門出のダンジョン 2
純白の光沢のある布地。
虹色に輝く小さなビーズ。
カラフルな刺繍糸。
針を持つ手が緊張で震える。
深呼吸をすると、大きな手が励ますように軽く背を叩いた。
「そんなに緊張しなくていい」
アルバートに教えられながら青い糸を刺していく。
「緊張するわよ!」
だってこれ、失敗できないのよ?
「大丈夫ですよー。多少の失敗はリカバリできますし、綺麗にそろってなくてもいいんですよー」
「一番大事なのは気持ちですからー」
裁縫ギルドのお姉さま方が頼もしいわ。
ワタシはアルバートの助けを借りながら、ようやく青い花を一輪咲かせたのだった。
大仕事を終えてリオンと交代すると、グッと背伸びをする。
思ったよりも肩が凝ったわね。
普段何事もそつなくこなす幼馴染が悪戦苦闘している。
微笑みながらリオンに手を貸しているアルバートを見ていると、ワタシまでなんだか嬉しくなってくる。
やっぱり、好きなことをしているひとっていい顔しているわ。
裁縫ギルドで鋭意製作中のこのドレスは、タナカさんとスズキさんに結婚式で着ていただくものよ。
この国では親しいひとが結婚式の衣装に少しずつ刺繍を刺す風習があるの。
管理ギルドの総合窓口のタナカさんとスズキさん。
高等部でダンジョンに行くようになってから、いつもお世話になっているの。
もちろんそれはワタシだけではないわ。
だから、おふたりの力になりたいひとは大勢いるの。
ウエディングドレスが二着では足りないくらいにね。
それで、刺繡に参加できなかったひとは式の準備で張り切っているの。
この前の『虹色のガラスの欠片』集めもそのうちの一つよ。
おふたりは、こんな時だから式は控えめにしようとしてらしたのだけれども、そうは問屋が卸さないわよ。
数少ない恩返しの機会、逃しはしないわ!
『ここは素直に好意に甘えると良いだろう』
『こんな時だからみんな楽しくお祝いしたいのよ~』
なんて上司に言われては腹をくくるしかないわよね。
なにせ、お父様もお母様もものすごく喜んでいるもの。
さて、固まった体をほぐすために少し散歩でもしようかしら?
裁縫ギルドを出ると、ミントが頭の上に乗ってくる。
今日は香箱座りではなく背筋を伸ばしてお座りの姿勢ね。難易度が上がったわ。
職人街を歩くといつもその熱気に圧倒される。
ものづくり特有の音を聞いていると、心が弾むわ。
ガラスの加工をしている職人さんと目が合うと、ニヤリと悪企みをしている顔で笑いかけてくださった。
ワタシも悪い顔をして笑い返す。
いいわね、こういうの。
とても楽しいわ。
ダンジョンを出ると地平線の向こうに丸い水平線が見える。
この世界も球体なのねと、今更思う。
ここから見える水平線もそろそろ見納めかしら?
もう、大分見通しが悪くなってきたもの。
おふたりの結婚式はこのダンジョン前の広場で行われる。
今までは、王城で王と王妃の前で結婚の宣誓をしていたのだけれど、無くなっちゃったからね、お城。
広場ではノエルお兄様が有志の皆さんと結婚式の段取りを確認していらした。
そう、有志の方。
強制されたわけでも、依頼されたわけでもない無報酬のミッション。
企画したのは管理ギルドのトレインさんらしいとの噂だけれど、真偽のほどは定かではない。
マーテルのダンジョンに食料を狩りに
ラピスやロサのダンジョンに素材を採りに
ドレスを仕立てて
美味しい食事を作って
素敵な飲み物を用意して
普段の仕事の片手間に、そっと集まって用意した結婚式。
なんだか素敵ね。
タナカさんとスズキさんの人望のなせる業って感じがするもの。
鍛錬もかねて海岸を走ろうかしら。
しかし、軽く準備運動を始めたところで山賊に声をかけられた。
「よお!王子殿下暇そうだな」
だがこの世界に山賊はいない。
いかつい容貌にちょこんとクマの耳が付いたワイシャツ姿の男性だ。
管理ギルドのトレインさんよ。
トレインさんはいつも凄みのある顔でワタシに絡んでくるの。
「そぞろ歩きにギルドの長を連れまわすとは、いいご身分だ」
振り返るが、誰も、いないわね。
「アデッ」
「いい加減にしてください」
向き直るとトマス先生がトレインさんに拳骨を食らわせたところだった。
トマス先生は、いつもワタシの視界に入らないところでさり気なく護衛してくれている。
今まではラピスの街中での護衛なんてなかったのに、マーテルのダンジョンで迷子になって以来ちょっと過保護になった気がするわ。
トレインさんはトマス先生がワタシを優先するのが気に入らないの。
それで昔からワタシに絡んでは、トマス先生に叱られているわ。
まあ、それも仕方ないわね。
なにせあのふたりは……。
「あー、なんだ。暇ならこの依頼をやっといてくれ」
ワタシの生温かい視線に気が付いたトレインさんは、ゴホンとわざとらしく咳ばらいをすると依頼書を渡してきた。
「はい、承知いたしました」
ワタシは有難く広場の清掃の依頼書を受け取った。
これはユミル先生の計らいで受けさせていただいている、依頼という態の実習よ。
これで、進級の単位取得にまた一歩近づいたわ。
「さて、やりますか」
気合を入れたワタシをミントも応援してくれている。
『うん、おつとめごくろうさまだよ?ユーリ』




