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繚乱のダンジョン 24

 蜂蜜たっぷりのホットミルク。

 甘い優しい香りが仄かな湯気と共にゆらゆらと立ち上る。

 鈴の音の響く夜の庭の片隅では、マシュマロが香ばしく色づいていく。

 マグカップいっぱいのミルクに口をつけて、コクンと飲み下す。

 ほうっと溜め息が出た。


 長かった一日が終わった。

 今回の騒動の実行犯達は留置され、彼等の賛同者達は気を失っている間に隔離された。

 1階層にいつの間にか作られていた塀の中で、これから彼等は生活していくことになる。

 隔離されたテントで目を覚ましたロサの民は驚き、激しく抗議していたが、ダフィット陛下に諭され──数時間前の自分達の発言を記録した映像を突きつけられ、叱責されたとも言うが、今は静かだ。


 検証のためと銘打って行われた試合。

 出場を強制されたひとびとは一見ランダムに選出されたように感じられたのだけれど、実際はその全員が襲撃の実行犯の協力者か賛同者だ。


 ワタシが襲撃された話を聞いて酷く驚いた顔をしていながら、その状況を既に正確に把握していたのだ、この国の新しい王は……。

 切れ者と噂のマキナの第三王子は、相当な食わせ者なのだ。


 ええ、知ってたわ。

 

 けれど、そもそも祝福を持った国王を望んでいたのはこの国の民なのだ。

 しかもこれからロサを復興、いえ発展させていくのにダフィット陛下ほど相応しい指導者はいない。

 マキナの観光事業の成長を見ればそれは一目瞭然よ。

 

 それに、身内にはやたらと甘いお兄ちゃんだったりするのだ、あの食わせ者の王子──王様は……。


 非情な政策を強引に打たれて萎縮しているロサの住民は早く気が付けるといいわね。自分達に心強い味方ができたのだという、事実に。


 まあ、ただでさえ悲嘆にくれることもままならない災禍の中で、強引に舵を切られたのだ。

 思考停止に陥っていたひとびとは、酷く混乱していたわね。


 そして、大人が混乱していると子供は不安定になる。

 これは早急なケアが必要だと、ユミル先生が中心になって対応を始めているわ。


 ワタシ?ワタシは、もう子供は寝る時間だからと2階層に移動させられたの。

 まあ、眠れなくてこうしてマシュマロを焼いてみたりしているのだけれども。

 眠れないワタシ達のために、エイルさんがホットミルクを作ってくださった。ユミル先生のホットミルクと同じ味がするわね。なんだか懐かしいわ。


 チョコレート色の髪の少女が、黙々とマシュマロを串に刺している。

 やっぱり眠れなかったらしいメイミが一緒にマシュマロを焼いても良いかと遠慮がちにたずねてきてから、ずうっと、彼女はマシュマロの串の山を築いている。

 これは、そっとしておくべきかしら?それとも、そろそろ止めるべきかしら?


「……私ね、ずっと、嫌だったの」

 ようやく紡がれた彼女の言葉に、静かに耳を傾ける。

「祝福を持ってないってだけで、悪く言うひとがいることも、暴力を振るうひとがいることも、全部、嫌だったの」

「知ってる?祝福がないの隠す為に、刺青入れてる子とかもいるんだよ」

 ……っ

「なのに、いじめられたくなくて刺青入れて誤魔化してるのに、祝福持ってない子、いじめたりするんだよ」

「おかしいよね?私、ずっと嫌だったの。ホントに、こんなの馬鹿みたい。だいっ嫌い!」

 静かに激昂するメイミの声は震えていた。

「でもね、一番嫌いだったのは、それが当たり前なこの国よ。祝福をもってないならいじめられるのが普通、就職できないのが普通。馬鹿じゃ、ないの?」

「こんなの、嫌で嫌でしかたがなかったの。誰かが、変えてくれないかなってずっと思ってたの」

「だからっ、新しい王様が来て、嫌なもの全部否定して全部壊して変えてくれてっ……」

「良かったのに……ずっと望んでたのに……」

 握り締めた手の甲にきらきらとした雫がひとつふたつと零れ落ちていく。

「っなのに……怖いの……私たち、これからどうなっちゃうんだろって、不安で不安で仕方ないのっ」

「おかしいよね?私。ずっと望んでた通りになったのに……」

「ずごく、不安なの。ずっと、違和感があるの。なんか、もう、おかしいよ」


 小さい子達を不安にさせないよう、ずっと笑顔で耐えてきたのでしょう。泣くのを我慢してきたのでしょう。けれど……しっかり者のお姉さんで居続けるのもそろそろ限界だったのね。

 必死に声を殺して泣き続けるメイミを、ワタシは、しばらくの間見つめていた。


 少し冷めてしまったホットミルクを一口飲んで溜め息をつくと、目の前の少女の肩がびくりとはねた。

 おそるおそる顔を上げたメイミに、ワタシは口を開いた。


「何もおかしくなんてないわ。不安なのも違和感を感じるのも、当たり前のことなのよ」

 困惑した表情を見せる彼女に、ワタシはただ、微笑んだ。





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