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繚乱のダンジョン 25

 鈍い光沢が眼前に迫る。

 炎がゆらめくような錯覚さえ感じさせる美しい刀身が、鋭く突き出されてくる。

 ワタシは必死で『彼』の攻撃をかわしながら、反撃の機会をうかがっていた。




 ワタシがもっと幼い頃は、かわすだけで精一杯だった。

 けれど、ワタシだっていつまでも幼いわけじゃないわ。

 高等部にあがる頃には『彼』の攻撃をいなすことも、たまに成功するようになってはいたもの。


『モンスターが王族に忖度することなどない。後衛だからといって手加減することなどありえない』

 

 それが『彼』の口癖だった。

『彼』はワタシより二つ上の学年で、自分にもひとにも厳しいストイックな優等生として有名だった。

 けれど、ワタシは知っている。『彼』がとても優しいひとだということを。


『王子殿下にその態度は失礼なのでは』

『後衛相手にそこまでしなくても良いのでは』


 周囲のひとびとに指摘される度繰り返されてきた『彼』の口癖。

 それはワタシへの叱咤激励であると共に、ワタシを色眼鏡でしか見ないひとへの苦言でもあった。


『無能が王族だからって贔屓されるのはおかしい』

『兄弟揃って安全な後衛職なのはいかがなものか』


 柱の影でこっそりと囁かれる中傷に対して堂々と告げられる『彼』の口癖という名の牽制。叱咤されている身でありながら、不謹慎にも小気味の良さを感じずにはいられなかった。

 なにせ、『彼』の声はよく通る。

 厳しいけれど頼りになる兄貴分。それがワタシの『彼』に対する認識だった。


 だからワタシは気が付かなかった。

 艶やかなその剣の一振りが、どれほど真剣なものだったのかを。

 周囲からの重圧が、どれほど『彼』を苦しめていたのかということを。

 そして……あの口癖が、『彼』自身に向けられていたものだということを。ワタシは気が付きもしなかった。




 鋭い突きを渾身の一撃で切り払う。

 波打つ刃は折れて、鍛錬所の芝生にはたりと落ちた。


『強くなったねユーリ』

『何故、君が無能呼ばわりされるのか、理解に苦しむよ』


『けれど、一番理解できないのはオレ自身の頭の中だ』


 顔を上げた『彼』の表情は、見たこともないくらい歪んでいた。


『周りの連中が言うんだよ、オレがかわいそうだって。

 実力があるのに、無能のお守りで一生食いつぶされるんだって。

 ふざけんなってんだよ。

 お前が誰かに守られるだけの奴なわけがない。

 連中を見返してやりたくて、お前をめちゃくちゃ扱いたさ。クラウスにやり過ぎだっていわれるくらいにな』


『だからユーリ。お前が強くなってくれてすごく嬉しい。

 まあ、卒業を目前にして一年生に負けたんだ、兄貴分としてのプライドは多少なりとも傷ついたけどな』


『嬉しいんだよ、オレ。

 嬉しいはずなんだよ、オレは。

 嬉しいはずなのに、おかしいんだよ、オレは』


『祝福を持って生まれたオレが、無能に負けるなんておかしいって思うんだよ。

 オレは、祝福のある優秀な生徒だから、無能のお守りをさせられてるんだって。

 そんな、そんな下らないこという連中を黙らせたくていままでいろいろやってきたのに、おかしいだろ』


『いつの間にかお前が、無能な王子じゃなくてユーリという一人の生徒として皆に慕われていることに違和感を感じるなんっ


 深紅の影が視界を過ぎった瞬間、『彼』は吹き飛んでいた。

 数瞬遅れて、『彼』がアルバートに殴られたのだと理解した。

 大事な友人達の不穏な空気にワタシは気圧されていた。

 けれど、何より不安を掻き立てられたのは、体を起こした『彼』が晴れ晴れとした顔で微笑んでいたからだった。


『ありがとうアルバート、手間をかけた。

 けど、もう分かっただろ。

 オレはもう、お前たちとはいられない。

 クラウスがここにいたらこういうだろうな、斥候の癖に『それ』から目を逸らすのかって……

 そうだな、オレはずっと向かい合わずにいたんだ、『それ』と。

 そんな奴が斥候だなんて、パーティーとしちゃ致命的だ。

 だから……』


 だから、もう、お別れだ。

 そういって『彼』は振り返ることなく去っていった。

 



 そうしてワタシは……ワタシたちは、『彼』の卒業を前に優秀な斥候を失ったの。

 





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