表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/84

繚乱のダンジョン 26

 懐かしい夢を見たわ。

 悲しくて温かい記憶。

 もう、あれから1年……いえ、まだ、1年もたたないのね。

 周りの変化に戸惑う心とうまく折り合いをつけられなくて、泣いていたメイミ。

 彼女を見ていたら、『彼』のことを少し思い出したの。

 ワタシを守ろうとするあまり、ワタシの成長を素直に受け入れることができなくなった『彼』のことを。

 

 愚かなワタシは大切なひとを大切にしたいと願うばかりで、いつも肝心なところで失敗して、後悔ばかりしているけれど、けれども、愚かであることを言い訳にしたくない。

 見なかったことに、気がつかなかったことにしたくはないの。

 いいえ、してはいけないのよ。

 

 ワタシは……治癒師なのだから。

 

 ワタシは治癒師なのだから、違和感から目をそらしてはいけないのよ。

 いつもと違う、今までと同じにできない、しっくりこない気持ち悪さから逃げ出したら一生後悔することになる。

 不安におびえる心をしっかりと抱えたまま、ワタシたち治癒師は違和感と向かい合わなければいけない。目の前のひとを、仲間を助けるためにもね。


 メイミも、本当はわかっているのよ。

 今までの在り様を壊して新しい体制を作るのだもの、今まで通りではいられない。

 違和感を感じずにはいられない。

 それは、当たり前のことなのよ。

 そして、今までと違うことに不安を感じることも当たり前のことなのよ。感じた不安から、逃げたいって思うことも……ね。


 けれど、彼女は逃げなかった。

 逃げずに立ち向かうために、ワタシのところに来たのよ。

 それは、いくつかある正しい選択の一つだわ。

 悩んで迷って、立ち止まって、そうして誰かに相談する。

 それは、とても勇気のいることなの。

 この騒動で微妙な立ち位置にいるワタシを相談相手としたのなら、尚更そう。


 そう、彼女は逃げなかったの。

 同じ不安を抱えている友人たちと慰めあうよりも、違う視点を持っているであろうワタシと話しに来た。

 まるで、自ら退路を断つかのように。

 不安を訴えて、泣きながら、大量のマシュマロの串の山を築いて。

 …………。

 ……。

 どうしようかしら、このマシュマロ。

 

 ……いえ、そうではなくて。

 ただワタシは、この頑張り屋さんの力になりたいと思ったの。

 だってワタシは、これから彼女たちが経験する新しい環境で今まで生活してきたのだもの。


 だから、そんなワタシだからこそできるアドバイスがあるのよ。


「いいかしら?最初が肝心よ。早い者勝ちなんだから、頑張りなさいね」


 ワタシのとってもためになるアドバイスを受けて目を丸くしたメイミは、数秒固まった後、いたずらっ子のような瞳でふっと笑った。


「それは、私だけが知っていたのではフェアじゃないですね」


 そう言って、彼女は軽やかに友人たちのもとへ帰っていった。

 ワタシはそんな彼女の後姿を見送りながら、そっと心の中で呟いた。

 大丈夫。きっとうまくいくわ、と。


 だって、明日になれば……。




 うららかな春の日差しの中、慰霊碑の広場は錚々たるおじいちゃんおばあちゃんたちで溢れていた。

 

 彼らが何者なのかといえば、引退して暇を持て余した各分野の権威である。

 アイシャお姉さまがマーテルの教育現場の立て直しのため密かに招集していた方々なのだけれども、ロサの災禍への援助が優先だとマーテルの支援の下こちらへ来てくださったのよ。

 このおじいちゃんおばあちゃんたち、もともと資格をお持ちだったのだけれども、災禍にあった子供たちと接するために、再度、マーテルで講習を受けていらしてそれはもう準備万端なのよ。

『『うちのギルド長は、講義の間ずっとカチンコチンでしたわ』』とはマーテルの双子の治癒師談。


 ワタシやリオンがユミル先生に甘えていたように、お兄様やクラウスがエミリアさんに構われていたように、ロサの子供たちはこれから、第一線を退いていた実力者の庇護下に入るの。

 

 家族と離れて暮らしていくのはとても辛いことよ。

 未だ幼い時分なら尚更に。

 ワタシだって、とても寂しかったもの。

 けれど、この方々との出会いはきっといい経験になるわ。

 普通に暮らしていたらめったに出会うことのない一流の方々と、日々交流することになるのだもの。

 だから、どうか、たくさん話して、たくさん甘えてちょうだい。

 だって、このおじいちゃんおばあちゃんたちは孫を甘やかしたくて仕方がない方々なのですもの。




 チョコレート色の髪の少女が背筋をピンっと伸ばして歩いていく。

 不安げな下級生の手を引いて、これから家族になる方のもとへと。

 メイミに続くように、ほかの高等部の生徒たちも下級生たちの手を引いて歩きだす。

 しっかりとした足取りで、ゆっくりと。


 彼らの顔はみな同じように泣きはらした赤い目をしているわ。

 けれど、力強い笑顔を浮かべている。


 優雅にお辞儀をして挨拶をする彼らを見てワタシは思った。もう、この国は大丈夫なのだと。

 だって、この国の未来は、こんなにも輝いているのだから。




 さて、ロサの子供たちとレジェンドたちとの交流に、大量のマシュマロの串が大いに活躍したことを、一応追記しておきましょうか。

 

 

 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ