チュートリアル 7
金の刺繍と青いラインの入った純白のローブ。
ラピス島の学園の制服だ。
生徒達は講堂に集まり、黙祷をささげている。
白い花々で埋め尽くされた祭壇の奥には、三色の宝石が安置されていた。
しめやかに鳴り響く鐘の音に紛れて、誰かのすすり泣く声が聞こえた気がした。
学園は暫くの間休校になった。
探索実習中の生徒の死亡という知らせは、ラピス島内外へ大きな衝撃をもたらした。
加えて、ダンジョンの変換期の可能性が出てきたとの報告もあり、島全体が重苦しい空気に包まれている。
休校の間、ワタシは家に帰ることにした。学園にいても出来ることなんて、なにもないもの。
久々の自分の部屋は、ひどくよそよそしい感じがする。それだけ、寮の生活に馴染んでいたのよね。
制服のままベッドに寝転んでため息をつく。
ワタシはふと、私の記憶を思い出した。
『気に入ってたキャラがストーリー進めたら、死んじゃったの』
『あぁ、俺もそのキャラ思い入れあったからきついわ』
『こういうのって、条件達成するとあとで生き返ったりするよね?』
『日本のゲームじゃ、よくあるパターンだよね』
『でも、このゲーム会社そういう展開ないよ』
『うわぁ、ツライ。生き返ってハッピーエンドな分岐欲しい』
ここが、乙女ゲームの世界なら、生き返ってハッピーエンドでクレジットが流れるのかしら?
ゲームの世界なら。
バカバカしい。
死んだ人は生き返らない。
これは、現実よ。
「ユーリ、いるかい?」
軽いノックの音とともに、懐かしい声が聞こえた。
慌てて扉を開けると、ノエルお兄様が微笑んでいらした。
「午後からお休みを頂いたんだ。一緒にお茶にしよう」
ケーキがあるよといって、お兄様はワタシを中庭に誘った。
真っ白な長い髪に大きな碧の瞳。癖のないさらりとした髪からとんがった耳が飛び出している。
中性的な美しい容姿なのに、残念ながらお兄様はあまり身形にかまわない方なの。
長い髪は単に切り忘れているだけだし、ネイビーのローブは少しよれているわね。
お茶を頂きながらノエルお兄様の近況に耳を傾ける。
ダンジョンの変換期の可能性が出てきてからは、特に忙しいらしいわ。
お兄様のペンダント型のアミュレットが、やさしい光を放っている。あれは、ノエルお兄様のお母様なのよ。第一王妃だった彼女は、お兄様を生んでまもなく亡くなったの。
第一王妃様は亡くなると、淡い光に包まれて美しい紫の宝石へと、姿を変えたそう。
この世界の人は、死亡すると身に着けていたものごと光の粒子となり、ひとつの宝石になるの。
まるで、モンスターから魔法石がドロップするように。
あぁ、嫌だわ。こんなこと、考えたくなかった。
人とモンスターが同じなんてこと。
人とモンスターが同じなはずない!
「ユーリ、大丈夫かい?顔色が悪いね」
いつの間にかお兄様が立ち上がってワタシの顔を覗き込んでいた。
いけない、ただでさえお忙しいお兄様に、ご心配をおかけするなんて。
「いろいろと、大変だったからね、疲れただろう?」
慌てて取り繕おうとするワタシに、ノエルお兄様は困ったように笑った。
「ユーリ、俺は君から見て、そんなにも頼りない兄貴かな?」
君の話を聞かせてくれないかといって、頭を撫でるお兄様の手がとても温かくて、ワタシは自分を抑えられなくなった。
リオン達を危険に晒してまで彼女達を探しに行ったのに、助けられなかったこと。
ダンジョンの探索には命の危険がつきまとうと知っていたのに、どこかで楽観していたこと。
自分達が救出に向かえば助けられると、驕っていたこと。
宝石に姿を変えた彼女達に、ひどく動揺したこと。
分かったつもりになって、なんの覚悟も出来ていなかったこと。
堰を切ったように話し出したワタシに微笑んで、お兄様は頷きながら聞いてくれた。
そして、こう仰ったの。
「うん、大変だったね。でも、これだけは忘れないで欲しいんだ。ユーリ、君達は二人の女の子の命を救ったんだよ?それはとても素晴らしい事なんだ。俺は、君を、誇りに思うよ」
よく頑張ったといってお兄様はワタシを抱きしめてくださったの。
込み上げる涙を抑えきれず、ワタシは、お兄様に縋り付いて、声を上げて泣いた。