門出のダンジョン 1
きちりと整えられた青い髪。
すらりとした足を強調するかのような、スマートな正装。
白い手袋をはめたメガネの美青年が、華麗にステップを踏んでいる。ダンジョンで──。
……………………。
…………。
そう、ダンジョンで。
おかしいわね。
TPOについて考える必要があるわね。
明後日の方角へ思考を飛ばしていたワタシの頭をベシっとはたいたリオンは、「真面目にやれ」と苦言を呈すると、再び軽快にステップを踏み出した。
もう、せっかく余所行きに整えた髪がみだれちゃったじゃないの!
どこからか流れてくる軽妙な調べ。
優雅に正装した紳士淑女の皆さんが、いささか緊張した面持ちでダンスに興じている。
しかしながら、ここはどこぞのダンスホールではなくラピスのダンジョン。
このホールに集まっているのは冒険者の方や冒険者の卵たちだ。
モンスターの中には特定の場所で特定の条件を揃えたときにのみ出現する特殊なものがある。
この、ラピスダンジョン11階層にのみ出現する『タップダンス』というモンスター。
文字通りタップダンスを踊りながら攻撃してくる靴なのだけれど、とある条件を揃えると特殊なモンスターに変化するの。
その名も『ガラスの靴』
このモンスターを呼び出す条件というのが、フロアの全員が正装してダンスを踊り続けるというふざけたものなのよ。
初めにこの条件を発見した冒険者の方は、とあるクランの中堅のメンバーだったそう。
タップダンスが稀に落とす『小人の革紐』を集めにきていたのだけれど、数日経過したところで遊び心を抑えられなくなったらしいのね。
リポップ待ちの間に正装してダンスを踊っていたらしいの。
何しろこの階層、常にダンスミュージックが流れていて床は滑らかな大理石。
天井からはシャンデリア、壁や柱には煌びやかな布飾り。
つまり、とっても、雰囲気がいいのよ。
まあ、モンスターが出るけれども……。
そして満を持して『ガラスの靴』が出現したというわけ。
発見の報告を受けたクランマスターや各ギルドのマスターたちは驚いたり呆れたりでとても忙しかったそうよ。
彼らの所属するクランマスターも怒っていいか褒めていいか迷った挙句、当の冒険者の方々を正座させてお説教をしたまま労ったらしいわ。
まあ、ダンジョンでふざけるなんてお説教案件だものね。
検証のために正装してダンジョンに向かった管理ギルドの皆さんのことを思うと、尊敬の念と可笑しさが同時に浮かんできて複雑な気持ちになるわね。
そう、そしてこの一件の後、学園でダンスの授業が必須になったの。
真面目な表情を保つためにこの階層の歴史を振り返っていると、ふと、照明が暗くなった。
BGMが途切れ、カツンと小さな硬い音があちらこちらから響いてくる。
パッとスポットライトが照らす先にはお待ちかねの『ガラスの靴』
皆は厳粛な面持ちで徐に懐からトンカチを取り出すと、モンスターめがけて振り下ろした。
パリン、カシャンと、いたるところから冷や汗の出る音が聞こえてくる。
これでドロップする『ガラスの欠片』には稀に『虹色のガラスの欠片』が混ざることがあって、ワタシたちはそれを集めているの。
そう、今この階層にいる冒険者たちはこの『虹色のガラスの欠片』を集めるために臨時で超大型パーティーを組んでいるのよ。
臨時で募集される超大型パーティーは高難易度ミッションへの挑戦のほかに、こんな風に大量の素材を集める場合もあるの。これは管理ギルドで運営されている掲示板で確認することができるわ。そして管理ギルドの受付で募集することができるのよ。
実はこの『虹色のガラスの欠片』収集の臨時クエスト、管理者ギルドの極秘任務のためにたてられたもので、表向きは建材として『ガラスの欠片』を集めるものになっているわ。
これは管理者ギルドが密かに計画してる、とある催し物で欠かせないものの原料なの。
ワタシたちはこの秘密のミッションを成功させるべく、無報酬でこのクエストに参加しているのよ。
無報酬、そう、ボランティアね。
無報酬であるにもかかわらずこれだけのひとが集まるというのは、それだけこの秘密のミッションが重要視されているからなのよね。
参加希望者が多くてこの階層に収まりきれないから、パーティーを数組に分けて交代で狩りをしているくらいだもの。
まあ、正装して踊り続けるのって結構体力いるものね。
むしろ丁度良いのかもしれないわ。
カランカランとハンドベルの音が会場に響く。
交代の時間ね。




