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繚乱のダンジョン 28


 よく晴れた真っ青な空。

 さらりとした海風。

 どこか気の抜けた雰囲気の甲板。

 浄化魔法できれいにした船体。

 錬金術ギルド特製の薬液で満たされたバケツ。

 手袋をした手でぎゅっと絞られる布。

 

 ワタシはひとり、ラピスへと向かう船の上で床を磨いていた。




 話せば長く……はないわね。

 とある事情で断罪されたワタシ、ユーリ・ラピスは贖罪のために奉仕活動に勤しんでいた。

 一言でいうなら、機密情報を堂々と人前で漏洩いたしました。

 後悔はしていませんが、反省はしています。


 マーテルからやってくる予定のレジェンドのリストをメイミに渡したのよ。

 エイルさんの目の前で。

 大量のマシュマロを残して立ち去ったメイミを見送った後、ワタシはめでたく捕縛された。


「確信犯でないことも、何を考えてのことかも分かってはいるんだけどね……」

 罰を受けてもらうよと、こめかみを抑えながらノエルお兄様がおっしゃった。


「私の指導不足です。申し訳ありません」

 神妙な面持ちで頭を下げて見せるユミル先生。

 形ばかりの拘束をするバルドルさん。

 天を仰いで笑いをかみ殺すエイルさん。


 ……あのね、もう少し真面目にやってくれないかしら。


 口元を抑えながら『やると思ってた』と肩を震わせるユージーンさんを視界の端にとらえながら、ワタシはため息をつくのを必死にこらえていた。

 なまあたたかい。

 ワタシを取り巻く大人の視線が、オソロシク、ナマアタタカカッタ。




 なんの非もないまま──多少の非はあるかもしれないのだけれど、親とかかわることを禁止されてしまった子供たち。

 この後、半ば強制的に保護者を割り当てられる予定の彼らの意思は、どこにあるのだろう。


 カウンセリングが付く。

 確かにそうね。

 でも、十分な時間は確保できていない。


『生きなければいけない』

『生活していかなければいけない』


 子供ってね、結構見ているのよ。大人のこと。

 本能……とでもいうのかしら。

 時々、悲しいくらいに大人の意に添うように振舞うのよ。


『時間がない』

『早く、目の前の問題を片付けないといけない』


 混乱して泣いて、

 悲しくて泣いて、

 不安に泣いて、

 けれど、状況に流される以外の方法がわからない。


 それが、すごく、ワタシには辛い……。


 だから、これは、ワタシの自己満足よ。


 大人の事情で家族と引き離されたのなら、せめて、これから家族になるひとは自分で選んで欲しい。

 後で間違っていたと後悔してもいい、あの時はそれが最善だと判断したのだと胸を張って欲しい。

 どうか、せめて自分で選択したという、事実を……。



 

 当事者を置き去りに話が進んでいく現実に、ワタシは不満を抱えていた。

 隠すつもりもなかったから、周りにも伝わっていたでしょうね。

 分かっているわ、これじゃただの駄々っ子よ。


 けれど、どうすればいいか分からなかった。

 時間がないのは分かっているの。

 それなのに、何の解決策も持っていないワタシのきれいごとをぶつけるわけにはいかないでしょう?

 ああ、これじゃホントに駄々っ子だわ。


 ため息をついて顔を上げると、にやりと笑ったダフィット殿……陛下と目が合った。

「お友達のこれからが心配でたまらないユーリ君に、いいことを教えてあげよう」

 碌なことを考えていない顔だった。

 したり顔で手渡された紙の束は、さらに碌でもないものだった。

 『明朝到着予定のマーテルの船の乗船者のリスト』

 間違ってもワタシが見ていいものではなかった。

 憮然としてリストを返そうとするワタシを、食わせ物の陛下は押しとどめた。

「あげるよ、それ。よーく読んで、そのふくれっ面治しな」

 ただの学生に個人情報を渡さないでちょうだい!


 ひらひらと手を振って去っていく伊達男に頭を抱える。

 けれど、本当は分かっている。

 選択肢をもらったのだ、ワタシは。

 正しいのは、リストをこのまま燃やして処分することだろう。

 けれど、他の使い方もあるのよ。


 含みのある切れ長の黒い瞳がワタシの心の中で問いかけてくる。

 お前はどうする?

 大人になるか、

 駄々っ子でいるか、

 それとも…………。


 思えばワタシの今までの人生は恵まれていた。

 じぃじ先生は幼いワタシに選択するということを教えてくれた。

 そのための知識を、そのための考える力を与えてくれた。


 誰かに助けを求めてはいけない。

 みんなに分かってもらおうとしてはいけない。


 そんな曖昧なカテゴリーでひとと付き合ってはいけない。

 それは、失礼なことだから。


 これから自分が関わるのは、誰かじゃない、みんなじゃない。

 名前を持った個人だ。

 だからちゃんと、相手のことを知ろうとしないといけない。


 悪意のある視線に怯えて、泣くしかできなかった幼いワタシ。

 みんなに自分のことを分かって欲しいと泣き喚くワタシに、じぃじ先生は優しく諭してくださった。


 そうよね。

 知る機会があるなら、それを逃すなんてもったいないわよね?




 いえ、そうじゃないわね。

 難しい話じゃない。

 ただワタシは、涙を流す友人を前にして泥をかぶることを厭う者ではありたくないのよ。

 それだけの話。


『いいかしら?最初が肝心よ。早い者勝ちなんだから、頑張りなさいね』


 チョコレート色の髪の少女の手にリストは渡り、ワタシは生温かい大人たちの視線に見守られている。

 

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