広場に出たらフリーズしちゃったわ。
これは、サプライズ大成功と思っていいのよね?
「いや、当初の予定とは少し違う」
ワタシとともに新郎新婦のエスコートという大役を仰せつかっていたリオンは、おめでたい日に似つかわしくない表情だ。あれは、いつもワタシをベシっとはたく時の顔ね。
幸か不幸か今日はタナカさんとスズキさんが間にいらっしゃるから、ワタシに突っ込みは入れられないけれども。
「さあ、ふたりともこちらへ」
進行役のノエルお兄様が新郎新婦を手招く。
ギクシャクと、油を注し忘れたロボットのような動きで両陛下の御前に進み出るおふたりは、大変ひきつった笑顔をしていらした。
「あらあら、ふたりとも~大丈夫よ~?さあ、深呼吸して~」
「諦めよ。回らなかった金を思って算盤をはじくのは後にせよ」
っ!この世界に算盤ってあったのね。
大役を果たして脇に下がったワタシの頭を、リオンはここぞとばかりにベシっとはたいた。
さて、新郎新婦による誓いの言葉が始まったわ。
あの有名な『病める時も、健やかなるときも……』ってやつよ。
個人的に結婚式の山場だと思っているわ。
しかし、裏方の山場はむしろこれからよ。
ワタシは、乾杯のタイミングに合わせて給仕をするべく、周りのスタッフと視線を交わした。
広場を埋め尽くす、ひと、ひと、ひと。
ラピス国民の何割のひとがここに集まっているのかしら?
計画的に配置されたスタッフが、しれっとグラスを配っている。
光にかざすと虹色に輝くグラスには、ブドウのジュースがきらめく。
お父様とお母様に背を支えられて会場を見渡した新郎新婦は、感極まってハンカチに顔をうずめている。
ハンカチをたたむとタナカさんがくいっと頭を上げて会場を見回す。
「本日は素晴らしい式をご用意していただき、誠にありがとうございます。だがなお前ら、ひとつ言わせてもらうぞ。この規模で結婚式を開くなら、ちゃんと経済を回さんかー!」
どっと会場が沸く。
「本当にどうしてくれようかしら?でも、みんなありがとうねー」
スズキさんが嬉し涙を浮かべてお礼を叫ぶ。
……。
…………。
嬉し泣きよね?アレ。
もしかして、悔し泣きかしら?
……。
いえ、考えないようにしましょうか。
大規模パーティーで集めた『虹色のガラスの欠片』
その『虹色のガラスの欠片』で作ったビーズやグラス。
マーテルのダンジョンで集めた『黄金の葡萄』で作った『幸せのブドウジュース』
結婚式の定番ね。
そう、この定番の品を用意するだけで、本来なら相当の経済効果があるのよ。
けれど、この結婚式はボランティアで成り立っているからね。
管理ギルドの職員さんにとっては頭の痛いことかもしれないわ。
しかもこの後の立食パーティーも全てボランティアが用意したのよ。
あったかもしれない経済効果に思いを馳せると、なんだか物悲しい気持ちにならないこともないわ。
さり気なくグラスを本日の主役に渡すと、ごく個人的な本日の山場がやってくる。
ノエルお兄様がグラスを掲げて乾杯の音頭をとる。
「Prost」
「「Prost」」
一斉に飲み干されたグラスが床にたたきつけられる。
割れたグラスは丸いビーズとなってキラキラと日の光を反射しているわ。
感無量ね。
某作品のファンなら一度は憧れるシーンでしょう。
まさかこの世界に、この習慣がやってきていたなんて!
ただ、結婚式にはあまり向かないしきたりかも知れないわね。
確か戦争に向かう際の覚悟を表す行為だった気がするもの。
……。
…………。
いえ、もしかして相応しかったりするのかしら?
後戻りできないという意味では……ええ、深く考えてはいけない気がするわ。
会場に予め仕掛けていた魔法陣が、浄化をしつつ割れたグラスを回収していく。
満足げなクラウスを尻目に立食パーティーの用意を始める。
といっても、ポーチからテーブルとお料理を出すだけなのだけれどもね。
立食式ということで、全て手づかみで食べられるものが用意されているの。
昨日までに作られた出来立てアツアツのお料理、楽しみだわ。
この結婚式の仕掛け人らしいトレインさんが、新郎新婦に呼び出されて両サイドからブーケで叩かれている。
斬新なブーケトスね。
さて、次の結婚式の主役も決まったことだし、ご飯にするわよ!
そうそう、ちなみにタナカさん、スズキさんというのは私の国の苗字みたいだけれども、個人の名前だからね?
結婚してもタナカさんがふたりに増えたりはしないのよ。念のために……。




